百花繚乱・第三部
秋桜は、夢を見ていた。
立っていた場所は、あの雪原―――
だけど寒くも寂しくもない、そこには暖かな空気が流れていた。
『秋桜』
ふと誰かに声をかけられ、振り向いた。
そこには、紫色の髪の毛を纏った美しい女性が立っていた。
彼女には、それが誰なのかすぐに分かった。
『柳宿…柳宿なの?』
『ええ…やっと、会えたわね』
一度もその姿を見た事がなかった秋桜は、目の前の見目麗しいその姿に感嘆する。
『あの…柳宿!ありがとう。色々と助けてくれて…なのに、あたし、柳宿の形見を投げ捨てたり色々と酷い事を…』
『ホントよお。ご先祖様は、大事にしなきゃいけないのよ』
優しく微笑みながらも自分の額を軽く突いてくるその仕草に、なぜか胸が高鳴った。
目の前の人物は女性の姿をしているのに、ドキドキする。
『だけど、やったわね。秋桜…冷龍山も元通りになったし、翼宿の鉄扇も無事よ。あんたのお陰よ』
『そんな…幻狼が、傍にいてくれたからだよ。あの人がいなければ、あたしは何も…』
『………………』
『あ!ごめんね!柳宿…ずっと、見てたんだよね?嫌だったよね?』
『嫌じゃないわ…やっと、あいつが幸せになるんだもの。あたしにはもう出来ない事を、あんたはたくさん出来るんだから』
『柳宿…』
切なそうに、でも無理して笑う柳宿の気持ちは、秋桜にも痛い程伝わった。
きっと翼宿と十分に愛し合う事が出来ずに、この世を去ってしまったのだろう。
だから柳宿を励まそうと、精一杯の言葉を探す。
『柳宿?幻狼はね…多分、ずっと悩んでた筈なんだ。これまでもあたしの中にいる柳宿を求めて、接してきたんだと思う。あたしは、最初はそれが嫌だったけど。だけど、柳宿に会って思った。こんなに素敵な人を、幻狼が忘れられないのも無理ないって。だからこれからはあたしの中にいる柳宿を誇りに思って、あたしも柳宿に負けないようにもっともっといい女になろうって!』
『秋桜…』
『だから!柳宿も、ずっと一緒だよ!あたしとも…幻狼とも』
柳宿は感激に思わず涙腺が緩むが、笑顔を作り続ける。
『ありがとう…もう、行きなさい?翼宿が、待ってるわ』
『うん…』
『あ…そうだ。あんたに、まだ教えてない事があって…』
『え?何?』
しかし純粋に首を傾げてくる少女に、柳宿はそれ以上の言葉が言えなかった。
『………何でもない。いつか、翼宿に聞きなさい。じゃあね』
『うん………じゃあね』
ピンク色の霧の中に、柳宿が消えていく。
秋桜は最後まで見失わないように、その姿を見つめ続けた―――
『………秋桜』
次には、大好きな声が頭上から降ってきた。
静かに目を開けると、横には翼宿の姿がある。
そこは、頭の部屋の寝台の上だった。
『あれ…?幻狼?あたし…どうして』
『俺が目覚ました時には、手当て終えたお前が俺の枕元で寝くさってたんじゃい』
『え!?ご、ごめん!』
起き上がろうとする秋桜の肩を、しかし翼宿は強めに引いた。
『っ!』
『ええて。ここにいろ』
『…………うん。幻狼。体の具合は、どうなの?』
『お前の手当てのお陰で、出血も大した事なく済んだわ。ありがとな』
『そっか…よかった』
翼宿の腕の中、秋桜は安心したように微笑む。
そんな彼女に、翼宿はそっと接吻を落とした。
『幻狼…』
『ホンマに…その台詞は、俺の台詞やっちゅうに』
『え?』
『無事で、よかった』
彼の大人びた笑顔に、鼓動は素直に高鳴る。
いつも寝台で一緒に寝ていた筈なのに、いきなり襲ってくる男女の情に戸惑いを隠せない。
だけど、今となっては何よりもいとおしい存在。
秋桜は、翼宿の頬に触れる。
『痛かった…よね?』
『……………………』
『あの女に好き放題されて…悔しかったよね?』
『秋桜?』
『ねえ…あたしに、慰めさせて貰えないかな?』
その言葉に、翼宿の目は丸くなる。
まさか、十代の女に誘われているのか?
その状況がおかしくなり、次には翼宿が吹き出した。
『え!?な、何よお!?』
『お前…思ったより、魔性の女やな。こんな親父をグイグイ誘いよって…どこで、覚えたんや?ったく』
『あ、あたしは…ただ、幻狼の力になりたくて』
すると、翼宿の腕が秋桜を自分に馬乗りにさせる体制にした。
『なら…頼むわ。俺は、そんなに無理できんけどな』
『幻狼…』
『本望やわ…お前となら』
そしていつしか秋桜から近付けた唇が、また翼宿の唇と重なった。
『…………あ。幻狼…』
数刻後、秋桜は翼宿の上でしなやかな腰を動かしていた。
少し揺らす度に、寝台が軋む。
『…………お前。めっちゃ…ええで』
吐息まじりに紡がれる色気のある声が、また自身の体温を上げる。
『幻狼も…いいよ………あっ』
『何や?こんなんで、感じるんか?』
『幻狼の意地悪…』
翼宿が少し腰を浮かす事で、体が引き付けを起こしかける。
自分から快楽を与えている筈がときたま加わる彼からの行為に、たまらず身をよじる。
愛し合っている―――そう、伝わる。
『あたし…あたし、柳宿より…ずっといい女になるからね…』
『秋桜………』
『いつか、心から幻狼に柳宿より好きだって言って貰えるように…あたし、頑張るから…』
『ドアホ』
『ふ…っ』
また、重力が伝わる。
『秋桜は秋桜やて…言うたやろが』
到達の瞬間。
見えたのは、大好きな彼の笑顔だった。
数日後―――
『幻狼。お前は、この娘を将来の伴侶とし、これからもこの厲閣山に誠心誠意尽くす事を誓うか?』
『ふっ…へいへい。誓うわ』
『何やねん、お前!これは、正当な儀式やぞ!真面目にやれ、真面目に!』
『ふあーい』
いつもより豪華な山賊衣装に身を包んだ翼宿と、綺麗な着物を見に纏った秋桜。
二人並んだその手前、進行役の攻児がだらけ始めた翼宿に渇を入れる。
『ほんなら、秋桜!お前もこの男を将来の伴侶とし、これからもこの厲閣山に誠心誠意尽くす事を誓うか?』
『はい!誓います!』
『お!ええ返事やなあ!』
そんな三人を見守る山の仲間達は、皆暖かい目を彼らに向けている。
『やっと、頭が結婚かあ…』
『ますます、男に磨きがかかった感じがするで』
『…………っく。うう…』
『なあ?この男、さっきからどうにかしてくれへん?』
仲間達の祝福の声に紛れて、ある男のすすり泣きが聞こえてくる。
『ま、まあまあ…仕方ないやんか。妹の結婚に泣く兄もいるやろ』
『ごめんな…場違いが紛れてて』
『なあに言ってんねん!これからは、お前も幻狼の家族やねんで!もっと、胸張っていけ』
『………ああ。あいつと家族になれるなら、俺も本望だよ』
そう言って涙をぐいと拭った青年は、仲間達に精一杯の笑顔を向ける。
そう。それは今ではすっかり更正した、秋桜の兄・太一の姿だった。
そんな中、この儀式に列席している人物がもう一人、宙からその光景を眺めていた。
『………だいぶかかったけど、やっとあの女嫌いも結婚ね!』
心からそう喜んでいるその七星士は、穏やかな顔で二人の後ろ姿を見守っている。
『翼宿…幸せにね?生涯、ただ一人、愛し抜いた女の子と…』
(なあに言うてんねん)
そこに聞こえてきたのは、呑気な関西弁。
『え…?あんた、何で…』
(俺とお前は、七星士やねんで?気で会話する事くらいは、出来るやろ)
『………でも』
(俺の初恋相手は、お前や。そん事は、今も昔も変わらへん。お前も、忘れるんやないで)
『翼宿…』
秋桜を后にめとった以上、もう翼宿と自分が顔を合わせる事もないだろう。
だからこそ、こんな風に会話を交わせた事が嬉しくて。
柳宿の頬を、一筋の涙が伝った。
『ホント…馬鹿ね。大好きよ…翼宿』
『ねえ?幻狼』
『何やねん?』
攻児の長ったらしい進行にいよいよ飽きてきたのか、秋桜は翼宿に耳打ちをする。
『こないだの夢にね。柳宿が、出てきたの。色々話が出来たんだけど、その時にひとつだけあたしに言えてない事があって幻狼に聞いてみてって言われたんだけど、何の事か分かる?』
『………………くっ』
『え?何ー?分かるの??』
翼宿はニヤリと笑みながら、続きを聞きたがる秋桜を見下ろす。
『………言うてもええけど、腰抜かすなよ?あのな。柳宿は…』
『ほな!誓いの接吻を!』
いきなり攻児が二人に向き合った事で、その続きは遮られた。
『はあ!?何で、そんなんせなあかんねん!?』
『先代から、決められとんねん!男なら、ここで一発決めんかい!』
『おおおおおーーーー!』
頭の貴重なキスシーン。その言葉に、後ろの仲間達も湧く。
『はああ~~~これやから、女が絡むとあかんねん…』
深くため息をついた後、意を決して翼宿は嫁をこちらに向かせる。
『幻狼…』
『一瞬やで…一瞬!我慢せえよ!』
顔が近付き、二人の唇が後少しで触れそうになった時。
『伏せろ!』
カカカッ!!
翼宿が元いた場所に、弓矢が打ち込まれた。
その場にいた者が、必死で防御の姿勢をとる。
『はあ!?』
『も、もしかして…こんな時に、敵の襲撃!?』
『げ、幻狼…』
『ほお…ええ度胸やんけ』
秋桜に向けられた顔は、しかし次には眉をひくつかせながら矢が打ち込まれた天窓を睨んでいて。
『式は、中断や!中断!お前ら、表へ出え!!』
『えええーーー!?』
『秋桜!しっかり、捕まっとれよ!』
『ひゃあ!!』
花嫁をしっかりと両手に抱き抱え、厲閣山・頭は儀式の間の扉を蹴り開けて、臨戦態勢へ入った。
そんな二人を、仲間を、いつしか山に咲き乱れた桜の花びらが包み込んでいた―――
立っていた場所は、あの雪原―――
だけど寒くも寂しくもない、そこには暖かな空気が流れていた。
『秋桜』
ふと誰かに声をかけられ、振り向いた。
そこには、紫色の髪の毛を纏った美しい女性が立っていた。
彼女には、それが誰なのかすぐに分かった。
『柳宿…柳宿なの?』
『ええ…やっと、会えたわね』
一度もその姿を見た事がなかった秋桜は、目の前の見目麗しいその姿に感嘆する。
『あの…柳宿!ありがとう。色々と助けてくれて…なのに、あたし、柳宿の形見を投げ捨てたり色々と酷い事を…』
『ホントよお。ご先祖様は、大事にしなきゃいけないのよ』
優しく微笑みながらも自分の額を軽く突いてくるその仕草に、なぜか胸が高鳴った。
目の前の人物は女性の姿をしているのに、ドキドキする。
『だけど、やったわね。秋桜…冷龍山も元通りになったし、翼宿の鉄扇も無事よ。あんたのお陰よ』
『そんな…幻狼が、傍にいてくれたからだよ。あの人がいなければ、あたしは何も…』
『………………』
『あ!ごめんね!柳宿…ずっと、見てたんだよね?嫌だったよね?』
『嫌じゃないわ…やっと、あいつが幸せになるんだもの。あたしにはもう出来ない事を、あんたはたくさん出来るんだから』
『柳宿…』
切なそうに、でも無理して笑う柳宿の気持ちは、秋桜にも痛い程伝わった。
きっと翼宿と十分に愛し合う事が出来ずに、この世を去ってしまったのだろう。
だから柳宿を励まそうと、精一杯の言葉を探す。
『柳宿?幻狼はね…多分、ずっと悩んでた筈なんだ。これまでもあたしの中にいる柳宿を求めて、接してきたんだと思う。あたしは、最初はそれが嫌だったけど。だけど、柳宿に会って思った。こんなに素敵な人を、幻狼が忘れられないのも無理ないって。だからこれからはあたしの中にいる柳宿を誇りに思って、あたしも柳宿に負けないようにもっともっといい女になろうって!』
『秋桜…』
『だから!柳宿も、ずっと一緒だよ!あたしとも…幻狼とも』
柳宿は感激に思わず涙腺が緩むが、笑顔を作り続ける。
『ありがとう…もう、行きなさい?翼宿が、待ってるわ』
『うん…』
『あ…そうだ。あんたに、まだ教えてない事があって…』
『え?何?』
しかし純粋に首を傾げてくる少女に、柳宿はそれ以上の言葉が言えなかった。
『………何でもない。いつか、翼宿に聞きなさい。じゃあね』
『うん………じゃあね』
ピンク色の霧の中に、柳宿が消えていく。
秋桜は最後まで見失わないように、その姿を見つめ続けた―――
『………秋桜』
次には、大好きな声が頭上から降ってきた。
静かに目を開けると、横には翼宿の姿がある。
そこは、頭の部屋の寝台の上だった。
『あれ…?幻狼?あたし…どうして』
『俺が目覚ました時には、手当て終えたお前が俺の枕元で寝くさってたんじゃい』
『え!?ご、ごめん!』
起き上がろうとする秋桜の肩を、しかし翼宿は強めに引いた。
『っ!』
『ええて。ここにいろ』
『…………うん。幻狼。体の具合は、どうなの?』
『お前の手当てのお陰で、出血も大した事なく済んだわ。ありがとな』
『そっか…よかった』
翼宿の腕の中、秋桜は安心したように微笑む。
そんな彼女に、翼宿はそっと接吻を落とした。
『幻狼…』
『ホンマに…その台詞は、俺の台詞やっちゅうに』
『え?』
『無事で、よかった』
彼の大人びた笑顔に、鼓動は素直に高鳴る。
いつも寝台で一緒に寝ていた筈なのに、いきなり襲ってくる男女の情に戸惑いを隠せない。
だけど、今となっては何よりもいとおしい存在。
秋桜は、翼宿の頬に触れる。
『痛かった…よね?』
『……………………』
『あの女に好き放題されて…悔しかったよね?』
『秋桜?』
『ねえ…あたしに、慰めさせて貰えないかな?』
その言葉に、翼宿の目は丸くなる。
まさか、十代の女に誘われているのか?
その状況がおかしくなり、次には翼宿が吹き出した。
『え!?な、何よお!?』
『お前…思ったより、魔性の女やな。こんな親父をグイグイ誘いよって…どこで、覚えたんや?ったく』
『あ、あたしは…ただ、幻狼の力になりたくて』
すると、翼宿の腕が秋桜を自分に馬乗りにさせる体制にした。
『なら…頼むわ。俺は、そんなに無理できんけどな』
『幻狼…』
『本望やわ…お前となら』
そしていつしか秋桜から近付けた唇が、また翼宿の唇と重なった。
『…………あ。幻狼…』
数刻後、秋桜は翼宿の上でしなやかな腰を動かしていた。
少し揺らす度に、寝台が軋む。
『…………お前。めっちゃ…ええで』
吐息まじりに紡がれる色気のある声が、また自身の体温を上げる。
『幻狼も…いいよ………あっ』
『何や?こんなんで、感じるんか?』
『幻狼の意地悪…』
翼宿が少し腰を浮かす事で、体が引き付けを起こしかける。
自分から快楽を与えている筈がときたま加わる彼からの行為に、たまらず身をよじる。
愛し合っている―――そう、伝わる。
『あたし…あたし、柳宿より…ずっといい女になるからね…』
『秋桜………』
『いつか、心から幻狼に柳宿より好きだって言って貰えるように…あたし、頑張るから…』
『ドアホ』
『ふ…っ』
また、重力が伝わる。
『秋桜は秋桜やて…言うたやろが』
到達の瞬間。
見えたのは、大好きな彼の笑顔だった。
数日後―――
『幻狼。お前は、この娘を将来の伴侶とし、これからもこの厲閣山に誠心誠意尽くす事を誓うか?』
『ふっ…へいへい。誓うわ』
『何やねん、お前!これは、正当な儀式やぞ!真面目にやれ、真面目に!』
『ふあーい』
いつもより豪華な山賊衣装に身を包んだ翼宿と、綺麗な着物を見に纏った秋桜。
二人並んだその手前、進行役の攻児がだらけ始めた翼宿に渇を入れる。
『ほんなら、秋桜!お前もこの男を将来の伴侶とし、これからもこの厲閣山に誠心誠意尽くす事を誓うか?』
『はい!誓います!』
『お!ええ返事やなあ!』
そんな三人を見守る山の仲間達は、皆暖かい目を彼らに向けている。
『やっと、頭が結婚かあ…』
『ますます、男に磨きがかかった感じがするで』
『…………っく。うう…』
『なあ?この男、さっきからどうにかしてくれへん?』
仲間達の祝福の声に紛れて、ある男のすすり泣きが聞こえてくる。
『ま、まあまあ…仕方ないやんか。妹の結婚に泣く兄もいるやろ』
『ごめんな…場違いが紛れてて』
『なあに言ってんねん!これからは、お前も幻狼の家族やねんで!もっと、胸張っていけ』
『………ああ。あいつと家族になれるなら、俺も本望だよ』
そう言って涙をぐいと拭った青年は、仲間達に精一杯の笑顔を向ける。
そう。それは今ではすっかり更正した、秋桜の兄・太一の姿だった。
そんな中、この儀式に列席している人物がもう一人、宙からその光景を眺めていた。
『………だいぶかかったけど、やっとあの女嫌いも結婚ね!』
心からそう喜んでいるその七星士は、穏やかな顔で二人の後ろ姿を見守っている。
『翼宿…幸せにね?生涯、ただ一人、愛し抜いた女の子と…』
(なあに言うてんねん)
そこに聞こえてきたのは、呑気な関西弁。
『え…?あんた、何で…』
(俺とお前は、七星士やねんで?気で会話する事くらいは、出来るやろ)
『………でも』
(俺の初恋相手は、お前や。そん事は、今も昔も変わらへん。お前も、忘れるんやないで)
『翼宿…』
秋桜を后にめとった以上、もう翼宿と自分が顔を合わせる事もないだろう。
だからこそ、こんな風に会話を交わせた事が嬉しくて。
柳宿の頬を、一筋の涙が伝った。
『ホント…馬鹿ね。大好きよ…翼宿』
『ねえ?幻狼』
『何やねん?』
攻児の長ったらしい進行にいよいよ飽きてきたのか、秋桜は翼宿に耳打ちをする。
『こないだの夢にね。柳宿が、出てきたの。色々話が出来たんだけど、その時にひとつだけあたしに言えてない事があって幻狼に聞いてみてって言われたんだけど、何の事か分かる?』
『………………くっ』
『え?何ー?分かるの??』
翼宿はニヤリと笑みながら、続きを聞きたがる秋桜を見下ろす。
『………言うてもええけど、腰抜かすなよ?あのな。柳宿は…』
『ほな!誓いの接吻を!』
いきなり攻児が二人に向き合った事で、その続きは遮られた。
『はあ!?何で、そんなんせなあかんねん!?』
『先代から、決められとんねん!男なら、ここで一発決めんかい!』
『おおおおおーーーー!』
頭の貴重なキスシーン。その言葉に、後ろの仲間達も湧く。
『はああ~~~これやから、女が絡むとあかんねん…』
深くため息をついた後、意を決して翼宿は嫁をこちらに向かせる。
『幻狼…』
『一瞬やで…一瞬!我慢せえよ!』
顔が近付き、二人の唇が後少しで触れそうになった時。
『伏せろ!』
カカカッ!!
翼宿が元いた場所に、弓矢が打ち込まれた。
その場にいた者が、必死で防御の姿勢をとる。
『はあ!?』
『も、もしかして…こんな時に、敵の襲撃!?』
『げ、幻狼…』
『ほお…ええ度胸やんけ』
秋桜に向けられた顔は、しかし次には眉をひくつかせながら矢が打ち込まれた天窓を睨んでいて。
『式は、中断や!中断!お前ら、表へ出え!!』
『えええーーー!?』
『秋桜!しっかり、捕まっとれよ!』
『ひゃあ!!』
花嫁をしっかりと両手に抱き抱え、厲閣山・頭は儀式の間の扉を蹴り開けて、臨戦態勢へ入った。
そんな二人を、仲間を、いつしか山に咲き乱れた桜の花びらが包み込んでいた―――
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