TSUBASA

「団長復活を祝して盛大に暴れるぞ、おめえら~!」
「団長!たくさん獲物捕まえてきますんで、待っててくださいね♪」
団長完全復帰したその日の夜、TSUBASAの団員ははしゃぎながら仕事へと出ていった。
「はは…ガキか、あいつら。昨日とは大違いや」
翼宿と攻児の二人は、経過を待つ役として待機になっている。
落ち着いたところで、互いに煙草をつけ合った。
隣の相棒は再び夜の顔に戻っており、昼間の整った様子はどこへやらといった風になっている。
そんな彼の横顔を見つめながら、攻児は口を開いた。
「…昼間、あの子来たで」
「は!?ここに、あげたんか?」
「ああ。\"お見舞い\"たくさん持ってな」
脇に隠してあった紙袋に溢れるハーブティーを翼宿に渡すと、彼は迷惑そうに眉をしかめた。
「…何で、よりにもよってお前と出くわすんや」
本当はお人好しの攻児の性格を知っているからこそ、彼らが話した内容について翼宿には容易に想像がついた。
その予想は当たったようで、攻児はニヤリと微笑んで。
「楽しいお茶会やったで。お前のファン同士で、お前の話題でわいわい」
「焼ききるぞ、てめえ…」
「冗談やて。すぐ、ムキになりよる…」
翼宿は深いため息をつくと、その紙袋を隅に追いやり再び灰皿の煙草に手をつける。
「何も…余計な事言ってないやろな?」
「………、………もちろんや。俺がお前を裏切るような真似するかい」
「すまんかったな。チョロチョロさせたんも、俺の責任や。もう、金輪際あいつとは関わらんから」
しかし翼宿の決断に、攻児は顔色ひとつ変えない。
それどころか、神妙な面持ちでこう問い掛ける。
「……………ホンマに、それでええんか?」
「はあ?」
「やっと出来たお前の\"理解者\"を、そんな簡単に捨ててしもうて。もう、この先現れないかもしれんで?」
予想外の発言に暫し動きは止まるが、それを打ち消すように翼宿はすぐに煙草を灰皿に突っ込んだ。
「お前、アホか?何、吹き込まれたんか知らんけど、あんな面倒な女、俺はもうごめんや」
ぶっきらぼうに答えて立ち上がり、彼は窓から賑やかになってきた繁華街を見下ろした。
「………ホンマに、ええんやな」
「……………………」
本当は動揺している背中に最後の言葉をかける攻児は、それが翼宿の本音ではない事に気付いていた………



「えっ…昨日、来たんですか?」
「ああ。これを持ってな」
次の日の放課後、空き教室で、星宿は柳宿にカーディガンを渡した。
「あ…そっか。あたし、忘れてったんだった。…って事は、先生…まさか、全部知って…?」
「ああ」
少し怒ったような目で柳宿を見下ろすと、彼女は縮こまりながら小さな声で謝罪をした。
「先生…また、勝手な事して…ごめんなさい。あたし…」
「………いや。翼宿の体調が心配で、会いに行ったのだろう?お前なら、やりかねない理由だ」
気まずさを打ち払うように、星宿は窓際に顔を向けた。
「そしてその気持ちは、あいつにも少なからず伝わったんだろう。昨日の翼宿は、普通の大学生のように清楚な格好だったのだよ」
「ええっ!?」
この話題に、柳宿が食い付かない訳がない。
大きな瞳を見開いて近寄ってくるその姿に、星宿は思わず失笑した。
そして。
「わたし以外にあんな整った顔の男がいるのかと…少し目を疑ったくらいだ」
「せん…せい」
「だから…見られなくて、残念だったな」
「………………っ」
そんな彼女が可愛くて少しからかってみると、案の定、拗ねたように頬を膨らませた。
本当はこんな話で盛り上がりたくないのだけれど、翼宿が変わりかけている事はそれほど星宿を驚かせたのだ。
そして、もうひとつ。
「本当の翼宿は、外見だけではなく中身もお前が言うように整った青年なのかもしれない」
「星宿先生…」
「わたしも、三年前の事件について調べているのだ。卒業生の陸上部員にも、話は聞いてある…どうにか尾宿先生だけにでも何らかの罰を与えたいと思っているのだが、何分証拠がないから彼も口を割らなくてな」
「………………」
「それで翼宿の気が済むとは限らないが、今の彼なら理解してくれる気がするのだよ。それに、お前自身も…翼宿に近付きやすくなるかもしれないだろう?」
本当は誰よりも邪魔な存在であろう翼宿を救おうと、星宿も動いてくれている。
そして否定したいであろう自分の気持ちまで、案じてくれている。
その事実に驚き、それと同時に彼の優しさに胸が熱くなった。
だが、柳宿は、ここで瞳を伏せた。
「先生…あたし、分かんなくなっちゃった。このまま、翼宿を好きでいて本当にいいのかな…?」
「え…?」
「翼宿がここに来ていた時、あたしもTSUBASAの隠れ家に行ってたんです。そこで副団長に会って、あたしに教えてくれたの。翼宿はTSUBASAに救われて、TSUBASAの為だけにここまでやってきてくれたんだって」
「柳宿…」
受け取ったカーディガンを両手で握り締めながら、柳宿はぽつりぽつりと自分の胸の内を話していく。
「あたしは彼に更正してほしいって、今でも思ってるし…叶うなら、あたしが翼宿の傍に…って思ってる。だけど、あいつが愛してやまない場所をあたしは取り上げる事になるんだよね」
「…………」
それは柳宿にとってとても難しい課題なのだという事は、星宿にも伝わる。
その美貌を使ってでも振り向かせられない相手は、恋愛以外の大切な居場所を持っているという事なのだから。
だが翼宿だって、柳宿の存在に心が揺れていない訳ではない。
昨日の彼の寂しげな背中を見て、それを瞬時に理解出来たのだ。
だけど…星宿は、唇を結んで…そして、柳宿の両肩に手を置いた。
「先生?」
見上げた愛らしい目を、まっすぐに見つめる。
「………お前が卒業すれば、わたしはずっとお前の傍にいられるのだよ」
「…………っ」
「決して、苦労はさせない。今まで頑張ってきた分、お前に幸せな思いをたくさんさせてあげたいと思っている」
しかし柳宿の瞳が泳いでいるのに気付き、そっとその手を離した。
「…何てな。わたしも、卑怯な男だな。愚かだと、笑ってくれ」
「先生…そんな事は…」
「だけど、冗談ではないからな」
「ありがとう…ございます」
軽く会釈をすると、柳宿はその場から立ち去っていく。
が、扉の前で立ち止まり、彼女は星宿を振り向いた。
「先生。色々と、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。先生の気持ちにはすぐには答えられませんが、とりあえず、明日からはきちんと学生しますね!さようなら…」
「………ああ。気をつけてな」
明日から学生…危ない事には関わらず、全うな道を。
その言葉の意味を理解すると共にそう言って強がって見せた柳宿のその笑顔に、星宿の心は締め付けられた。


そう。明日から、きちんと学生する前にもう一度、姿だけでも。
柳宿は、TSUBASAの隠れ家のビルの前に来ていた。
見上げると、窓にはまだ電気はついていないようだ。
しかし、そこでふと我に返る。今更、彼に会ってどうするつもりなのだろうか?
「何してんのよ…あたし」
自嘲の笑みを浮かべると、柳宿はその場を後にする。

これで、いいんだ。これであいつも自分の目を気にせずに、また堂々と動ける。
彼が犯罪に手を染めていくのは悲しいけれど、危ない目に遭いながら関わり続ける訳にもいかない。
自分にはどう頑張ったって、TSUBASAの存在には勝てないのだから…

瞳の端に滲んだ涙を拭おうとした時、声はかけられた。
「お嬢さん?どうして、泣いているの?」
振り返ると、そこには派手な化粧を施した所謂風俗で働くような女性三人がこちらを睨み付けていた。
「え…何ですか?」
呼び止められた意味を理解する前に、柳宿の腕が手荒く引かれた。


ザーーーーーー
数刻後、朱雀街に雨が降り出した。
何件かの取引を終えた翼宿は、傘をさしながら隠れ家への道を歩いていた。
人目につかないようないつもの路地裏を歩き、通りの角を曲がろうとして。

「あなた、翼宿と何か関わりがあるんでしょう?」

女の声が自分の名を呼んでいる事に気付き、そこで足を止めた。
ビルの隙間の路地に、最近、変えた店のキャバ嬢に取り囲まれている柳宿の姿が見えた。
(あいつ…何、やって…!!)
「あたし、見たのよ?最近、あんたがTSUBASAの隠れ家のビルに頻繁に出入りしているの」
「あたし達の翼宿に無断で会いに行くなんて、しかも普通の学生のあんたが…一体、どういうつもり?」
「あ、あたしは…ただ、彼の事が心配だっただけで、疚しい事は何も…」
バシッ!
その中のリーダー核の女が、突然、柳宿の頬を打った。
「彼が心配?聞き捨てならない言葉ね?どんな深い関係か知らないけど、彼の相手はあたしらの間で交代制ってルールがあるのよ。罰として、ちょっと痛い目見てもらいましょうか?」
ドカッ!
「………っっ!!」
彼女が持っていた傘で肩を殴られ、柳宿はその場に倒れた。
「ぬ…!」
翼宿は出ていこうとするが、そこでぐっと堪えた。
ここで自分が出ていっては、事態が悪化する。
「ほらほら!!もっと、殴りな!!こういう子はちやほやされまくってんだから、少しきつめにさあ!!」

『いいか?お前みたいな屑、最初から期待も何もしてなかったんだよ!!ちょっとばかし足が速くて後輩に人気だから可愛がってやってたものの、最後の最後の県大会で結果も残せず調子に乗りやがって…!』

尾宿の怒鳴り声が突然頭に響き、翼宿は頭痛がした。
あれは、封印した筈の昔の自分の姿だ…
唇を噛み締めて、その『乱闘』が終わるのを黙って待つ。

ドサ…
傷だらけになった柳宿は、壁に凭れて血を吐いた。
「今日は、この辺で許してやるよ。せいぜい後悔するんだな!この世界に関わった事を!」
乱暴な言葉を吐き捨てると、キャバ嬢達は笑い声をあげながらその場を後にした。

「…………うっ……っ…!」
体が痛くて、立ち上がれない。翼宿に襲われた時の、何十倍も痛い。
これは暴走族に関わった、社会の制裁。自業自得だ。
激痛に耐えながら、体を動かそうとした時。
ザクッ
足音が聞こえ、柳宿は顔をあげた。
「あっ…」
そこには、TSUBASAの団長が傘をさして立っていた。
「翼宿…」
「一本二本は…折れてるな」
そのままの状態で、沈黙が漂う。
「分かったやろ?これが現実や。俺らに関わると、お前の人生はダメになる。次に関わったら…お前、死ぬで」
よほどの事がない限り、こんな危ない街を女子高生がうろつく筈はない。
柳宿は、また翼宿に会いに来た…彼は、分かったのだろう。
その事実を理解していた上でボロボロに傷付いた柳宿は、もう何も言い返せない。

「けど…」
翼宿は柳宿の前にしゃがみこみ、持っていた傘を差し出した。
「え…」
「こないだの礼や」
その表情は、あの子猫と一緒にいた時と同じで…

柳宿は、翼宿の手から傘を受け取る。
「翼宿…」
「救急車…もうじき来るやろ」
遠くから聞こえる、サイレン。翼宿が、呼んだのだ。
「じゃあな」
それを確認すると、翼宿は去っていく。涙が溢れた。


「翼宿!!あたしは…また、あんたに会いたい!どんな目に遭っても構わない…だから、だから…!」


後ろ姿に叫ぶが、翼宿は立ち止まらずにその場を離れた。


決めた…もう、自分に嘘はつかない。
あなたが振り向いてくれなくても…
あたしは、あなたが好き。



「はーん?」
その光景を眺めていた二人の男は、ニヤつきながらガムを吐き捨てる。
「おい、見たか?あの翼宿が…」
「とち狂ったんじゃねえか?優男みたいな事しやがって…」
「団長に報告だな。あいつの弱味、見つけたって」
それは、TSUBASAに因縁をつけていた集団の団員。


もう、遅い。惹かれ合いながらも離れようとする二人を狙う魔物達は、もうすぐそこまでーーー
12/19ページ
スキ