TSUBASA

「この学園が、暴走族に目をつけられてるって…どういう事ですか!?先生…」
TSUBASAが襲撃してきた日の翌朝、各クラスの担任が生徒に昨日起きた出来事を説明していた。
もちろん、ここ、星宿のクラスも同様だ。
「みんな…落ち着いて聞いてくれ。暴走族の名前は、TSUBASA。ここ数年、朱雀街を中心に犯罪を行っている主力暴走族だ」
「聞いた事ある…どんなに手を尽くしても、中々捕まらない暴走族ですよね?」
「そうだ。その彼らが、毎年入学式になるとこの学園に顔を見せるようになったらしい。その時は何をする訳でもないのだけれど、教師や生徒が歯向かった年はそれ以外の日にも迷惑行為をするようになるという話だ。だから、教員は誰も逆らえなかったらしい」
その言葉に、美朱の顔が強張った。
自分は星宿が危険な目に遭っているのを見ていられず、咄嗟に団長に飛び掛かった。
しかしそんな彼女の表情を察した星宿が、透かさずフォローを入れる。
「美朱。大丈夫だ…お前のせいではない。それを言うなら、わたしの方こそ彼らの恨みを買ったに違いない」
「先生も美朱も、悪くないですよ。悪いのは、あいつらなんですから…」
美朱の隣に座っていた鬼宿は、唇を悔しそうに噛んでいる。
「先生達もみんなを護る方法を考えるから、みんなも通学途中は細心の注意を払ってくれ」
そこで、ホームルームは終了した。
生徒達の間には、深いため息や「冗談じゃない」といった言葉が飛び交っている。
そんな中、柳宿は頬杖をつきながら窓の外に目を向けていた。
「柳宿?どうしたの?ボーッとしちゃって」
「あ…ううん。何でもない…美朱。体は、何ともないの?」
「うん!掴まれた腕はまだ少し痛いけど、体は全然大丈夫…いたっ!」
美朱が摩る右腕を思いきり叩いたのは、またしても鬼宿である。
「おい!俺、次の時間の教科書、忘れちまったよ!見せてくれよ!な?」
「な、何で、あたしがあ!?」
「照れるなよ~俺とお前の仲だろ!?」
「どういう仲なんだか…」
笑いながら教室を出ていく呑気なその男を見送ると、柳宿はクスリと笑った。
「怪我せずに済んだのは、鬼宿が助けてくれたお陰…でしょ?」
「なっ!?何、言ってるの!?柳宿…」
「嫌じゃない癖に!昨日だって、あんた達何で一緒にいたのよ?元々、知り合いでもなかったのにさ」
「………それは」
この二人も、一目惚れカップルか。
ちょっぴり羨ましさを覚えつつ、そんな美朱の肩をポンと叩く。
「これからは、鬼宿と二人で帰りなさいよ?危なくなったら、また護って貰いなさい」
「でも、柳宿は?」
「あたしは、大丈夫よ!親に送り迎えとか頼みながら、何とか凌ぐわ」
適当にあしらった後、教科書を取りに行くために廊下に出た。
見上げた空は真っ青で、昨日の出来事などなければ平和で穏やかな春の朝。
そこで、先程まで考えていた事を思い返す。

あの団長。あの背中。
近付いてはいけない筈なのに
気になる。


「じゃあ、今年も終わったのか?ご挨拶!」
「しかも、名物先コー赴任って!こりゃ、いつにも増して面白くなりそうじゃねえか、翼宿!」
繁華街から外れて、ポツリと佇んでいる古びたビルの地下。
そこは、業界の人間しか知らない賭博バーとして使われている。
その中に、麻雀の卓を囲みながら豪快に笑う強面で屈強な男集団がいた。
話題の中心にいるのは、業界トップを走る暴走族の団長である。
駒を進める手は止めず、昨日の『ご挨拶』の報告をしている。
「ま。あんなカス、俺にかかればボコボコやけどな」
「うあー!また、負けた!翼宿~お前、つええよ!手加減しろって!」
翼宿が持つツキの良さも、また、集団を率いる長が持つべき素質のひとつ。
今日も涼しく勝利を勝ち取り、戦利品が手元に積まれていく。
「お前らが弱いんや。約束通り、ブツは貰うで」

「こんな夜に買い物なんて…兄貴、何考えてんのよ~」
ちょうどその頃、柳宿は繁華街のCDショップに買い物に来ていた。
深夜営業という事もあり、周りは飲み屋以外の明かりはほとんどない。
「ここら辺、いつも薄気味悪いのよね。早く帰ろう…」
確か、CDショップと隣接するビルの間を抜けると近道だった筈だ。
足早に通りすぎようとすると、人の気配を感じてふと立ち止まる。
「…………っ!」
ビルから出てきたその人物を見て、咄嗟に側の柱に身を隠した。
それは、あの暴走族の団長だったからだ。

やばい…今出ていったら、危ない。

顔が割れている訳ではないが、反射的にそう思った柳宿は息を潜める。
彼は、煙草を取り出して一服するところらしい。
周りに、他の仲間はいないようだ。
今日の彼からは昨日に見た気迫は感じられず、寧ろ疲れているようにも見えた。
首を傾げながら、様子を伺っていると。

ニャ~

彼の足元に、子猫が寄ってきた。
それに気付いた翼宿が、きつい目つきでしゃがみ込む。

え…?やばいんじゃないの…?

ここで動物虐待でもしようものなら、さすがの自分も黙ってはいられない。
固唾を飲んで、その光景を見守る。

しかし彼は自分の持っていた袋から缶詰のキャットフードを取り出して、そっと子猫の横に置いていたのだ。
子猫も警戒する事なく、栓を開けた缶詰の中身を食べている。
そんな光景を眺めるその表情は、あまりにも穏やかな微笑みを浮かべていて…
まるで、別人を見ているようだった。
それを見ている自分の鼓動も、なぜか拍動している。

何…?この感じ…

翼宿がビルに戻った後も、暫くその場から動けないでいた。

朱雀街一の極悪人。
そう、思っていた筈なのに…

これが、あたしの電流が走るような出会いだった。
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