百花繚乱・第三部

『幻狼!』
『攻児!待たせたな!とっとと、片付けるで!』
厲閣山頭と副頭が、ようやく背中合わせに再会を果たした。
周りには、たくさんの冷龍山の山賊が及び腰になりながらも近寄ってくる。
『フッ!もう少しだったが…仕方がない。いくらお前らが山賊を束ねる長でも、多勢に無勢だ!』
『じゃかあしい!太一!俺の鉄扇は、どこにあるんじゃ!?』
『さあなあ?部下が、その辺に捨てたんじゃねえか?』
『き…さまあ!!』
翼宿の頭に血が上った次の瞬間、山賊が二人に一斉に襲い掛かった。
二人は火がついたように、手元の剣で応戦していく。
やはり二人の強さは並大抵のものではないが、それでもこの数を片付けるのは少々時間がかかるようだ。

そんなやりとりを遠巻きに見ていた秋桜は、何か自分に出来る事がないか必死に思案していた。
先程、柳宿の記憶が一瞬戻ったのだが、やはり次の瞬間そこにいるのは普通の少女だった。
『おい!お前、ちゃんと雪深く埋めてきたんだろうな!?』
『だ…大丈夫の筈だ!ひえ~…それにしても、まだ雪を触る季節じゃねえからなあ。埋める時は、さすがに応えたわ』
すると、そこに持ち場から戻ってきたある山賊の声が聞こえてきた。
秋桜は、壁越しに耳を澄ます。
『そりゃあ、あの頭から奪った鉄扇が、北甲国の黒山の雪原奥深くに埋められたなんて、さすがに気付かれねえだろうよ。よく、やったな!』

北甲国…?黒山…?

その言葉に、血が疼いたような気がした。
次の瞬間、秋桜の体は自然と砦へと向かっていた。
心の中で、誰かが自分を止める声が聞こえてきたような気がしたけれど…


ズザッ
ガラガラ…
『ふう…久々に、体力戦やったなあ。鉄扇に頼りすぎてたのが、仇になったようや』
厲閣山山賊の長の二人が周りの山賊の片を粗方つけたのは、その数刻後。
翼宿は、剣を静かに仲間を失った頭の喉元に突き付ける。
『………………くそっ』
『今なら、許してやれるで?これだけ、仲間を犠牲にしたんや。お前の厲閣山侵略計画は、失敗に終わる』
『………………………』
『秋桜も、今のあんたのところには戻らんやろ。俺は、あいつの意思を尊重したいんや』
『へへ…俺の負けってか』
敗北を認めた相手の言動に気を緩めた瞬間、後ろの副頭が自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
太一が隠し持っていた鞭が片足を素早く捕らえた事で、勢いよく尻餅をつく。
目にも止まらぬ早さで手元に落ちた剣を奪い取った太一は、翼宿の頭上に高々とそれを掲げた。
『死ねえ!幻狼!!』


『太一!!』


しかし、その行為は嗄れた怒声によって遮られた。
三人が振り向いた先には、杖で大柄の体を支えている老人が立っていた。
その姿に、翼宿も攻児も見覚えがあった。
『あんた…!劉宝さん…!?』
攻児が尋ねると、その老人は深く頷いた。
『目、覚ましたんか…!?』
『これはこれは…幻狼に攻児じゃないか。物騒な武器など持って、何をしている?やっと動けるようになって屋敷を回っていたら、この有様…太一!これは、どういう事だ!?』
杖をドンと床に打ち付けた老人…いや。元・冷龍山頭の劉宝は、元・部下を怒鳴りつける。
『劉宝様…俺は…!!』
『わたしの許可なしに、厲閣山の山賊を襲うなど許さん!』
剣を落とし後退りをしていく太一に、翼宿はフウとため息をついて腰を上げた。
『これに懲りて…もう、悪あがきはしないこったな』
『………………』
『なあ?それで、俺の鉄扇。どこにあるんや?それだけ返してくれれば、後は撤退するよって』
『………………』
『答えぬか、太一!!』
その後ろで、またもや劉宝が一喝する声がする。
『黒山…』
『は?』
『北甲国の黒山に埋めてこいって…部下に頼んだ。今頃…とっくに埋められてる筈だ。場所は、俺にも分からねえ』
『んな…!!』
『何やて!?貴様!あれは、うちの頭が代々受け継ぐ武器やねんぞ!!』
翼宿が叫ぶ前に、後ろにいた攻児が太一を怒鳴り散らす。
そして次の瞬間、翼宿は辺りを見渡した。
さっきまでいた筈の大切な少女の姿が…どこにもいない。
『おい、攻児!秋桜は…どないしたんや!?』
『え…!?あれ?お前と合流するまでは…そこにいたんやけど』
『もしや…その事を聞きつけて、鉄扇を取りに向かったのでは…!?』
劉宝の言葉に、翼宿の頭は真っ白になった。
その後ろで、妹をそんな危ない事に巻き込んでしまった兄も情けなく震えている。

北甲国…黒山…
もう二度と行きたくなかった、関わりたくなかった場所。

『攻児!後、頼むわ!!』
『え、幻狼!?』

鉄扇の無事など、どうでもいい。
あの場所で、また君を失いたくない。
どうか、無事でいてくれ…!!
11/14ページ
スキ