Making of the Moon【翼宿side】

「母ちゃん!!」
翼と翼宿が駆けつけた時、母親は病室に戻ってきているところだった
「ああ・・・翼君。何とか緊急の治療を施したら、間に合いましたよ」
日本人の主治医は、疲れ切った笑みを見せた
「よかった・・・」
翼は、翼宿にもたれかかってそのまま床に座り込んだ
「お連れ様ですか?」
「あ・・・いや。俺は・・・」
「もしかして、「空翔宿星」の翼宿さんですか?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「翼君、よかったじゃないか!!やっぱり会えたんだね。君の憧れだったんだもんな」
翼は、赤い顔をしてそっぽを向いている
「あの・・・・・・・・・少しお話をよろしいでしょうか?」
「・・・・・・・はい」
翼をその病室に置いて、翼宿と医者は部屋を出て行った

「あの子には、こっちに来てから信頼出来る大人がいなかったので、誰にも事情を話せなかったのです」
「そうだったんですか・・・」
「まぁ、音楽の世界はあの歳にはまだ酷な世界でしょう。彼の場合、父親が最悪の酒豪でしてね。よく、家で暴力を振るわれていたみたいです。それで、奥さんも胃を壊して・・・入院生活が長引きまして」
「・・・・・・・・・・・」
「大病院では胃を壊す病気よりももっと大がかりな病気の治療に力を入れているところが多くて・・・それで、専門的なこちらの病院で治療をしてもらう事になったんです。私も助手としてついている状態なんですが・・・翼君のお母さんは精神的にも少し問題がありまして、いつ悪化するか分からない状況なんですよ」
「・・・・・・・・なるほど」
「翼君も、勿論家には残れないから率先して着いてきました。翼君のお母さんは、翼君に小さい頃から苦労をかけていた事を詫びて、そちらの教室に頭下げて入学させて貰ったんです」
そんな複雑な事情が、あの少年にはあったのか
「他人には中々心を開きません。本当は明るくて優しい子なんですが、素直になれなくていつも他人を傷つけてしまう。だから、あなたが今日一緒に病院に訪れてくれた時、本当にびっくりしました」
医者は、翼宿の手を取った
「お願いします。あの子の友達になってやってくれませんか。何をしろとは言いません。彼の話を聞いてあげるだけでいいんです。あなたも自分の事でお忙しいのは分かります。だけど、あなたはあの子の目標なんですよ」
翼宿は、しばらく考え込んだ
「俺・・・今年いっぱいでここを離れなければいけないんです。それまでに翼のお母さんがよくなるかは分かりませんが・・・それまでで良ければ・・・俺が力になってやれる事があれば・・・」
医者は微笑んだ
「ありがとう・・・心強い人だ」

翼は、ずっと病室で母に付き添っていた
「・・・・・・翼」
翼は、そっと振り返った
「何か飲むか?」

ガコン
待合室で、翼宿はジュースを翼に渡した
「・・・・・・・・おおきに」
「母ちゃん、とりあえず大丈夫やって。心配なら、明日起きたら顔だけでも出したらどうや?」
「・・・・・・・・・・うん」
「今夜は遅いしな。俺も付き添ってやる」
「ホンマか!?」
「一人で寝れるなら、帰ってもえぇんやけど」
「ばっ・・・馬鹿にするな!!」
「・・・・・・・・・やけど、ホンマは不安でしゃあないんやろ?」
「・・・・・・・・・うん」
「今日くらい甘ええや」
「怒って・・・・・・・・ないんか?翼宿」
「何が?」
「この間の事・・・」
「いつまでもうだうだしとらんわ。男が廃る」
「何か・・・・・・・・・・・・・・俺、翼宿が今まで頑張ってきた世界を侮辱した気がしてならんのや」
「・・・・・・・・・・・・・・その気持ちだけで十分や」
翼宿は、煙草に火をつける
「・・・・・・・・・・・・・お医者さんから大体の事情は聞いたで」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お前も大変やったんやな。その上で出た言葉ならしゃあないわ」
「翼宿・・・」
「やけど、俺にとっちゃ音楽に喜んで携わらせてくれたんが羨ましいわ」
「翼宿は・・・反対されてたんか?」
「ああ。喧嘩して家飛び出た。最初はホンマに孤独やったわ」
そう言って笑う翼宿
「だから、そんなに強くて・・・優しいんやな」
「俺は、世界一冷たい男やで」
「んな事ないっ!!やっぱ、むちゃくちゃかっこいいわ・・・翼宿」
「何や。愛の告白か?」
「ちょ・・・調子に乗んな!!!!」
翼は、ジュースをぐいと飲んだ
「・・・・・・・・・・・・やけど、俺もお前の母ちゃん護りたい思うた」
「え?」
「大事な人を失うと・・・この世は終りや」
その言葉に、翼は唾を呑んだ
「誰か・・・・・・・死んだん?」
「まぁ、お前は知らなくてもえぇ事や」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だからこそ、今生きてる人間に対して精一杯をしたいんや、俺は」
「翼宿・・・」
「もう寝ろ。明日、朝一で顔見に行くで」
「ああ・・・」
翼は、そのままソファに寝転がった
「俺・・・・・・・・・・・・・ホンマにあんたに憧れてたんやで・・・」
「・・・・・・・・そか」
「だから・・・・・・・・・だから、いつかあんたを・・・・・・・・・・超えるんや・・・・みんなを見返してやる・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・その意気や」
頭を撫でると、そのまま翼は安心したように眠りに落ちた

「母ちゃん!!!!もう、よくなったん?」
目を覚まして病室に向かう階段で、母親が杖をついて歩いてくるのが見えた
「翼・・・心配かけてごめんね。目が覚めて、あんたのカバンがあったから探しに来たんだよ」
「まだ寝とらんと・・・あかんやろうが」
母親は、翼宿を見て目を丸くした
「ああ・・・あなたは」
「初めまして。最近知り合った翼宿です」
「翼・・・よかったねぇ。ずっと面倒見てて貰ったのかい?」
「まあ・・・な」
翼は、陽気に笑う
「さ。とにかく病室に戻るで。俺も翼宿も稽古に戻らな」
翼と翼宿は、母親を病室へ送る事にした

「翼宿さん、来年は日本に帰るんですか」
「そうですね・・・二年修行積んだんで」
「・・・なら、翼。それまでにベースちゃんと教えてもらわなきゃ」
「そんな時間あるんかー?」
「ま。暇見つけて教えてやってもえぇで」
「やったぁーvv約束やでv母ちゃん聞いたかー?」
「ああ。よかったねぇ・・・翼・・・」
その時、母親の体が揺れた
「え・・・・・・・・・・」
意識を失った母親は、階段からのけぞるように後ろへ倒れた
「母ちゃんっ・・・・・・・・・・・・」
ドサッ
そのまま、翼宿が母親の体を庇うように一緒に階段から落ちた
「翼宿っ!!!!!!」

ウィーン
「先生・・・母ちゃんは・・・」
「大丈夫。一時的な貧血だ。全く・・・起きてすぐに長い道のりを歩いたからだ。無茶しすぎです」
「・・・・・・・・ごめんなさい」
「君が謝る事ではないよ。それだけ、君の顔が見たかったんだろう。安心しなさい。今日一日ゆっくり休めば治るでしょう」
翼は、また項垂れてしまった
「色々難しい病気だけど、一緒に頑張りましょう。君の笑顔が、お母さんは大好きな筈」
「はい・・・」
「翼宿さんも・・・ご迷惑をおかけしました。今日は翼君を連れて稽古に戻ってください」
「はい・・・どうも長居をしすぎました」
すると、医者は翼宿の左手の異変に気づいた
「・・・・・・・・・・君・・・ちょっと見せなさい」
医者は、翼宿の赤くはれ上がった手を見て、眉をしかめた
「君も怪我をしているじゃないか・・・」
「んな大した事ありません・・・・・・・・・・・っ・・・!!!」
「翼宿!?」
「・・・・・・・・骨が折れてるかもしれないな」
その言葉に、翼の頭は真っ白になった
傷つけた今、最も輝いているベーシストの手
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