TSUBASA

2004年

ドカッ
コンクリートの壁に頭を思い切り打ち付け、額から血が滴り落ちる。
橙色の髪の毛から見え隠れする三白眼が、殴りつけた相手をキッと睨む。
『何だあ?その目は…それが、お前を指導してくれた恩師に対する目か?』
ドカッ
次にはスポーツシューズで蹴られ、脇腹の骨が鈍く折れる音がした。
今度は、口からも血が零れる。
『貴様…県大会の優勝逃したからって、他校の奴らと煙草吹かしてたらしいなあ…!俺の顔に泥を塗る気か!?』
目の前には、狼にも似たような形相で怒り狂う男。
しかし彼の怒りの原因を突きつけられ、何も言い返す事ができない。
更に数十回、体を蹴られ続ける。
『いいか?お前みたいな屑、最初から期待も何もしてなかったんだよ!!ちょっとばかし足が速くて後輩に人気だから可愛がってやってたものの、最後の最後の県大会で結果も残せず調子に乗りやがって…!』
『ぐっ…!!』
背中を支える事もままならず、少年はその場に身を崩した。
『ハンサムな顔が台無しだな。まあ、自業自得だ。人間は罪を犯したら、罰を受けるべき動物だ。お前も、覚えておけ』
陸上部顧問・尾宿はそう言って唾を吐き捨てると、その場から去っていった。

足音が遠ざかったところで、少年は天を仰ぎ見た。
全身を強烈な痛みが襲うが、なぜか頭は真っ白で何も考えられない。

最後の県大会の帰り道で、仲良くしていた他校の友人に誘われて出来心で煙草を吸ったのは事実だった。
それまでも今年赴任してきた尾宿には体罰に近い指導を受けていたから、その憂さ晴らしについ…そんな気持ちからであった。
そもそも大会で結果を残せなかったのも、彼に蹴られ続けていた足が痛み出していたから。
周りも自分が尾宿に目をつけられているのを知って何度も止めようとしてくれたが、バックに教育委員会がついている彼には誰も歯向かえる人間などいなかった。
少年は、強かった。
誰も巻き込まず、そんな彼にたった一人で立ち向かっていた。

だけど。

『損な人生やな…』

ポツリと呟くと、雨が降り注いだ。
その日の雨は、少年を変える。
本当は強くて優しかった彼自身を、悪魔に染め上げる…

彼の名は、翼宿。
2004年6月―――
喫煙による校則違反のレッテルを貼られ、退学処分を言い渡された帰りの出来事だった…



三年後…
夜の帳が降りる頃、どこからともなく騒音が聞こえてくる。
その騒音の正体は、この朱雀街を騒がせている集団がバイクを走らせる音。
パラララパラララ
「そこの集団!!止まりなさい!!」
何台も折り重なり暴走を続けるバイク集団を、パトカーが必死で追いかける。
「あーあー!夜のドライブの邪魔、せんといてくださいよおー」
先頭から二台目のバイクに跨がった、頬に傷がついた青年が後ろのパトカーに野次を飛ばす。
「団長~今日は、どうイタズラします~?」
「こないだの花火作戦も、中々でしたよね~♪」
連なって走る仲間が先頭の団長に指示を仰ぐと、橙色の頭は振り向いてあるものを団員達に投げ渡した。
「………これ、使え」
「お!手榴弾だ!かっけ~!」
「じゃあ、早速v」

ボン

「うわーーー!!」
キキキキキ
手榴弾といっても催涙ガスが入っている子供だまし程度の威力のものであるが、追跡者の目眩ましには絶好の武器だった。
パトカーは手榴弾から噴き出した煙に目が眩み、そのまま電柱に衝突した。
「すっげえ!映画みてえだ!!」
「さすが、団長!いい小道具っすねえ!」
「また、どこで手に入れたんや?あんなもん」
二番目の青年がニヤつきながら、先頭の青年に声をかける。
「こないだの、賭博や」
そのまま、集団は一気にバイクのスピードをあげた。


カラカラン
「あーーー!面白かった!」
「サツを巻き込んでのドライブは、最高っすね!」
隠れ家として占領した飲み屋に、集団がゾロゾロと入っていく。
そんな彼らの間では、どこから持ってきたのか打ち上げにと大量の酒が次々と配られていく。

その集団の名は、TSUBASA。
朱雀街を騒がせている、大阪上がりの超悪質な問題児が集まる暴走族だった。
彼らの迷惑行為は暴走に留まらず、暴力、賭博、麻薬、売春など多岐に渡り、その都度警察の手を煩わせてきたが、この隠れ家をはじめ彼らの正体は把握されていない。
それもこれも、団長と副団長が綿密な計算と抜かりない指示でこの集団を動かしているからだ。

「今日も、団長の手柄やなv」
副団長の攻児に冷やかされた男は、一番奥の座椅子にふんぞり返り煙草に火をつける。

彼のトレードマークである橙色の髪の毛は長さを増して、後ろで軽く縛られている。
ギラギラと輝く三白眼は、睨まれれば未だに仲間すらも鳥肌が立つほどの破壊力を持つ。
がっしりとした体つきと何にも物怖じしない堂々とした風貌を持つこの男が、TSUBASAを束ねる団長。
彼に逆らった者で普通の生活が出来ている者は、誰一人としていないと言われている程の存在感を放つ。
この男がいれば、TSUBASAに怖いものは何もない。
朱雀街の他の暴走族から憧れられ、時には恐れられ、夜の街で稼ぐ女をも虜にする。
そんな大スターの名は。

「翼宿、いるー??」
団員がドンチャン騒ぎをしている中、突然、派手な化粧を施したキャバ嬢が飲み屋の扉を開ける。
「あ。団長の彼女パート2ですね♪」
「何よ、パート2って!!翼宿!連絡来ないから、押し掛けたのよ~…今夜こそはって、張ってたんだから~」
そう喚く女性を、団長は突然扉の外に追いやり壁に追い詰めて熱いキスをした。
「………んっ………」
「………よう分かったな。今日はそんな気分やって事…」
八重歯を剥き出しにして、女性の耳元で囁く。
背後では、何人かの団員がぴゅうと口笛を吹く音が聞こえる。
「あたしは、いつでも…あんたのものよ」
「ほな、行こか」
「団長!行ってらっしゃいませ~」
その女性の肩を抱きながら、集団の長は夜のホテル街に繰り出した。


彼の名は、翼宿。
そう。あの退学者の成れの果て。
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