百花繚乱・第二部

星が見える丘に、朝が来た。
一際目立つ場所に立っている大木。そこに背中合わせで立っているのは、二つの人影。
『…にしても、やられたわね。変態』
『やから~怒るなて』

先程から柳宿が拗ねている理由は、ただ一つ。
翼宿と行為に入る直前に自白された、生前の未遂事件。
襲われたのも悔しいがそれを全く覚えていない自分にも悔しいし、もしその時に彼を受け入れていたら…と思うと、ため息しか出ない。

『…もしもあの時って、考えてるやろ?』
『………つっ!そんな事…』
『そんな事、考えんなよ』
『………え?』
柳宿は首を傾げて、声のする方向を見る。
『どっちにしたって、お前は死んでたんや。それなら、二年経っても俺の事忘れんでいてくれたって事のが、俺には嬉しい』
『…翼宿』
『………なんて、強がり言うてみたりしてな』
語尾が、揺れている。彼も、もうすぐ来る別れを悔やんでいるのだ。
気付けば、柳宿の頬にも涙が伝っていた。
背中合わせに、もう触れられない彼の手に透明な手を乗せる。
『泣かないのよ…?あんたは、笑顔が一番似合うんだから』
『お前こそ…前向いていけよ。今度こそ』
『…分かってるわよ』
『まあ、案外タフやから、大丈夫やろ♪昨日かて二回もすれば十分やったのに、まだまだて猫みたいに甘えてきよったんやからな…』

グシャッ!

翼宿の手を、握り潰す音がする。
『左手は、まだ使えるんだからね?お忘れなく』
『………この豹変オカマが』

暫くすると、柳宿の体を光が包んでいく。
天から、お迎えが来たようだ。
『………ねえ』
『ん?』
『あたし達…また、会えるわよね?』
『会えるやろ』
『どんな関係になってるのかしらね?』
『………分からん』
声と体が、徐々に徐々に薄くなっていく。
それでも、最後の願いを柳宿は呟いた。


\"願ってるよ…あんたとまた、笑い合えてる事を\"


カシャン


『………ん?』
振り返った時には、もう柳宿の姿はなかった。
代わりにまだ痛みが残る手元に転がったのは、彼の左腕に付いていた腕輪。
『…俺に、持ってろってか?』
微笑むと、そっとそれを拾い上げる。


『柳宿…頑張れよ』


木々の葉から溢れる陽光を見上げながら、翼宿は呟いた。



『…………宿!柳宿!』
『柳宿さん!』
聞き覚えのある仲間の声が、自分を呼んでいる。
そっと目を開けると、星宿、軫宿、張宿が心配そうに自分を見下ろしていた。
そこは、太極山の廟の中だった。
『みんな…』
『柳宿!そなた…何をしていたのだ!?儀式前に行方不明になって…みんなで探していたんだぞ!』
『諦めて廟に来たら、柳宿さんが倒れてて…』
怒鳴る星宿の横で、張宿は目を潤ませている。
そんな星宿に向かって、柳宿は真っ先に頭を下げた。
『ごめんなさい…星宿様。あたし…』
『……………』
『下界に降りていました。それに…あたし、その前にはあなたに酷い事を…』
『………もう、よい』
ため息混じりに、星宿は呟いた。

『会えたのだな…?お前の愛する者に…』

『えっ…?』
自分を見つめる星宿の顔は、とても優しくて。
『今のそなたの顔は、スッキリしている。お前が幸せになれたのなら、それを邪魔する権利はわたしにはないのだからな』
『星宿様…』
やはり、彼の発言は自分を心配してくれての事だった。
溢れそうになる涙を、ぐっと堪えた。
『え?幸せって…柳宿さん。何か、あったんですか?』
『いいんだよ、張宿。お前は気にしなくて…』
『み、軫宿さん!?酷いです~』
一人訳が分からない張宿を宥めるのは、軫宿。張宿は、頬を膨らませる。
『さあ…皆の者。行くぞ?間もなく、儀式の時間だ。柳宿の説教の時間を考えて、少し早めに向かおう』
『ほ、星宿様…それ、笑えないです』
星宿の先導に続き、柳宿はこっそりと自分の左腕を握り締めて立ち上がった。


生まれ変わりの先は、誰にも予想できない。
誰と出会うのか?誰と結ばれるのか?
それでも、前を向いていればまた出会える気がするから…
その時は、またあの笑顔で『おかえり』って言ってね?


厲閣山首領の翼宿と柳宿の生まれ変わり・咲秋桜(さき こすも)が出会えたのは、それから五年後のお話。

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