愛し姫君へ

そのノックの音で、全てが変わる・・・。
「はい?」
姫は、そっと襖を開ける
そこには、俯いた紅蘭の姿
「あれ?紅蘭。どうしたのだ?」
「あの・・・」
「さっきは、ありがとうなのだ!!そなたのお陰で・・・、助かったのだ!!」
紅蘭は、唇を噛み締めている
咄嗟に、地に手をついた
「ごめん!!」
「へ・・・?」
姫は、ポカンとする
「あたし・・・、あたしなんだ・・・。あんたにずっと嫌がらせしてたの・・・。あんたが、熱を出して解熱剤と言って、嘘の薬を飲ませたのも・・・、翼宿を好きな杏をわざと送り込んだのも・・・、あんたを部下に襲わせたのも・・・、みんな・・・、あたしなんだよ・・・」
翼宿は、全てを知っていた
知っていたから、黙っていた
紅蘭の語調は、震えていて
「悔しかった・・・。あんたが国の姫になって、周りからちやほやされているのが・・・。あたしは、事務をしながらも、密かに姫の座に憧れてたんだ・・・。だから、意地悪したくて、あんな悪質な真似を・・・。だけど・・・、あんたが、翼宿を想う気持ちを見ていたら、そんな自分が恥ずかしくなって・・・、あんたに協力したくなったんだ・・・」
姫は、黙っていた
黙っていたが、優しく微笑んだ
「紅蘭。顔をあげるのだ」
肩に手を置くと、紅蘭は瞳に涙をたくさん溜めて、姫を見上げる
「謝ってくれて・・・、嬉しいのだ。そんな紅蘭を、誰も責めはしないのだ・・・。わらわ、今までの事、なかった事にするのだ。紅蘭のお陰で、翼宿を助け出せたのだから・・・」
「柳宿姫・・・」
暫しの沈黙の後、姫は切り出した

「紅蘭・・・。わらわの代わりに、この国の姫となり・・・、この国を護ってはくれないか?」

その言葉に、紅蘭と、そして翼宿は、唖然とした
「姫の座が嫌になった訳ではないのじゃ。それは、誤解しないで欲しい。だけど・・・、わらわ、平凡な暮らしをしてみたいのじゃ。この数日間、翼宿と外の世界で過ごせて、凄く楽しかった。そんな世界で、もっと暮らしてみたい。そういう気持ちが強くなったのじゃ。これは、我侭だと思うのじゃ。だけど・・・、わらわ、翼宿と普通の男と女でいたいのじゃ」
「だけど・・・、あたしなんかで・・・?」
「何を言っておる。悪い事をしたら、謝る。そういう心を持っているお前なら・・・、この国を任せられる」
そう言って、また微笑んだ姫
翼宿は、黙ってその一部始終を見ていた


数週間後・・・
とある宿の井戸
そこで、水を汲む橙頭の少年
すると
「翼宿っ!!宮殿から・・・、手紙が来たのじゃあああvvv」
「どわっ!!何すんねん!!もう少しで、落ちるトコやったやないか!!」
「まぁまぁvそう慌てるな!!わらわが読むぞ!!」
姫・・・いや。柳宿は、そう言って嬉しそうに、手紙の封を切る

『柳宿。お前が、姫の座を降りると聞いて、最初は驚いたが、お前が翼宿と仲良くやっていると聞いて、安心した。
最後まで、無力な皇帝を許しておくれ。しかし、そなたが姫をしていた期間。これは、紛れもない歴史になる。
そして、普通の生活がしてみたいと言った究極の我侭も、永遠に語り継がれていくだろう。
そなたは、優しい娘だ。いつまでも、幸せに・・・。また、宮殿に顔を出すのだよ』

「皇帝様・・・」

最後まで、優しさで包んでくれて、ありがとう

『柳宿。翼宿。お元気ですか?私は、不慣れではありますが、国の治安を護れるように、一生懸命勉強しています。
一刻も早く、柳宿の後を継いで、優しい立派な姫になれるように努力します。
いつか、あたしだけにしか作れない国を作ってみせる。柳宿。見ていて?
まぁ、我侭っぷりは、あたしよりも、あんたの方が上だけどねv』

「紅蘭・・・。何と、呆れた事を・・・」
「人を見る目は、あるなぁv紅蘭!!」
「こら!!翼宿!?」
柳宿は、そのまま翼宿を追い掛け回した

今度は、普通の人間・・・柳宿として、愛しい人に愛を捧げる
だけど、忘れはしない
自分が姫となり、そして、翼宿が護ってくれたあの色褪せない日々の事を・・・。
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