百花繚乱・第三部

その日の厲閣山は、朝からまとわりつくような雨が降っていた。
翼宿は村の復興計画についてのまとめが進まないため、朝から頭の部屋に入り浸りになっていた。
『嫌な雨ねえ…』
そんな彼の手元に煎茶を置いたのは、使用人の秋桜。
『仕事は捗らんし苛々するし…ええ事ないわ、こんな天気』
『あら?捗らないのは、いつもの事じゃないの?』
『じゃかあしい!用が済んだんなら、とっとと出てけ…』

『か、頭あああ!!』

そこに飛び込んできたのは、山賊の部下達だった。
『何や?どないした!?』
『そ、それが…仲間が、冷龍山の奴等にやられて…!』
『何やて!?冷龍山って…!』
その名前を聞くと、翼宿は鉄扇をがっと掴んで立ち上がった。
『げ、幻狼!?出てくの!?』
『ええから!お前は、ここにおれ!』
残された秋桜は、連呼されていたその山の名前にくいと首を傾げた。

確か、冷龍山は倶東国の山ではあるが、温厚な頭が指揮している山の筈…お裾分けとして山の取り分を厲閣山に届けに来てくれた事も、何度かあった。
なぜ、今頃になって襲撃を…?

秋桜もそれが気になり、翼宿の後を追った。


『おいおーい!こんなひ弱な部下寄越してこないで、頭出せ、頭あ!』
刺された見張り番を足蹴にすると、冷龍山『頭』が声を張り上げる。
騒ぎを聞いて駆け付けた山賊達は、一斉に剣を構えた。
『頭は…お前なんかに顔見せさせん!どうしてもて言うんなら、俺らを倒してから行け!』
『ああ、もう!その仲間意識、うざってえなあ!!元々、戦力は俺らのが上なんだぞ、分かってんのか!?』
氷のように冷たい瞳で睨み上げてくる謎の男に、山賊達は身震いをする。
『誰や、こいつは…!冷龍山が俺らを襲うなんて、一度も…』
『余計な事考えんで!副頭もいいへんし、ここは俺らで食い止めるで!』
『何、ブツブツ言ってんだ?やっちまえ!!』
その男が剣を振り上げると、後ろに控えていた仲間達が一斉に襲い掛かった。

『退け!!』

その時、ひとつの咆哮がその争いを制した。
厲閣山山賊と冷龍山山賊が同時に同じ方向を見上げると、岩山の上にどっしりと佇む男がこちらを見下ろしていた。
『か、頭あ!!』
翼宿は鉄扇を肩に乗せると、今回の首謀者をキッと睨んだ。
『何や?見慣れん顔やな?新入りか?』
『貴様が…幻狼だな』
男は不敵に微笑み、持っていた剣に舌を這わせた。
『あんたんトコの頭とは、友好関係保ってた筈や。何で、頭不在で勝手にこの山に入ってきてんねん?』
『劉宝が、倒れたんだよ。頭代理は、俺様、咲  太一だ!!』
その雄叫びに、後ろの仲間がうおおと歓声をあげる。
その名前に違和感を感じた翼宿は眉を持ち上げたが、静かに鉄扇を降り下ろした。
『さよか…頭が変わって目的が変わったんやな?なら、こっちもノコノコやられる訳にはいかんようや』
『そうだよ!今の冷龍山の狙いは、お前ら厲閣山をぶっ潰す事だ!山賊稼業の頂点は、うちの山が頂くんだあ!!』
すると、太一は剣を振り上げながら翼宿の立つ岩山まで飛び上がった。
『頭あ!!』

ガキイン

剣の勢いに押され、翼宿は地に尻餅をついた。
鉄扇で辛うじてその剣を受け止めたはいいが、彼の瞳からは凄い気迫が伝わってくる。
『長年の夢だったんだ…!俺をここまで成長させてくれた山を…一番に仕立て上げる事…!こんなナメた山ぶっ潰して…山賊としてもっとデカくなる事が!!』
『くっ…!てめえみたいな若造に…させてたまるかい!』
翼宿は太一の鳩尾を蹴り上げて、距離を取った。
『お前が倒れれば、このひ弱な部下共を俺らの仲間にする事なんて容易い事なんだ!だから、手っ取り早く死んで貰おうか?』
『………ちっ!どうやら、怪我せんと分からんようやな』
じりじりと距離を詰め、まさにまた二人同時に飛び掛かろうとした時だった。


『…………兄さん!?』


後ろから聞こえてきた女性の声に、翼宿は思わず振り向く。
そこには、慣れない岩山を女物の着物でやっと登ってきた秋桜の姿があった。
『秋桜!何、やっとんねん!出てくるな…』
そこまで叫んだ時、翼宿はピタと動きを止める。
今、彼女が叫んだ言葉。それは…
『兄…さんて…』
案の定、翼宿に襲い掛かろうとした男も動きを止めている。
視線は、まっすぐに泥だらけになった少女に向かっていて。
『秋桜…!!』
カラン
持っていた剣を落とした事で隙ができ、翼宿はその剣を蹴り飛ばした。
『………っ!』
我に返って剣を拾おうとした彼の動きを、鉄扇で封じる。
翼宿は、低い声で告げた。

『今日は、退け。また、後日や』

『何で………お前らが…妹を…!!』
太一の瞳には明らかに動揺が見えたが、次にはまた翼宿を睨み上げていた。
『幻狼…!絶対に許さねえからな…山も妹も全部俺のものにしてやるから…!!』
そして次の瞬間、太一は仲間を引き連れて、踵を返していた。

『ふう…』
『頭!大丈夫ですか!?』
『ああ…何とかな!』
岩山の麓で声をかけてくる部下に、頭は陽気に手を振る。
『とりあえず…はよ、そいつらの手当てや!攻児が帰ってきたら…集会するで…』
グイッ
『………っだ…』
そこで掴まれた腕に痛みを覚え、掴んできた相手を見下ろす。
秋桜は、揉み合った時に肘に付いた傷をじっと見つめている。
『何しとんねん…離せや』
『あんたも、怪我してる。ちゃんと、手当てさせて』

いつも強気で世話焼きの使用人の語調が、揺れていた。
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