Making of the Moon【柳宿side】

「あたしもあんたと同じくらいの頃、ピアノの講師になりたくてね・・・独学でカナダに留学したの」
加奈子は、しみじみと語り始めた
「最初は、無我夢中でピアノにかじりついていて、周りなんて見えてなかったわ。だけどね、ある日の演奏会でスタッフをやっていた彼に出会ったの」

カシャン
『ペン落としましたよ!!』
『あ・・・ありがとうございます!!』
『・・・あなたが、日本から来た桜井加奈子さんですか。噂は聞いています。頑張ってくださいね』
「何の変哲もない普通のエールだったのに、一発でびびっと来ちゃったのよねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・へぇ」
「そこから、あたしはピアノをサボってよく彼に会いに行っていたわ
「そうなんですか!?加奈子さんが・・・」
「あたしだって、一途よぉvその一途さに気づいたのか、彼の方から告白してくれてねv」
「いいですねーv」
「楽しかった・・・本当に幸せな三ヵ月だった。半年契約の留学だったから、会う時間は限られていたわ。だけど・・・」
そこで、珈琲の湯気がゆらりと揺れた
「彼は・・・自殺したの」
「え・・・」
「理由は、経営していた音楽会社のリストラ。彼は大事な契約を社長から任されていた。その契約が打ち切りになったの」
「・・・・・・・・・・・・」
「彼、とても責任感が強い人だった。恋愛に対しても仕事に対しても。私は精一杯励ました。だけど、彼の眼は死んでいたわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「こんな時、恋人なんて無意味だって思った。何もしてあげられないの。彼の事を全て分かってあげているつもりだった。結局、彼は会社のビルの屋上から飛び降りて死んだわ」
「・・・・・・・・・・・・加奈子さん」
「それからは・・・ずっと彼の事が忘れられない。ううん・・・彼を見習って仕事に専念してきたのか・・・どっちかは分からない。
彼は結局、恋愛より仕事を選んだ人だったから」
柳宿の胸が痛くなる
翼宿も・・・そういう人間だ
それで、LAに残ったのだ
「・・・だけどさ。あんたにはそうなってほしくないのよ。遠くて辛くて彼が今どんな目に遭っているのか分からない状況で・・・不安だと思う。だけど、どんな時も彼を信じてほしい。その思いは・・・彼に伝わると思うから」
涙が流れてくる
「ごめんなさい。加奈子さん・・・あたし・・・」
「何で、泣くのよぉ~」
「加奈子さん・・・どんなに・・・どんなに加奈子さんの恋人が仕事に専念していたとしても・・・あたしは、その人はきっと幸せだったと思います」
「え・・・」
「その人は加奈子さんと生きたかったんですよ・・・だけど、ピアノが大好きな加奈子さんの希望を叶えてあげたかったのに、自分の会社が倒産してしまって・・・きっとその責任で・・・」
「柳宿・・・」

『僕が君の夢を叶えてあげるよ。もっともっと大きな会社にして・・・君を世界に羽ばたかせてあげるよ』

忘れていた彼の言葉
加奈子は、涙で言葉が詰まる
「ば・・・馬鹿・・・。知ったような口・・・聞かないの」
「ごめんなさい・・・」
「柳宿。何があったの?」
柳宿は、ぽつりぽつりと話し始めた
翼宿の幼馴染が自分が彼と出会うずっと前から翼宿を好きだった事、その女性が先日事故で亡くなった事、電話で彼が泣いた事
離れている自分には何もしてあげられない事、音楽の世界の厳しさを実感した事・・・
全部全部加奈子は、相槌を打ちながら聞いてくれた
「そっか・・・よく話してくれたね」
「・・・・・・すみません。大事な時間を割いてしまって」
「いいのよ。あんたはあたしの娘みたいなもんなんだからねv」
「加奈子さん・・・」
「一度・・・会いなさい。どんなに短くても今は、お互いの顔を見るのが一番の解決策だわ」
「・・・はい」
「大丈夫。翼宿は強いわ。あなたが思っている以上にずっと・・・そして、今でもあなたをとても大切に思っている」
「・・・そうですかね・・・?」
「自信を持ちなさい。恋は信じる事から始まるのよ!!」
みんな、それぞれが傷を負っている
愛する人を手に入れる喜びと悲しみ
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