愛し姫君へ

「どうやら宮殿の姫に護衛がついたらしいぜ?」
「そりゃあまた偉い面倒なものがついたもんだな」
「どのくらいの腕前か見てみたいものだな」
豪族の基地で何人かの武士がそんな会話をしていた

「翼宿!!ここに置いていた櫛を知らぬか!?昨夜までここにあったのじゃ!!」
「知らんがな!大体お前の部屋に一歩も入らないのに櫛なんか盗めるかい!!」
「貴様、わらわに相手にされないのを僻んで櫛を盗んだんじゃなかろうな?」
「誰がんな物好きな事するかい!!」
朝から姫がぎゃあぎゃあ騒ぐその訳は自分のお気に入りの櫛が紛失したからであった
「まぁまぁ、姫や。櫛ならまた爺が新しいものを買ってやるぞよ」
「嫌じゃ~~~!!あの櫛がいいのじゃ~~~!!」
幼稚な子供のように騒ぐ姫に爺も翼宿も呆れていた

その夜
翼宿は宮殿に入って一週間が経ったので、国に姫の護衛の報告をしに行かなければならなかった
「ほな、柳宿。ちょっくら留守にするで」
「早く行ってしまえ!その間にお前の部屋を物色してお前が犯人じゃという証拠を見つけ出してやるからな!」
「・・・まぁ好きにせえや」
この姫のわがままもそろそろ慣れてきたところだ
「一応門に見張りはつけとるが、危ないとこ出るんやないで」
「分かっとるわ!!」
そのまま翼宿は怒りが収まらない姫を後に襖を閉めた

「へいへい、寄ってらっしゃい。見てらっしゃ~い」
朱雀街の下町は繁華街で賑わっていた
そこには若い娘が好きそうな呉服や小物もたくさん売られていた
翼宿は国への報告も済み、帰路に向かう途中にある小物屋を通りかかった
そこには色とりどりの櫛が並べられていた
翼宿は三白眼でそれを睨んだ
「おう、兄ちゃん!!彼女への贈り物かい?」
「なっ・・・!!誰があんな奴!!彼女ちゃうわ!!」
「何ムキになってんだい」
「・・・なぁ」
「ん?」
「わがままで小煩くて阿呆でしょうもない娘に似合う櫛ってどんなんや」
「はぁ?」
「選び方がよう分からん!!」
「何だい、兄ちゃんも照れ屋だねぇvそうだねぇ・・・元気な娘さんには桃色の飾りがついたこんな櫛がいいかもねぇ」
「それ、くれ」
その時だった
何人かの武士が列を連ねて繁華街の人ごみを掻き分けて歩いてくるのが見えた
「何だい?また戦争かい?物騒な世の中になったもんだねぇ・・・」
(あの方向は・・・まさか宮殿・・・?)
「おおきに!!おっさん!!これ、貰とくわ!!」
「おっさんって・・・俺はまだ22・・・」
翼宿はおっさん(?)から櫛を貰うとそのまま全力疾走で宮殿へ向かった

「ない、ない、ないのじゃ~~~!!」
その頃、姫は翼宿の部屋を物色しまくっていた
「姫や、そろそろ諦めたらどうじゃ?」
爺は呆れた声をかけた
「まだなのじゃ!!絶対こやつが盗んだに決まっておるのじゃ!!なのに何で証拠がないのじゃ!?」
「盗んでないからじゃろ・・・」
その時
「姫様・・・姫様ぁぁぁ!!」
門番をしていた武士の悲鳴が聞こえた
「何じゃ?」
「早く・・・早く逃げてくださ・・・ぐはぁっ!!」
武士は後ろから豪族に切りつけられた
「ひゃあああああ!!」
「何者じゃ!!??」
倒れた武士を踏みつけた豪族がぺっと唾を吐いた
「こんなもんかよ、宮殿の武士っつーのはよぉ!!」
「せっかく護衛の腕試しとやらをしに来たのに歓迎はなしかい?」
「まぁ、早い話が姫を攫えればいい話で」
「てな訳で、姫様。どうぞ私たちと共に来てください」
後ろから豪族がぞろぞろと出てきた
「いっ・・・嫌なのじゃ!!」
「そうですか。では少し痛い目に合ってもらわなければならないようですね?」
武士が剣を取り出した
「やっ、やめるのじゃ!!」
「どけ!!じじい!!」
止めに入った爺が突き飛ばされた
「爺!!」
「さぁ、姫様。我等と一緒に・・・」

嫌じゃ・・・助けてくれ・・・
翼宿・・・

キィィィン
突然宙を何かが舞った
「柳宿!!」
翼宿は武士を蹴り倒して着地した
「・・・翼宿・・・」
「何だぁ?この若造は?」
「まさかこいつが例の護衛かぁ?」
「何だ、その頭は~?橙色なんてかっこわりいなぁ~」
周りで武士が笑い飛ばす
翼宿は持っていた両刀棒を地面に突き刺した
「・・・てめぇら・・・」
その恐ろしい三白眼に皆がたじろいた
「そういう事は俺を倒してから言いやがれ・・・!!」
怖い
姫もさすがにびびった
「生意気な事抜かしやがって!!やっちまえ、お前等ぁ!!」
一斉に武士が掴みかかった
しかし翼宿は次々と両刀棒で武士をなぎ倒していく
「凄い・・・」
これほどの強さとは・・・
あっという間に武士は翼宿の足元に崩れ落ちた
一人の武士の顔面に両刀棒を叩きつける
「ひぃ・・・」
「まだやるか・・・あぁ!!??」
「すっ、すみませんでした~・・・」
半泣きしながら武士達は退散していった

「翼宿!!」
「何ぼけっとしてんねん!!はよ、爺さんを運べ!!」
「どうしました!?」
騒ぎを聞きつけた使用人が帰宅した
「早く爺を運んでくれなのだ!!怪我をしているのだ!!話は後なのだ!!」
姫は使用人に言いつけ、爺を処置室まで運ばせた
「翼宿!!ありがとうなのだ!凄いのだ!!強かったのだ!!」
「ふん・・・これくらい・・・」
翼宿は身を崩した
「翼宿!?」
翼宿は鳩尾に致命傷を負っていた
「怪我しているのだ・・・一人であの人数は無茶なのだ・・・」
「じゃかあし・・・こんなん・・・何ともあらへん・・・!」
その時
ビリッ
姫がいきなり高額の着物を破った
「・・・何して・・・」
「いいから!これで止血するのだ!!」
姫が筋肉質の翼宿の鳩尾に着物の切れ端を巻きつけた
「立てるか?翼宿。部屋で休むのだ。出血が多いのだ・・・」
翼宿をかつぐと柳宿はよろよろと部屋まで運んだ
「ど阿呆・・・俺は大丈夫言うてんねやろ・・・!」
「わらわが嫌なのだ!!翼宿の事放っておけないのだ!!」
姫があふれ出る涙を唇を噛み締めて我慢しているのが翼宿は分かった
そのまま強引に寝床に寝かせられた
「大丈夫か・・・?翼宿。すまぬ・・・わらわのせいでこんな・・・」
「その為の護衛やろ。少しは学習せぇ、ど阿呆」
いつもは憎憎しい言葉も今の姫には全部強がりに聞こえる
その時
カシャン
翼宿の懐から何かが落ちた
「翼宿・・・?何を持って・・・」
取り上げたのは桃色の可愛らしい飾りのついた櫛だった
「そなた・・・なぜこれを・・・」
「せやかてないとぶーぶーじゃかあしいやん。お前・・・」
その瞬間、姫の涙が零れ落ちた
すると姫の懐からも何かが落ちた
「あ・・・」
それは姫の捜し求めていた櫛だった
「わらわ、こんなところに入れ忘れて・・・」
しかし、自分が犯人扱いされたのに、翼宿は櫛を買ってきてくれたのだ
「翼宿・・・」
静かに手を握る
「ありがとう・・・」
「・・・いちいち泣くなや」

愛の双葉が、静かに芽生え始めた
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