百花繚乱・第二部

『四宮の天と四方の地…』
平城京に響き渡る、朱雀召喚の呪文。
闘いに傷付いた朱雀六星は、その声に耳を傾ける。

美朱と魏は、天罡を倒す為に再び巻物の世界へ戻ってきた。
しかし戻った先は、あの\"鬼宿\"が待つ平城京。
そこでボロボロに傷付いた魏を庇って、美朱は鬼宿の気弾を受け倒れていた。
しかしそこへ駆け付けた朱雀六星の救護により、美朱は一命をとりとめる。
しかしながら天罡の力は思いの外強大で、朱雀六星の攻撃は全く歯が立たない。
彼を倒すには朱雀を復活させるしか術はないと判断した…まさに、その時だった。

美朱と魏の体を朱雀の炎が包んだ瞬間、その呪文が発せられたのは。


『美朱!魏ーーー!!』
朱雀六星は、平城京の上空で何が起こっているのか分からない。
すると、突然眩い光が辺りを照らし始める。
その光は朱雀の六人をあっという間に包み込み、そしてそこから連れ去った。



『皆の者、ご苦労じゃったな』
程なくして聞こえてきたのは、懐かしい嗄れ声。
六人が目を開けたそこは、かつての美しさを取り戻した太極山だった。
目の前には、太一君の後ろに浮かぶ美朱と魏の肉体が見える。
『な、何で…?二人は…二人は、無事なんですか!?』
柳宿は唖然とするが、次の瞬間太一君に詰め寄った。
『案ずるな。二人は、無事じゃ。肉体は、極限まで使い果たしたがな』
(柳宿。みんな…)
その時、今や精神体となった美朱と魏が六人の前に現れる。
二人の愛が朱雀を復活させ、天罡は無事に闇に葬られた。
これにて、朱雀七星の闘いは完全に終わりを告げた事になったのだ。

『柳宿…柳宿お…』
精神体の美朱は、最後の別れの時に柳宿にすがりついた。
『美朱…よく、頑張ったわね。あんた…天罡に勝ったのよ。凄いじゃない…』
『柳宿が大変な目に遭ったって後から聞いて…心配してたんだよ。体は…平気?』
『大丈夫よ。翼宿に…フォローして貰ってたから』
柳宿はそう微笑むと、美朱の頭を優しく撫でる。
そんな柳宿に、彼女は告げた。

『柳宿。幸せになってね?今度こそ…一番大切な人と…』

その言葉は、どういう意味なのだろうか?
だけど自分より何倍も綺麗になり大人になったこの巫女は、恐らく何もかもを見透かしているのだろう。
『ありがとう…美朱』
『………美朱。むっちゃええ女になれよ』
その横から、翼宿もまた太陽のような笑顔で美朱の頭を撫でていた。


二人が現実の世界へ帰り、残された六人はやっと訪れた平穏に安堵の笑みを浮かべていた。
『これで、終わったのだな』
『僕達も、望んだ姿に生まれ変われるんですね』
『よかったなあ!張宿!今度は、長生きせえよ?』
軫宿と張宿が喜ぶ横で、翼宿もその事実を素直に喜んでいる。
『星宿様。ありがとうございました。星宿様の神剣のお陰で、被害を食い止められましたのだ』
『何の。さすがは、井宿だな。お前の術なしでは、我々は倒れていたよ』

お互いが労りの声をかけ合う中、柳宿は誰とも何も言葉をかわせない。
それは、この先に起こる出来事を予期していたから。

『さて…帰らねばな。翼宿』

井宿が呟いた時、翼宿もくっと顔を上げた。
『そうじゃな。残りの七星は、引き続き下界の治安の維持に精を出したまえ』
『僕達も、きっとすぐに生まれ変われますよ!』
『ああ。その時に、皆でまた会おう』
その場が、一気に生者と死者のお別れムードになる。

が、翼宿にはまだここで言付けを頼まれたあるやるべき事があった。
先程からずっと、背後から凍てつく視線を感じていた…それは、先日にその言付けを頼んできた人物の視線。

『…井宿。先に…帰っててくれや』
だから、瞳を伏せて静かに親友に告げる。
『え…?お前は…?』

『俺は、最後に語りたい奴がおんねん』

その言葉にドキリとしたのは、柳宿だった。
案の定、彼はゆっくりと近付いてきて、娘娘の実体が入った自分の肩をポンと叩いた。
『…………翼宿』
『ちょっと…ええか?』
そして、泉の方向へと歩いていく。
『行ってこい。柳宿』
実は既に事情を知っている太一君は、そんな柳宿に声をかける。
その言葉に黙って頷くと、彼の後を追った。
翼宿を追っていた視線の主は、二人がその場を去ると静かに唇の端を持ち上げた。

太極山の泉も落ち着きを取り戻し、その中央部分からは噴水も噴き出していた。
その噴水がよく見える畔まで来たところで、翼宿の足は止まった。
柳宿も、その数歩後ろで立ち止まる。
『ホンマに…もう、体平気なんか?』
『あ…うん。天罡のところに行くまでもあんたがフォローしてくれたし、だいぶ回復したわ』
『そっか…よかったな』
しかし、翼宿はこちらを向こうとしない。
特にその状態には逆らわず、柳宿は次に投げかけられる言葉を静かに待つ。


『…もう、今日で会わないようにしような?俺ら』


『……………っ』
案の定、彼の背中から投げかけられたのは厳しい言葉だった。
『お前の気持ちは分かったけど、もがいてもしゃあないねん』
『…………………』
『俺も、もしかしたら今後嫁貰わなあかんかもしれんし!そん時は歯食い縛って、腹括るわ!せやから、お前も今度こそ幸せに…』

いつもの笑顔を作って翼宿は振り向くが、言葉は続けられない。
柳宿が唇を噛み締めながら、大粒の涙を流している。

『……………ぬりこ』
『そうね…あんたの為にも…そうしよう』
涙を拭えども拭えども、それは止まらない。
『楽しかったよ…また、あんたとお酒飲んだり一緒に寝たり…夢みたいだった。それだけは…忘れないでいいかな…?』
『…………ああ』
『頑張って…ね?翼宿…これからは山護って…幸せに…』

翼宿は柳宿に近寄り、その頭にそっと手を置いた。
今なら、抱きしめられる。唇を重ねられる。
それでも、今、出来る精一杯はそれだけで。


『ありがとな…お前と両思いになれて…嬉しかった』


見上げた顔は、大好きな太陽のような笑顔。


『………元気で』


それだけを呟くと、翼宿はゆっくりとその場を立ち去った。
遠くなる足音を見送り、柳宿は地に膝をついた。


本当に、これでサヨナラ。
これで、いい。これで、いいんだ。
翼宿の選択は、何も間違っていない。
だけど。


『…………っあ………あああっ!!』


もう、あの太陽の笑顔には会えない。
土を握り締めて、壊れるくらいに泣いた。
13/17ページ
スキ