TSUBASA

三年後―――
街角のとある喫茶店。暖かな春の日差しが差し込む窓際の席に、待ち合わせの相手を待つ彼女はいた。
手元には、一冊の参考書。胸元には、あのネックレス。
柳宿は無事に学園を卒業して、現在、教育大学一年生になっていた。
カランコロン
「いらっしゃいませ~」
「柳宿さん」
声をかけられ振り向くと、そこには頬に傷のある見知った男が立っていた。
「攻児さん…」
「久しぶりやな」
柳宿の姿を確認すると、あの頃と変わらない大人びた微笑みを見せた。

春とはいえこの日は少し汗ばむ陽気だったので、二人はアイスコーヒーを頼んだ。
「出所…おめでとうございます。慣れましたか?外の生活は…」
「ああ、就職も決まった。まあ、工事現場のバイトやけどな。力仕事は得意やねん」
「ふふ…攻児さんらしい」
「…にしても、あんたも教師目指すなんてなあ。驚いたわ」
アイスコーヒーが運ばれて一旦落ち着くと、柳宿の手元の参考書を覗き込んだ攻児は苦笑いをする。
「はい…あれから、色々考えました。これからも、あたし達のように教師の思い通りにさせられる生徒が出てくると思う。その時にあたしがその生徒を守ってあげたいって思ったんです」
「そっか…ナース姿の柳宿さんも、見てみたかったけどなあ」
そう。柳宿は看護師になる夢を諦めて、教師になる事を志すため進路を変更したのだ。
あの一連の出来事を機に、理不尽な社会を変えたいという思いが芽生えたからだ。
そこで攻児は頬杖をつき、柳宿の胸元に光る贈り物を見つめながら呟いた。
「………翼宿も、おんなじやで」
「え…?」
「あいつも教師目指して、ムショで勉強してた。あんたと同じ、参考書持ってな」
「……………っ」
本当はとても知りたかった彼の近況。それは自分ととてもよく似た状況なのだという事を聞けた事で、柳宿の頬には自然に涙が伝っていた。
「泣くの、はやっ!!」
「ごめんなさい…まさか、翼宿が…?」
彼女の溢れる想いを感じた攻児は、そこでふっと微笑む。
「俺らがムショ出てから半年経って…今日の夕方、あいつもやっと出所や。ちゃんと迎えに行ったりや…」

TSUBASAが逮捕されてから三年が経ち、翼宿の出所はまさに今日この日だった。
それまで、柳宿は彼と一度も連絡をとらなかった。
きちんと更正が認められるまでは会えないと…面会に行った星宿から、柳宿へ伝言があったからだ。


カタン
一度自宅に戻った柳宿は、郵便受けにある一通の手紙を手に取った。
差出人は、恩師・星宿だった。

『柳宿。元気か?
大学生活は、慣れたかい?

朱雀学園も校長の努力が実って、少々の問題はあっても退学者もなく生徒達は元気に過ごしているよ。
あの時は、本当にすまなかった。
もっと早く尾宿の不祥事を暴ければ、お前も翼宿も傷付かずに済んだのに…許してほしい。

お前の担任を外れてからも、わたしはずっとお前と翼宿の事を考えていた。
確かそろそろ彼の出所の時期だと思い、ペンを取ったよ。

お前も翼宿も、これからがまた新しいスタートだ。
二人が自分達の夢に近付けるように、わたしは応援している。

そして…教育の現場でお前と会えるのを楽しみにしているよ。
星宿』

優しすぎる言葉が並べられた手紙を畳んだ柳宿の顔には、笑みが浮かんでいた。
「そろそろ…時間か」


ガサッ
刑務所を一歩出て、大地を踏みしめる青年。
西日がギラギラと照りつけ、夕方でも外の気温はまだまだ高い事に気付く。
「お世話になりました」
その夕日と同じ色をした髪の毛の青年は、そう言って門番に頭を下げる。
「翼宿。よく頑張ったな…お前の更正には、みんな驚いてるよ。これからしっかり…社会に貢献しろよ」
「はい…ありがとうございます」

「翼宿!」

三年ぶりに聞くその声に、彼は振り向いた。
「彼女か?妬けるな!」
門番は青年の肩を叩いて、その場を去る。
逆光に照らされて見えたのは、あの紫髪。

翼宿は―――笑った。


ねえ…翼宿。
あなたに出会えて、本当によかったよ。
どんな姿になっても、これからも…
あたしは、あんたの味方だからね…
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