Making of the Moon【柳宿side】

「お願いします!!うちの妹は潔白なんですよ!!何も悪い事はしてないんです!!僕が保証します!!」
「むらさき」に駆けつけると、呂候が生徒の保護者に頭を下げている光景があった
「え・・・兄貴・・・!?」
「あの人、今朝もいたわよ?」
「ああやって、みんなに朝から声かけてた訳?」
生徒の迎えに来た保護者のひそひそ話も聞こえる
「・・・あの子・・・会社休んだのかい?」
昴宿も呆気に取られている
「お願いします・・・彼女、ここでピアノを教えたいんです。それが夢だったんです!!分かってあげてください・・・」
「そんな事言ってもねぇ・・・」
「子供さんが嘘つく訳ないじゃないですか」
保護者は、まるで信じてくれない

そこに、蛍も来ていた
蛍は、その光景をじっと見つめていた
「蛍。どうしたの?さぁ、早く帰りましょう?」
母親が買い物袋を提げながら、彼女の手を引く
『大丈夫だよ。失敗は誰にでもあるんだし。今のあなたは、きっとその時のあなたよりも数倍上手くなってる筈だよ』
『何も変わってないんじゃない・・・どんなにピアノが好きだって・・・過去にしがみついてばかりじゃ何も変わらないのよ・・・』
柳宿の数々の言葉が思い出される
そして、あの必死な兄の顔
自分は、何て孤独でずるい人間なのだろう
努力を嫌って、逃げてばかり
それなのに・・・あの教師の周りには温かい人ばかり
努力してきた人の周りには、たくさんの優しさがある
それを実感した少女は、駆けだした

「もう・・・お帰りください。気持ちは分かりましたから」
加奈子は、同情の眼差しで呂候を止める
「彼女の次の配属先は・・・こちらできちんと探します。彼女が講師をやめなければならない訳ではないので・・・」
我が娘のように可愛がっていた加奈子も残念そうに呟く
すると
「待って!!」
小さな声が聞こえた
見下ろすと、小さな少女
「みんな・・・聞いてください!!」
蛍は、目に涙をいっぱい貯めていた
「私・・・嘘をついていたんです」
「蛍ちゃん・・・?」
「・・・・・・・・・柳宿先生は、私が教わったどの先生よりも・・・素晴らしい先生です。私・・・前にピアノで入選出来なくてとっても辛かった。だから、ピアノも辞めたんです。だけど・・・柳宿先生がいっぱい励ましてくれて・・・また頑張ろうって気になれました。でも、いざとなると怖くなって・・・応援してくれた柳宿先生が悲しむ顔見たくないから・・・嘘ついて、先生を遠ざけようとしただけなんです。大好きだから・・・」
『あなたは、娘の目標です』
母親の言葉が思い出される
呂候は、蛍の前にしゃがみこんで告げる
「だけど・・・君はその大好きな先生を傷つけたんだよ?先生は、君がどんな結果でもただ頑張ってほしかっただけなんだ」
「兄貴・・・」
「だから・・・だから、先生の気持ちも分かってあげてくれよ」
「ごめんなさい・・・」
「兄貴。もういいよ」
柳宿は、すぐ傍まで近寄っていた
「柳宿・・・」
柳宿は、蛍の前にしゃがみこんだ
「・・・・・・・・・・・・先生は、蛍ちゃんにもう一度ピアノを弾いてほしいの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「怖いの、分かるよ?だけどね、私はピアノの楽しさも辛さも知ってる。だから、あなたに教えてあげたかったの。好きな気持ちがあれば、何だって乗り越えられるって事を」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ピアノ・・・好き?」
「うん」
「じゃあ、頑張らなくてもいいから・・・やるだけやってみようよ」
「うん・・・うん・・・ごめんなさい。「柳宿先生」・・・」
柳宿は、蛍を抱きしめた
「・・・・・・・・・・先生は全然気にしてなんかないから」
蛍は、大きな声で泣いた
パチパチパチ・・・
そこに響いた拍手
加奈子だった
そこから広がるように拍手は紡がれていった
「・・・・・・また、よろしくお願いします」
蛍の母親も丁寧に会釈をした
こうして・・・塾騒動は終わった

「・・・・・・・・・・・・・ありがとね」
「・・・・・・え?」
「朝から演説頑張ってくれたんでしょ?」
「いや・・・そんな・・・」
「明日、会社で怒られないの?」
「その分、残業頑張るよ」
帰りの車で、項垂れる呂候を尻目に柳宿は微笑んだ
「・・・・・・・・・・・・ありがと」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「本当に」
柳宿は、呂候の肩に頭を乗せた
「あたし・・・・・・・・・・兄貴が兄貴でよかったよ」
たくさんの優しさに気づかせてくれて、ありがとう
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