TSUBASA

夜更けの倉庫街には、男達の雄叫びや何かと何かがぶつかるような大きな物音が響いている。
今、まさに業界No.1のTSUBASAと業界No.2の風坊会が、乱闘を繰り広げている最中だった。
それぞれの面子が、入り乱れながらも互いに拳を交えている。
その集団を挟むように、互いの団長がもう随分睨み合いを続けていた。
乱闘は、もちろんTSUBASAが優勢。
風坊会の連中が、次々と倒れ込んでいく。
「団長!分かりましたか?あんたらとの実力の差を!俺らに全員ヤラれてまうようなもんじゃ、合併なんぞ到底無理ですよ~」
足元に転がった男を足蹴にした攻児が、カラカラと笑いながらこう告げる。
その言葉に今まで凄みを利かせていた顔が徐々に青ざめていく風坊会団長を見て、TSUBASA団長がフッと嘲笑した。
「まあ…あんたみたいな、部下がいないと何も出来ない腰抜けのブタ、なんぼ土下座されても組みたいと思わへんわ」
TSUBASAの団員はそんな言葉に笑い声をあげながら、団長と副団長に続いて倉庫を後にした。

「来てもろてすまんかったなあ、翼宿!風坊会がいきなり手を組もうなんて言うてきたもんやから、ちょいと痛い目見せよう思てな…」
「俺の出番なんぞ、なかったやないか。こいつらだけでも、十分やれてたわ」
倉庫を出た翼宿は、愛用の煙草に火をつけながらそう答える。
攻児を筆頭にした部下達が、従順に彼の後を追っている。
「俺らに喧嘩の極意を教えてくれたんは、団長と副団長ですよ~」
「お二人の手は、患わせられませんで!これからも、着いていきますぜ!」
陽気な笑い声が響く東の空は、既にしらみ始めていた。

すると、風に乗ってヒラヒラと舞うものが目に留まった。
頬についたそれを手に取ると、桜の花びらだった。
「…そか。今日は、4月1日か…」
その呟きを合図に、その場が静まり返った。
「今年も…やるんか?」
「…ああ。悪いな、お前ら。もう一仕事頼めるか?」
背後では、再び、部下が沸いたように声をあげ始める。
吸いかけの煙草を踏みつけた団長は、ニヤリと微笑んだ。


カラーンコローン
終業の鐘が鳴り響くと、校舎前の路地が下校する学生で溢れていく。
とはいっても、今日は新品の制服に身を包んだ初々しい姿をした学生が多い。
ここは、朱雀学園。都内でも、一、二を争う進学校。
今年も、4月1日に新入生の入学式が行われた。

「柳宿さん…ですよね?」
「これ、受け取ってください!」
同じく帰路に就こうと歩いていた一人の女子高生に、声がかけられた。
振り向くと、四、五人の男子生徒が一斉に手紙を差し出してくる。
「はあ…ありがとうございます」
彼女が苦笑いしながら手紙を受け取ると、その男達は小さく声をあげながらその場を離れた。
鞄を開けると、今朝に担任から渡された資料よりも分厚い手紙の束が顔を覗かせる。
「もう、入らないわよ…いたっ!」
「よ!お疲れさん!入学から、いきなりモテるな~柳宿は」
いきなり背中を叩いてきたのは、オリエンテーションで知り合った同じクラスの鬼宿だった。
「さすがだね!柳宿、中学の時もモテモテだったもん♡好みの子、いた?」
そして遅れて横から顔を出してきたのは、同じくクラスメイトの美朱。

彼女の名は、柳宿。今年、朱雀学園に入学した一年生。
誰もが振り返るその美貌は、3月のオリエンテーションでも一番に目立っていた。
そのため入学式が終わると、彼女に一目惚れした男子が教室に押し掛けてこのようなラブレターを矢継ぎ早に渡してきたのである。
先程の男子は、出遅れ者だろうか。
生活態度には厳しい学園ゆえさすがに入学初日から強引に迫ってくる男子はいなかったが、この先の事を考えると気が重くなってくる。

「いないわよ…大体、入学一日目よ?相手の事よく知りもしない癖に、こんな手紙渡されてもね」
「あーあ!相変わらず、固いなあ。柳宿は!柳宿が好きになるタイプって、どんな人なんだろ?」
柳宿は昔から男性の視線を独り占めするタイプではあったが、彼氏を作りたがらないタイプでも有名であった。
追われる事に慣れたためグイグイ来る男性が嫌いという事であるが、何とも贅沢な悩みである。
小中高と共に過ごしてきた美朱は、そんな彼女に少しの不満を持っているようだった。
「そうね~…電流が走るような出会いでもなければ、一生ないかもね」
「え~柳宿ぉ~」

電流が走るような出会い…か。
そんなの、ある訳ないのにね。

「そういえば、俺らの担任になった先生。星宿先生だっけ?中々の美形だよな♪」
「だよね!この学園のOBで、まだ若いんでしょ?狙っちゃう女子、増えそう!」
「確かに、珍しいわよね。あんな若い先生…」
そこで話題にのぼったのは、今年、赴任してきた担任の星宿という若手教師の話。
何でも、この母校で教員になるべく短期間で必死に勉強したとの事。
こちらも着任早々、女子生徒の間で話題になっている人物だ。
「うちの教室、暫く騒がしくなりそう…そうだ、柳宿!先生なんて、どう!?ドラマみたいだし、大人の男性ってドキドキしない!?」
「何、言ってるのよ!教師と生徒の交際なんて、処分が厳しいんでしょ?先生の夢を潰すような真似なんか、出来ないわよ…」
無邪気な美朱の提案にほとほと困り果て、大きくため息をつこうとした。
まさに、その時。

パラララパラララ

突然、耳をつんざくようなバイクのクラクション音が聞こえてきた。
「なっ、何!?」
そして、次にはバイクの集団が校門に突っ込んできたのだ。
新入生は、思わず悲鳴をあげてその場に立ち竦んだ。
「新入生の皆さーん!ご入学おめでとうございまーす!TSUBASAが、お祝いの舞いでーす!」
その集団は、たちまち校庭の中心に集まってバイクで旋回を始める。
数台のバイクには「TSUBASA」と書かれた旗が掲げられており、旗から見れば本当にただのお祭り騒ぎのように見える。
「TSUBASAって…あの暴走族の…!?」
しかし、実際に暴走しているのは派手な髪型に派手な化粧をした近寄りがたい男達。
TSUBASAの活動域に住んでいる鬼宿はすぐに彼らの正体が分かり、絶句する。

程なくして、騒ぎを聞きつけた教員達が職員室から飛び出してきた。
「お前達!やめなさい!」
「んだよ、また先コーかよ!何も出来ない癖に、邪魔すんじゃねえ!」
「きゃあっ!」
大の大人ですら戦く程に威圧的なTSUBASAには、こんな歓迎何のその。
すぐさま教員達の周りに群がり、旋回を再開する。
案の定、彼らは皆縮こまり、声を発する事が出来ないでいる。

「これは、一体…何のつもりだ!?」

そこに聞こえてきた一人の男性の声に、バイクの動きが止まる。
遅れて駆けつけた、この学校に赴任してきたばかりの教師・星宿の声である。
「見ない顔だなあ?新入りか?」
「君達は…暴走族か?なぜ、こんな事をする?今日は、新入生にとって晴れの日だ。うちの生徒を怖がらせるのは、やめてくれ」
凛とした瞳で訴えかけてくるその姿に、団員は皆ポカンとした。
が、次には豪快に笑い声をあげる。
「おいおい!こんな先コーも、いたのかよ!?俺らに歯向かうなんて、面白い奴だなあ!」
「何か用があるなら、うちの団長通してくれませんかあ?」
「え…?」
その時、輪を作っていた団員達のバイクが、突然、後退を始めた。
人一人が通れる道を作るような形で整列をしたところで、奥のバイクに寄り掛かりこちらを見ていたのであろう人物の姿が見えた。

「翼宿さまのお通りだあ!!」

その団の長は、珍しい橙色の髪の毛を靡かせている。
翼宿と呼ばれたその男の鋭い三白眼に睨みつけられ、さすがの星宿も一瞬怯んだ。
彼は腕組みをしながら、ゆっくりと歩を進めてくる。
「………何か、文句あるんか?ひよっこ」
「…君が、指示した事か?こんなところで暴走をして、怪我人が出たらどうするのだ?」
「フッ…そんなん、しませんよ。あんたみたいに歯向かう奴がいなければ、一通り遊んで帰ってるだけです。毎年…な」
「毎年…だと!?こうして、毎年、人様に迷惑をかけているのか!?一体、何の為に…」
「あ?」
星宿の前に辿り着いた翼宿は、眉を持ち上げながらその胸ぐらを掴んだ。
周りの女性教師が、悲鳴をあげる。
「生意気な目やなあ?歯向かわなければ痛い目見ん言うてるのが、分からんのか?」
「…………」
「その綺麗な顔に、傷でも付けてあげましょうか?」
懐から取り出したナイフが、星宿の頬に当てられる。
暫し睨み合いが続いた、その時だった。

「星宿先生に、何するの!?」

突然、美朱が横から入り、翼宿がナイフを持つ手に飛びついた。
「美朱!やめなさい!」
「あんだあ?このガキ!」
「きゃあっ!」
「屑の分際で、翼宿に触れんな!」
後ろに控えていた攻児が、美朱を翼宿から引き離す。
「ぐっ!」
「美朱を離せ!!」
しかしその後ろからすぐさま鬼宿が体当たりした事で、美朱の体は解放された。
ここまで抵抗されては、さすがの団員も黙ってはいない。
「くそ…やっちまえ、お前ら!!」
頭に血が上った攻児が、団員に号令をかけると。

「やめんかい!!」

そこに、団長の怒鳴り声が響いた。
「サツが、来る。騒ぎにすんな」
翼宿はナイフを閉まうと、星宿を乱暴に突き飛ばす。
尻餅をついた星宿に屈んで視線を合わせると、低い声で告げた。
「今日はご挨拶に来ただけやさかい。また改めて、伺いますわ。星宿先生」
次にはすぐさま立ち上がりバイクに跨がると、団員に合図を出す。

ブオオオ…ン!

団長のバイクがエンジンを吹かし、先頭を切って走り出す。
校門の周りにいた生徒達はすぐさま脇道に逸れて、彼らを見送る。
しかし、遠くから騒動の一部始終を見ていた柳宿の瞳だけは揺れなかった。
それどころか、その瞳はその姿が見えなくなるまで一人の男性を捉え続けていた。
誰よりも冷酷で恐ろしくて、だけどどこか寂しそうに見えたその橙頭の背中を…
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