ハルジオン
「………翼宿さん」
「あ?」
「………速いです」
「あ………そか」
「………翼宿さん」
「…何やねん」
「………また、速いです」
「っだあああ!!女は、歩くのが遅いんや!もっと、シャキッと歩け!!」
「………翼宿さんの脚力が、ありすぎるんですよ」
ちょっと歩いてはまた遅まり、ちょっと歩いてはまた遅まる。
そんなテンポの合わない二人が、目指す場所は。
「ホレ。明かりが、見えてきたやろ?もうすぐや」
年に一度の星見祭りが行われる、紅南国の繁華街だった。
「わー!これが、お祭りなんですね♡」
「何や。紅南の人間なのに、来た事ないんか?」
「わたしは国境近くの人間なので、情報が入ってくるのが遅いんですよ。翼宿さんがあの山の頭だって事も、知らなかったくらいです」
「んなっ!お前、それとんだ流行遅れやで!この幻狼さまの事を知らない国民なんてなあ…!!」
うろたえる翼宿を見て、凛は嬉しそうにクスクスと笑う。
そんな自分を見て、彼もまた照れくさそうに頬をカリカリと掻いている。
二人は、世間一般で言えば付き合っていると言ってよいのだろうか。
先日、翼宿の方から「傍にいてほしい」と言われてから、早一週間。
交際禁止の厲閣山で頭がその約束を破るなど、皆にバレてはどんなお咎めを受けるだろう。
だから恐らく唯一事情を知っているのであろう攻児から意味深なウインクを送られた時は、ぎょっとしたものだ。
厲閣山の掟は、やはり誰しもが受け入れられるものではないらしい。寧ろ女嫌いを豪語していた翼宿を除けば、ほとんどが女性と交際したいに決まっているのだ。
翼宿自らが幸せになる事が出来れば、今後の厲閣山が皆にとっても過ごしやすい場所になるかもしれない。
そんな掟の改変を願って、凛もまたこうして翼宿の隣を歩いているのだ。
まあそんな事はこじつけで、誰よりも彼と一緒にいたい気持ちの方が強いのだけれどーーー
「よー!幻ちゃん!!今年も、仕事サボって来たのかー?」
「なあに言うてんねん、親父!日頃の俺の働きぶりを見かねて、仲間が意気揚々と毎年送り出してくれとるんじゃ!」
「口だけは、達者だねえ!一本サービスしてやるよ!」
「でかした~!おおきに♡」
どうやら知り合いなのであろう中年の男性が出している屋台で立ち話をした後で、翼宿は嬉しそうに酒瓶を携えて戻ってきた。
「見ろや、凛!!タダ酒やで!俺の紅南国での人望も、捨てたもんやないやろ~♡」
無邪気にそう言いながら見せる子供のような笑顔に呆れながらも、鼓動は正直に高鳴っている。
自分の名を呼びながらその笑顔を向けられるこの時間が、本当に幸せだ。
だが、そこである疑問がよぎる。それは人気者の翼宿と過ごしているからこそ、起こる疑問…というより不安。
「あの…」
「何や?」
「翼宿さんは、毎年、こうして星見祭りに女の方を連れて来るんですか?」
「ぶっ!!はあ!?」
隣で陽気に歩き酒をしていた翼宿は、そこで酒を噴き出した。
「だって、毎年来られてるんですよね?お一人って訳では…」
もちろん、これまでに翼宿が山の掟を破った事があるのかと問うてる訳ではない。
ただ都に降りれば、当然付き人を仕事としている人間にも会える。
彼女という位置付けではない、その場限りの…という関係の女性くらいはいたのではないだろうか。
しかし目の前の翼宿は、頬を染めながら口許をグイと手で拭い。
「………お前、それ、本気で言うとるんか?」
「えっ?」
いきなり、空いていた彼の左手が自分の右手を掴んだ。
「女を誘ったのは…凜が初めてや。アホ」
「………っ」
そうして、静かに手を引かれた。これは手を繋いでいる…と、言うのだろうか。
そんな不器用な誘いが嬉しくて嬉しくて。こんな純粋な男性を一瞬でも疑ってしまった自分を、叱咤したいくらいに。
「………ごめんなさい」
だから微笑みながら、彼にそう告げた。
「………あ!」
そのまま暫く繁華街をぶらついていると、凛はひとつの屋台の前で足を止めた。
「あの首飾り…綺麗」
「ん?」
凛が目を奪われているのは、女性向けの宝飾品を並べているお店の棚の一角。
この紅南国の守護神・朱雀を象徴しているかのような、深紅の宝石を使った首飾りが置いてある。
凛はパッと翼宿の手を離すと、そこに近寄っていった。
「何だか、これ…母が身に着けていたものにとても似ています」
「………そうなんか?」
「幼い頃に亡くなった時にお骨と一緒に燃やされてしまったんですけど、わたし本当はずっとそれが欲しかったんです。幼すぎたせいか、父にそれを言えなくて」
「…………」
「翼宿さん。これ、買ってもいいですか?」
「………っあ!それは…」
「凛?」
その時、屋台の店番に名を呼ばれ、初めて顔をあげた。
「凛じゃないか!久しぶりだなあ!」
最初は誰か分からなかったが、顎の下にある黒子を見て徐々に記憶が戻ってくる。
「………蓮明さん?」
「やっぱり、その首飾り…僕の記憶に間違いはなかったんだね」
「えっ?」
蓮明と呼ばれた男はチラリと後ろの翼宿を見やるが、そこで声を潜めてこう告げてきた。
「少し、時間ある?もうすぐ交代の時間なんだけど、話がしたいんだ」
「あっ…」
「角の団子屋の前の休憩処で、待っててくれる?」
そこで会話は途切れ、蓮明は店の裏手へと回っていった。
「あの…翼宿さん」
「何や。用があるんやないか?」
再び振り向いて仰いだ翼宿の表情は、どことなく冷たかった。
「………団子屋の休憩処って、言うてたな。俺、近く見てるから、行ってこいや」
「………あっ!あの!」
なぜか蓮明との関係を聞いてこない彼に対して、自然と口が開く。
「………彼、元恋人なんです」
しかし、そこまでを白状しても。
「………ふうん」
翼宿の反応は、これだけだった。
星見祭りは終盤に差し掛かっていたが、思いがけず訪れた再会が二人の間に距離を作っていたーーー
「あ?」
「………速いです」
「あ………そか」
「………翼宿さん」
「…何やねん」
「………また、速いです」
「っだあああ!!女は、歩くのが遅いんや!もっと、シャキッと歩け!!」
「………翼宿さんの脚力が、ありすぎるんですよ」
ちょっと歩いてはまた遅まり、ちょっと歩いてはまた遅まる。
そんなテンポの合わない二人が、目指す場所は。
「ホレ。明かりが、見えてきたやろ?もうすぐや」
年に一度の星見祭りが行われる、紅南国の繁華街だった。
「わー!これが、お祭りなんですね♡」
「何や。紅南の人間なのに、来た事ないんか?」
「わたしは国境近くの人間なので、情報が入ってくるのが遅いんですよ。翼宿さんがあの山の頭だって事も、知らなかったくらいです」
「んなっ!お前、それとんだ流行遅れやで!この幻狼さまの事を知らない国民なんてなあ…!!」
うろたえる翼宿を見て、凛は嬉しそうにクスクスと笑う。
そんな自分を見て、彼もまた照れくさそうに頬をカリカリと掻いている。
二人は、世間一般で言えば付き合っていると言ってよいのだろうか。
先日、翼宿の方から「傍にいてほしい」と言われてから、早一週間。
交際禁止の厲閣山で頭がその約束を破るなど、皆にバレてはどんなお咎めを受けるだろう。
だから恐らく唯一事情を知っているのであろう攻児から意味深なウインクを送られた時は、ぎょっとしたものだ。
厲閣山の掟は、やはり誰しもが受け入れられるものではないらしい。寧ろ女嫌いを豪語していた翼宿を除けば、ほとんどが女性と交際したいに決まっているのだ。
翼宿自らが幸せになる事が出来れば、今後の厲閣山が皆にとっても過ごしやすい場所になるかもしれない。
そんな掟の改変を願って、凛もまたこうして翼宿の隣を歩いているのだ。
まあそんな事はこじつけで、誰よりも彼と一緒にいたい気持ちの方が強いのだけれどーーー
「よー!幻ちゃん!!今年も、仕事サボって来たのかー?」
「なあに言うてんねん、親父!日頃の俺の働きぶりを見かねて、仲間が意気揚々と毎年送り出してくれとるんじゃ!」
「口だけは、達者だねえ!一本サービスしてやるよ!」
「でかした~!おおきに♡」
どうやら知り合いなのであろう中年の男性が出している屋台で立ち話をした後で、翼宿は嬉しそうに酒瓶を携えて戻ってきた。
「見ろや、凛!!タダ酒やで!俺の紅南国での人望も、捨てたもんやないやろ~♡」
無邪気にそう言いながら見せる子供のような笑顔に呆れながらも、鼓動は正直に高鳴っている。
自分の名を呼びながらその笑顔を向けられるこの時間が、本当に幸せだ。
だが、そこである疑問がよぎる。それは人気者の翼宿と過ごしているからこそ、起こる疑問…というより不安。
「あの…」
「何や?」
「翼宿さんは、毎年、こうして星見祭りに女の方を連れて来るんですか?」
「ぶっ!!はあ!?」
隣で陽気に歩き酒をしていた翼宿は、そこで酒を噴き出した。
「だって、毎年来られてるんですよね?お一人って訳では…」
もちろん、これまでに翼宿が山の掟を破った事があるのかと問うてる訳ではない。
ただ都に降りれば、当然付き人を仕事としている人間にも会える。
彼女という位置付けではない、その場限りの…という関係の女性くらいはいたのではないだろうか。
しかし目の前の翼宿は、頬を染めながら口許をグイと手で拭い。
「………お前、それ、本気で言うとるんか?」
「えっ?」
いきなり、空いていた彼の左手が自分の右手を掴んだ。
「女を誘ったのは…凜が初めてや。アホ」
「………っ」
そうして、静かに手を引かれた。これは手を繋いでいる…と、言うのだろうか。
そんな不器用な誘いが嬉しくて嬉しくて。こんな純粋な男性を一瞬でも疑ってしまった自分を、叱咤したいくらいに。
「………ごめんなさい」
だから微笑みながら、彼にそう告げた。
「………あ!」
そのまま暫く繁華街をぶらついていると、凛はひとつの屋台の前で足を止めた。
「あの首飾り…綺麗」
「ん?」
凛が目を奪われているのは、女性向けの宝飾品を並べているお店の棚の一角。
この紅南国の守護神・朱雀を象徴しているかのような、深紅の宝石を使った首飾りが置いてある。
凛はパッと翼宿の手を離すと、そこに近寄っていった。
「何だか、これ…母が身に着けていたものにとても似ています」
「………そうなんか?」
「幼い頃に亡くなった時にお骨と一緒に燃やされてしまったんですけど、わたし本当はずっとそれが欲しかったんです。幼すぎたせいか、父にそれを言えなくて」
「…………」
「翼宿さん。これ、買ってもいいですか?」
「………っあ!それは…」
「凛?」
その時、屋台の店番に名を呼ばれ、初めて顔をあげた。
「凛じゃないか!久しぶりだなあ!」
最初は誰か分からなかったが、顎の下にある黒子を見て徐々に記憶が戻ってくる。
「………蓮明さん?」
「やっぱり、その首飾り…僕の記憶に間違いはなかったんだね」
「えっ?」
蓮明と呼ばれた男はチラリと後ろの翼宿を見やるが、そこで声を潜めてこう告げてきた。
「少し、時間ある?もうすぐ交代の時間なんだけど、話がしたいんだ」
「あっ…」
「角の団子屋の前の休憩処で、待っててくれる?」
そこで会話は途切れ、蓮明は店の裏手へと回っていった。
「あの…翼宿さん」
「何や。用があるんやないか?」
再び振り向いて仰いだ翼宿の表情は、どことなく冷たかった。
「………団子屋の休憩処って、言うてたな。俺、近く見てるから、行ってこいや」
「………あっ!あの!」
なぜか蓮明との関係を聞いてこない彼に対して、自然と口が開く。
「………彼、元恋人なんです」
しかし、そこまでを白状しても。
「………ふうん」
翼宿の反応は、これだけだった。
星見祭りは終盤に差し掛かっていたが、思いがけず訪れた再会が二人の間に距離を作っていたーーー