百花繚乱・第三部

『せやからあ!!何で、頭がここにおらんねん!?確かに、蝋陀の役人に連れてかれたってうちの門番が言うとったんや!!』
倶東国の南端に位置する蝋陀。その国を管轄している詰所で、攻児は声を荒げた。
『んな事言われてもなあ…悪さをした奴は一旦ここに収容するようにと国で決められている筈なんだが…そんな奴は来ておらんぞ?』
『幻狼…どこに行ったんだろう…』
横で秋桜も青ざめた顔をしながら、両の拳を握り締めている。
『あ。そういや、最近、冷龍山の頭が変わったのは知ってるよな?』
『あ、ああ…』
『どこぞの若造になってから、好き勝手やるようになってるんだよなあ…先代の時は欠かさず来ていた稼ぎの報告も、今はさっぱりだし。まさか…とは思うけど』
『大体、そのお頭さんの目の前で事故に遭った蝋陀の姫とやらも搬送された連絡すらないんだぞ?不自然な事が多すぎやしないか?』
その言葉に、攻児と秋桜は同時に顔を見合わせた。
詰所に翼宿の姿がない…冷龍山の行動も把握されていない…蝋陀の姫の安否も不明という事は。
『嵌まったか!!罠やったんや、幻狼拐うための!』
『攻児…どうしよ…どうしよう!』
『行くしかないやろ!はよ、乗れ!』
困惑する秋桜を自分の前に座らせると、攻児は馬の腹を思いきり蹴飛ばした。


バシッ!バシッ!バシッ!
『ぐ…………あっ!』
『はははっ!どうだい?豚小屋で調教される豚になった気分は?』
その頃、翼宿は冷龍山の地下蝋にて以前から宛がわれていた調教小屋で、鞭に打たれ続けていた。
もう、何度となく打たれただろうか…手足を縛られて身動きが取れない全身の衣装はほぼ裂け、爛れた皮膚から血液が滴り落ちている。
『ああん。そんなに、苛めないでくださいまし…太一様。あたしのお気に入りなんですのよ?』
『分かっているよ、髣花。よくぞ、我々の作戦に協力してくれた。お前の美貌も、やはりこの男の手前では敵わなかったようだな』
『き…さまら…』
やはり、髣花の転落も蝋陀の役人も全て猿芝居。
全ては、翼宿一人をここにおびき寄せる為の罠だったのだ。
太一はゆっくりと引き抜いた剣を憔悴しきった翼宿の喉元に当て、静かに告げた。
『これ以上やると死んじゃうからその前に聞くけど、秋桜を返してくれるな?幻狼』
『………あかん』
バキッ!
剣の柄で頬を思いきり殴られ、骨が折れる音がした。
『言う事聞けばこれ以上痛い目見ずに済んだのに…懲りない頭だな、ったく』
『太一…!!』
『…んだよ?』

『貴様…これ以上、秋桜に手出したら…俺が…必ず…貴様を殺す…!!』

ボロボロになってもギラギラと輝く三白眼に睨まれ、太一はヒッと仰け反った。
そして悔しさを滲ませながら、後ろの部下に声をかける。
『髣花』
『はい?』
『一遊びしてやれ。お前、こいつがお気に入りなんだろう?』
『あらあ!いいんですの!?こんなに傷だらけになっても…男の方は感度あるのかしら?』
その言葉に鳥肌が立ったのは、翼宿の方だった。
ゆっくりと近付いてくる髣花の香に吐き気を覚えてぎゅっと目を瞑った瞬間に、腰帯がほどかれて上半身が露になる。
そして、下半身には彼女の手が静かに潜り込んだ。
『やめろ…!』
『たくさん、痛い思いされましたでしょう?少し、気持ちよくさせて差し上げますね?』
『…………っ!』
『ふははっ!!頭の間抜けな絶頂見るのも、最高の仕打ちだなあ!!』
髣花の手慣れた手技に身をよじり必死に我慢をするが、全身を貫く痛みに混じって逃れようのない感度が襲ってくる。
最早、これまでか…


『幻狼!!』


そこに響いてきたのは、大事な女の声。
その声に、その場にいた者の全ての動きが止まった。
地下蝋の入口には、一足早く辿り着いた秋桜の姿があった。
しかし目の前の翼宿の無惨な姿に、それ以上の言葉は出ない。
『秋桜!よく、ここが分かったね?こんな汚い男の為に、よくぞここまで…』
一歩も動けない秋桜の肩に、太一の手が置かれた。
『でもね、ここからはさすがに妹には見せられない。さあ、客間へ案内しよう。そこで、待っていて…』
『やだあ!!幻狼!!』
『っ!おい!引っ捕らえろ!』
実兄の前で暴れ出した妹に痺れを切らした太一は、周りの部下に号令をかけた。
『秋桜!!』

ガキィン!!

その集団を全て押し退けたのは、副頭の攻児だった。
『攻児…貴様…』
『太一頭。その節は、お世話になりましたようで』
剣を構えて秋桜を後ろに庇う体制で、相手を睨み見る。
『しかし…酷いプレイですな。恥ずかしくて、見てられませんがな』
『お前一人で、何が出来る?ここの部下を倒すのがせいぜいではないか?』
にじりよる山賊に、攻児は歯を食い縛りながら後ずさりをする。
翼宿の身が自由になれば、幾分でも負担は軽くなるのに。
『まあ、お前も一緒に消えてくれれば、好都合。やれ』
『おらあっ!!』
『攻児!!』
山賊集団は、一斉に攻児めがけて襲い掛かった。

『攻児!秋桜!』
『ああん。余所見しないでよ、幻狼。まだ、感じれるでしょう?』
髣花の舌が胸板を這った事で、翼宿の意識は引き戻された。
歯を食い縛り、思わず顔を反らせる。
片手では、卑猥な悪戯はまだ続いていた。
十分に脹らみ固くなったそれは、彼女の掌に収まっている。
『いい顔…ほら。あんたの大事な妹さんも…見ておりますわよ』
歪んだ視界には、口許を手で覆ってこちらを凝視している秋桜の姿―いや。柳宿の姿にさえ、見える。
『わたくしの手で感じてる姿…見せて差し上げましょう?』
下衣に、髣花の手がかかる。


秋桜…柳宿。ホンマに…すまん。


カアアアッ!!


全てを諦めようとした時、右腕が朱色に光輝いた。
『何っ!?』
髣花の手は離れ、攻児を傷付けていた山賊の動きも止まった。
目を開けた時、目の前の\"妹\"の胸元も朱色に光輝いている。


(あたしの力…貸すから)
(…………柳宿!)
(引きちぎりなさい!!)


バキッ!バキバキッ!


脳内に柳宿の声が響いたかと思うと、自分の両手両足にくくりつけられていた鎖が一気に破壊された。
全身打撲で動けなくなっている筈の体にも、朱雀の力のお陰か体力が戻ってくる。
そして呆気に取られていた門番を片腕で殴り、持っていた刀を取り上げた。
そこで、翼宿と秋桜を包んでいた朱色の光は消えた。


『待たせたな』
『幻狼!』
『太一…卑猥プレイの鑑賞料とやら、しっかり頂いていくで?』


朱雀の力…柳宿の力で復活した七星士の咆哮が、地下蝋にこだました。
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