Making of the Moon【柳宿side】

コツン
広いライブハウス
観客は、誰ひとりいない
ステージには、白い垂れ幕が下がっている
何が始まるんだろう
鼓動は、高鳴る
すると、人影が見えた
大好きな背丈のあの人影
ギターを何度か試し弾きして、曲は始まる

その曲は、あの別れの日に託されたあのMDに入っていた曲
何度聞いただろう。歌詞も旋律も暗譜している
そんな懐かしいあの曲を、生演奏してくれたのだ

(こいつ・・・何考えてるのよ・・・)
今日は、自分の誕生日。だからこそ・・・悔しいくらい涙が止まらない
曲が終わる
「・・・・・・・・久し振り」
何とか話しかけようと努力した
「・・・よう」
「元気そうだね」
涙は止まらない
「色々・・・すまんな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿」
だけど、変におかしかった
「翼宿。あたし・・・」
「やけど、今は会えん」
言葉は、止まる
「もう少し待ってくれや。まだ・・・俺は、お前にふさわしい男になっとらん」
「そんな事・・・」
「やけどな、いつかお前にとっても音楽の世界でも・・・必ず頂点に立ってみせるから」
彼の気持ち・・・痛いほど分かった
「・・・・・・・・・・・・分かった。あたしも、あんただけしか見てないよ」
垂れ幕の向こうの翼宿は、そっとギターを片付ける
すると
いつの間にか、自分の足はステージ上に向き
自分の手はそっと垂れ幕の間から翼宿の手を握っていた
「だけど・・・・・今だけ」
温かい。そこにある確かな最愛の人のぬくもり
今だけでも感じていたい
握り返してくれたその手は、とても優しかった


「・・・宿。柳宿!!」
またもや、友人の呼びかけに反応が遅れた
「あ・・・何?」
「もう!!どうしたのよ、最近!!」
「ごめんごめん・・・」
「・・・という訳で、就職説明会を終了します」
「あ。就職・・・」
「そうだよ!!音楽科の就職先は狭き門だから、結局スーパーとか事務になる人が多いらしいね!!私、どうしよっかなぁ・・・」
薫は、本気で悩んでいる

あたしの夢・・・どうしよう
ピアノを続けるべきなのか?
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