TSUBASA

綺麗に飾り立てられたベッドルームは、赤やピンクといった怪しげな照明に照らされている。
恋人同士が愛を育むために使われるその部屋には、今夜も利用者がいた。
「………た…すき…!そこは…!」
ガラス張りのシャワールームの壁に両手をつき、一人の女が必死に体を支えている。
その背後には、ピッタリと密着している男の筋肉質の体がある。
女の腰と男の腰が激しくぶつかり合うと、その度に両者の吐息が混ざり合う。
「………っ…何や?もう、おしまいか?」
物足りないというように細い腰を引っ掴んで更に打ち付ければ、女がか細い声で鳴く。
「お前の中…ホンマ最高やで」
鏡越しに女と目が合うと、翼宿は不敵に微笑みながら激しい律動を奏でた。


「…ねえ。柳宿。やっぱり…アレって、気持ちいいのかな?」
「ぐっ!!ちょっと!?突然、何、言い出すのよ!?」
金曜日の放課後。柳宿と美朱は、行きつけのカフェで女子会をしていた。
飲み物が運ばれてホッと一息ついたところで、美朱の口からこんな言葉が飛び出したのである。
「まさか…あんた、鬼宿と…?」
「うん…来週、ご両親が旅行でいないから俺の家に来ないかだって…どうしよう…そのまま、お泊まりになっちゃったら…」
「別に、いいじゃない。あんた、鬼宿の事、好きなんでしょ?女は、好きな人と結ばれるのが一番なのよ」
悩み相談の体でラブラブぷりをすっかり見せつけられ、柳宿は呆れたようにこう返す。
そんな自分をその愛らしい目で見つめてくる美朱に、今度は首を傾げた。
「な、何よ?あたしの顔に、何か、付いてる?」
「何だか、柳宿がそんな事言うなんて珍しい…まさか!柳宿も、遂に!?」
「そんな訳ないじゃないの!あたしにはそうなりたい人がいないから、あんたに忠告してあげてるだけでしょ!?」

「でも…ホントに、今も、いないの?好きな子…最近、よくボーッとしてるから」

その言葉に、うっとたじろいだ。

確かに、最近の自分は自分らしくない。
気付けば、一人の男性の事をずっと考えている。
あの夜に、彼が猫に見せていた優しい笑顔。
恋人なんかいる筈ないけど、恋人がいれば夜はあんな顔をして笑うのだろうか?

そんな事を考えていると、自然に頬が熱くなってくるのを感じた。

「えっ!?やっぱり、いるの!?柳宿のそんな顔、初めて見た!かわいー♡」
「んなっ!何、言ってるのよ!この店…暖房がききすぎなのよ!」


暫く続いた美朱のしつこい追求も終わり、彼女がトイレに立った頃。
柳宿は残りの紅茶を口に含みながら、先程の続きをぼんやりと考えていた。

好きな訳がない。あんな人、好きになったら大問題だ。
ここ最近はあれこれ考えてしまっているけれど、これはただの好奇心だ。
そう、思わざるを得ないだろう。

(それに…これ以上、あたしがあいつを気にしたところでどうにもならないわよね。警察でもないのに、どこの誰かも分からない人の素性を調べる訳にもいかないし…)

「ねえ。TSUBASAってさ…」
そんな思考を遮ったのは、近くの席から聞こえてきたそんな言葉。
ふと横を見やると、いつの間に入ってきたのか朱雀学園の制服を着た女子が向かい合って座っていた。
そして次に聞こえてくる言葉に、耳を疑う。
「この学園の退学者がいるんだって。うちの兄ちゃんと同級生なんだけどさ、退学の恨みを晴らす為に復讐してるって噂よ」
「ちょっと、それあたし達関係ないじゃない~」

退学者?退学の恨み?

「柳宿!お待たせ~すっかり、話し込んじゃったね!帰ろうか?」
そこに美朱が戻ってきた事で、我に返る。
「い、いいわよ!あたし大きいお金しかないから、先に払ってくるわね…」
注文書を手にレジに向かう間も、心臓は早鐘を打っていた。

まさか…あの人は、案外、あたし達のすぐ近くにいる人なの…?


Plllllllll
携帯の着信音が、昨日、稼いできた金を数える手を止めた。
相手を確認してチッと舌打ちをすると、翼宿は電話に出る。
「…何や」
『ちょっと、翼宿~実はさ。あたし、デキちゃったみたいなのよ』
電話の向こうの声は、先日、飲み屋を訪れてきたキャバ嬢の声だった。
『あの日の夜のよね?ねえ、翼宿。あたしと一緒になってくれるでしょ?』
「何の話や?」
『え…?』
その提案にたじろぐ事もせず、冷たいトーンで突き放す。
「お前、俺に族から足洗え言いたいんか?」
『ちょっと…それ、どういう意味よ』
「ガキがデキようがデキまいが、俺には関係ない言うとるんじゃ」
『なっ…何よ、それ!あたしに、堕ろせって言うの!?』
「んなの、知らんわ。切るで」
『ふざけんじゃないわよ!翼宿!あんたに、慰謝料請求するわよ!?』
切電しようとすると、スピーカーからそんな怒声が聞こえてきた。
しかしやはりそれにも動揺を見せず、寧ろ口角を持ち上げながら再び電話を耳に当てた。
「それは構わんが、ええんか?お前の実家、また借金まみれになるで?」
『……っ』
「ヤミ金に困ってる言うて泣きついてきたから、俺がヤミ金黙らせたんやないか。あんな奴ら、俺が指示すればすぐに寝返るで」
『あんた…!最初から、弱味握って…』
ようやく自分の馬鹿さ加減に気付いた女に向けて、翼宿は侮蔑の笑い声をあげる。
「そういうこっちゃ。ほな、元気でな」
こんな電話も、もう日常茶飯事。
それでも、責任を取る気は毛頭ない。
女なんかに、興味はない。
彼女達は、自分の遊び道具なのだから。

切電された後の待受画面の時刻は、18時30分をさそうとしていた。
その時間を守るように、飲み屋の扉が開かれる。
「団長!お疲れ様です~」
「よう。すまんな、勤め中に」
「それはええですけど…これから、団長一人でお出かけですかい?」
立ち上がりコートを羽織ると、背後から団員が問いかけてくる。
「ああ…緊急の賭博や。留守番、頼むな」


19時を回る頃には、いつも賑やかな校舎も不気味なほどに静まり返る。
街灯に照らされた駐車場の中、仕事を終えた星宿は自分の車へ向かっていた。
部活動も既に終わり、校内にいるのは自分だけのようだ。
車の前に辿り着くと、ひとつ安堵のため息をつく。
今日も、何事も起こらなかった事に対してのため息だ。

連日の職員会議と警察との密な連絡で、来週から警官が学校を見回りに来てくれる事が決定した。
決定が下るまでの間に、また、TSUBASAによる被害者が出ないか、教員達は、皆、ハラハラしていたのだ。
だけど、もう、大丈夫。明日の土日を挟めば、来週からは警察が着いている。
足がつかない事で有名な彼らもきっとその内に尻尾を捕まれ、それなりの制裁が与えられる…

ガラ…ガラガラ…

すると、前方から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
背の高い男が、一人、こちらに向かってきているようだ。
警備員だろうかと、もう一度、目を凝らすと…

ガラン…

霧雨を照らしている街灯の下で、その男は立ち止まった。
明かりの中にぼんやりと浮かんだのは、逆立った橙色の髪の毛。彼が手にしている、古びた鉄パイプ。
ニヤリと歪んだ口許からは、白い犬歯が見える。

「お疲れさんです…今日は、終わりですか?星宿先生」

ただ一人の標的を捉えた三白眼が、ギラリと光っていたーーー
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