百花繚乱・第三部

『ぐ…あ…』
物凄い力で首を締め付けられ、意識が朦朧としてくる。
傍らで秋桜が叫んでいる声が聞こえるのに、『逃げろ』の一言も言えない。
このまま、自分の命も散ってしまうのか?
そんな思考が、翼宿の頭にぼんやりと降ってくる。

しかし、自分が死んだら秋桜は…柳宿は、どうなる?
彼女の花嫁姿も見届けられないで死ぬなんて、そんなのは嫌だ。

その思いから渾身の力で首にかかる手を握ると、攻児は眉を持ち上げた。
『ほう?さすがは、朱雀七星やなあ?まだ、生き永らえられるんか?』
『攻児…目覚ませ…や。何かの術にかけられとるんなら…』
『何、言うてんねん?幻狼?これは、我儘なお前への天罰やさかいな』
片手で翼宿の首を押さえたまま、攻児は短剣を振り上げる。
『その口…二度と、聞けんようにしたる…!!』
そっと振り下ろされる短剣に、翼宿がぎゅっと目を瞑った。その時だった。

ガシッ

その腕が、誰かの手によって掴まれた。
『秋桜…!?』
攻児は後ろに立つ娘の姿を確認するとたかが小娘の抵抗だと再び口角を持ち上げたが、次にはその表情が苦痛に歪んだ。
『ぐあっ!!腕が…腕があ!!』
『げほっ…秋桜…!?』
へし折れそうになる腕を押さえようとした反動で、攻児の手が翼宿の首を離れた。
咳き込みながらも、翼宿は目を見開く。
それは、確かに朱雀の気だった。そして、彼女に御守り代わりに渡した腕輪が小手に変化している。
『ぬ…り…こ…!?』
『離せ、この馬鹿力があ!!!』
素早く秋桜から離れた攻児は、すぐさま標的を彼女に移す。
『大人しく、俺の言う事を聞けえええ!!』
『柳宿!!』

ドスッ

小さな体が自分を捉えようとしたその腕を掻い潜り隙をついて鳩尾にお見舞いした一手は、攻児の動きを止めた。
すると彼女の小手から朱雀の炎が燃え滾り、それはたちまち彼の全身を包み込んでいく。
その炎に包まれた途端、攻児はぐったりと秋桜にその身を預け気を失った。

『ふう…』
『おい!お前…柳宿なんか!?』
秋桜の姿をした柳宿は、その問いかけにふっと微笑む。
『久しぶりじゃない…翼宿』
『お前…出てこられたんか!?ちゅーか、何で突然…』
『あんたが、秋桜にこの腕輪を預けてくれたからよ…秋桜が翼宿を思う気持ちが、小手に変わったんだわ』
『そう…やったんか』
柳宿は腕の中の攻児を翼宿に預けると、低く呟いた。
『…攻児さん、蠱毒を飲まされてたのよ』
『な、何やて!?』
『でも、もう大丈夫。あたしの神力で元に戻せたから…』
『…お前』
翼宿はそっと柳宿の肩に手を触れるが、彼はその手をやんわりと払った。
『あたしは、もうすぐ消えるわ。それより、秋桜をちゃんと助けてやってよね?それが、あんたの使命。いい?』
『柳宿…』
『見てるから…あんた達の事…ずーっと』
『おい!ちょお待て…!』

『え?幻狼?』
両肩をぐっと掴んだところで、目の前の少女はくいと首を傾げる。
我に返った時、そこにいるのは普通の少女・秋桜の姿だった。
翼宿の無事を確認すると、彼女は突然顔を歪ませる。
『幻狼ーーー!!無事だったんだね!?攻児は…攻児は、どうなったの!?』
やはり目の前の秋桜は、今の一連の流れを覚えていないようだった。


\"それより、秋桜をちゃんと助けてやってよね?それが、あんたの使命。いい?\"


そう…そうやな。
今は、ここにいるこいつの事を精一杯護らなきゃあかんよな。


翼宿はそっと微笑むと、秋桜の頭を撫でて次には腕の中にいる攻児に目をやった。
『攻児は…術にかけられとっただけやさかい。もう、大丈夫や』
6/14ページ
スキ