愛し姫君へ

「何でわらわがこいつと襖一枚またいで眠らなければいけないのじゃ!?」
「まぁまぁ、姫や。護衛は目の届くところに置かなければな…」
「嫌じゃ~!こやつにプライベートまで覗かれるではないかぁ~!」
「だぁ~!いちいちじゃかあしなぁ!!別にお前のプライベートなんて興味あらへん!」
「大体敵に襲われる前にこやつに襲われるではないか!」
「誰がお前みたいなわがまま女相手にするかい!」
「何じゃと!?貴様、さっきからその口の利き方を何とかせぇ!」
朝から宮殿に響く怒鳴り声の主は、この宮殿の姫・柳宿と先日護衛として任命された翼宿だった
しかし、この二人の仲は大変悪く、果たして主従関係が上手くとれるのか宮殿の者が不安を抱いていた

「陛下」
「何だ?大臣」
「なぜあの男を護衛につかせたのですか?あんな狼のような男…皇族ならもっと穏やかで武道が優れた者が他にいたのでは?」
池のほとりで大臣に問い掛けられた皇帝はふっと笑みを零した
「やはり予想以上の反応だな。確かに彼は荒っぽい面はあるが、武道は彼の上に立つ者はいない。そして何より私は彼に誰もが持たない男気というものを感じてな。それにひかれたのだよ」
「はぁ…」
何となく納得の行かない大臣に皇帝はこう付け加えた
「しかも彼にはあの姫には格好の条件が備わっている。それは…」
「それは?」
「女嫌いだ」
「は?」
「どんなに真面目な護衛でもあの華のように美しい姫を見れば、さすがの護衛も手を出さずにはいられないだろう。だから女嫌いの翼宿が姫には適任だと思ったのだよ」
満足気に去る皇帝の後ろ姿を見て大臣がぼそり
「いくら姫が美しくてもあのわがままぶりに耐えられるかの方が問題だと思うが…」

「そこを動くなよ!!わらわに一間以上近づくな!!」
「一間ってどんだけ距離あんねん!まじ言う事聞かんと襲うぞ!!」
「ぎゃ~~~!来るな、この破廉恥めが~~~!!」
姫は翼宿に枕をぽいぽい投げ付けた
その向こうに翼宿の呆れた表情
「安心せぇ。俺にはそんな興味はあらへん。第一女は好かんしな」
その発言に姫は動きを止めた
「女が嫌いなのか?」
「ああ!大体何でみんな女についてぎゃーぎゃー騒ぐんや。あっこの女はえぇ女や、絶対ものにしたるとかな」
「味気ないではないか!人生恋をしないとつまらないぞ!」
「別に俺は恋がなくても生きていけるわ!」
「…まぁ、わらわには関係のない事じゃがな」
「何やねん、今の間は」
突然姫が立ち上がった
「何処行くんや?」
「ちょっと用を足しに行くだけじゃ!そこまでそなたに着いて来て貰わんでも良い!」
そう言って乱暴に襖を閉めた
そのいつもと明らかに違う行動に翼宿は気づかない筈もなかった

姫は廊下をとてとてと走る
向かう先は皇帝の間
桟窓から明かりが漏れている
姫は自分の背より高いその位置にある窓に背伸びする
やっと見えた部屋の中では星宿皇帝が酒を呑んでいる姿があった
その端正な姿に姫は暫し見とれていた

「・・・なるほどな」

びくっとなって振り返るとそこには翼宿がいた
「なっ・・・!」
「お前の好きやった奴は皇帝はんやった訳か」
「貴様・・・つけておったな!?」
「せやけどどうやろなぁ~?皇帝はんはお前なんかよりもずっと大人や。お前みたいな餓鬼相手にしてくれるかどうか・・・」
「貴様!!無礼を弁えろ!!」
姫は思わず大声をあげてしまった
「誰だ?」
皇帝がその声に気づき、入り口へやってくる
皇帝が扉を開けた時、廊下の向こうに翼宿の腕を引いて走る姫の姿が見えた
「柳宿・・・?」

バシン!!
姫は翼宿を自分の部屋に引きずり込むと扉を閉めた
「はぁはぁはぁはぁ・・・」
「何をそんなに息せき切ってんねん」
「お前のせいではないか!!お前のせいで皇帝様にばれてしまったかもしれないではないか!!あ~・・・明日から皇帝様に何て顔向けすればいいのじゃ~・・・」
「そんなん知らんがな」
「よくもそんな事が言えるな!!貴様は人間の根性が腐っとるのじゃ!!」
「あ?何やと?」

「貴様には一生分からないじゃろうな・・・この熱く切ない想いが・・・無理じゃと分かっててもなぁ、この想いは止められんのじゃ・・・」

「ふ~ん・・・」
「じゃから、これ以上邪魔をするでないぞ!!わらわは見てるだけでも良いのだ!!十分なのだ!!」
「へいへい」
「はっ!!」
「?」

「何勝手に人の部屋に入っとるのじゃあ~~~~!!!」

こうして夜は更けていった・・・

翌朝
トントン
「はい?」
「柳宿?私だ」
その声の主は皇帝だった
「皇帝様!?どうかなされましたか!?」
突然の訪問に昨夜の出来事が頭をよぎる
「いや、昨夜私の部屋を訪れなかったか?お前の姿を見たような気がしたので・・・」
「えっ!?見間違いではないですか!?姫は昨夜はぐっすり眠っていましたのだ!!」
「そうか?まぁ、少し呑んでいたからな」
「そうですよ!きっと幻です!!」
そんな会話のやりとりを翼宿は隣の部屋で複雑な思いで聞いていた

その夜
「・・・翼宿」
「あ?」
突然姫が翼宿に襖越しから声をかけた
「わらわは今から皇帝様に恋文を渡してくるのじゃ・・・」
「はぁ?お前、昨日は見てるだけでええって・・・」
「気が変わったのじゃ!!いてもたってもいられなくなったのじゃ!!」
「いてもたってもって・・・お前なぁ・・・」
「今日一日中わらわの想いを恋文に綴ったのじゃ・・・これで皇帝様が振り向いてくれるか分からんが一か八かじゃ!!」
「・・・・・・」
「じゃから、絶対邪魔するでないぞ!!」
「へいへい・・・」
姫が襖を開けて外へ出た音を聞いた後、翼宿は立ち上がった

廊下を走る姫の胸は高鳴っていた
(もしも・・・もしもこの想いを皇帝様が受け入れてくれたら・・・)
そんな期待と不安が交錯していた
姫が宮殿で抱いた初恋相手
その部屋がゆっくりと近づいてくる
いつも通り、明かりが差し込む桟窓に精一杯背を伸ばす
しかし、その姫の瞳に映ったものは・・・

「・・・あ」

そこには皇帝と后妃鳳綺が抱き合っている姿があった
その光景に持っていた恋文を落とした
瞳からは涙が溢れた
そのまま全力疾走で来た道を戻った

(結局・・・結局、皇帝様はわらわの事を何とも思ってなかったのじゃ・・・鳳綺様と・・・鳳綺様とあんな関係になっておったなんて・・・わらわは馬鹿じゃ・・・)

いきなり床に躓いた姫は尾行していた翼宿によって支えられた
「・・・翼宿ッ・・・」
「ったく・・・余所見すんなや」
姫は翼宿の腕の中の自分に気づき慌てて振り払った
「はっ、離すのじゃ!!」
その肩は小さく上下していた
「・・・ふられてしまったのじゃ・・・皇帝様、鳳綺様とお付き合いしていたのじゃ・・・そんな事も知らずに・・・わらわは・・・馬鹿じゃ・・・」
翼宿はそんな姫の後姿を黙って見つめていた
「良いザマではないか。なぜ笑わぬ?笑えば良いではないか!!」

「笑えへんやろ」

「え・・・?」
「お前の真剣な想い笑えへんやろ」
「・・・何を言っておる・・・昨日はあんなに馬鹿にしておったではないか・・・」
「・・・ホンマは応援してたに決まっとるやろ!!お前はびーびー泣いとるよりは笑ってた方がえぇんや!!」
彼の不器用な優しさに姫の涙が溢れた
「わっ!!泣くな、ど阿呆!!」
「どっちがど阿呆じゃ!!お前なんか・・・お前なんか大っ嫌いじゃあ・・・」
そのままへたり込んで姫は泣き出した
「あぁ、もう!!これだから女は好かんのや!!」
翼宿はしばらくどうすればいいか分からずにいたが、しゃがみこんで姫の頭をがしがしと摩った
「痛いのじゃ~・・・」
「泣くな泣くな!!男なんて五万といるんや!!またえぇ恋したらえぇやないか!!」
「少なくともお前なんぞは選ばんわい~・・・」
「何やと、このアマ!」
だけど、今の姫には翼宿が頭を撫でてくれるその大きな手が何よりも心地よかった
「それならば・・・護衛に命令じゃ」
「は?」
「わらわをおぶれ」
「はぁ?」
「もう疲れてしまったのじゃ!!へとへとなのじゃ!!もう歩けないのじゃ!!」
「お前なぁ・・・」
ここでもわがまま発揮かよと翼宿は頭を掻いたが暫くすると
「・・・ほれ!!」
姫に背中を向けた
姫は翼宿の大きな背中にぼふっと負ぶさった
そのまま後少し先にある部屋への距離を歩き出した

「翼宿の背中・・・あったかいのじゃ・・・」

背中の姫の呟きに翼宿は静かに目を閉じた
部屋までの距離はほんの少し長く感じた

翌朝
姫はそのまま翼宿の背中で眠ってしまったようだ
姫の上には布団がかけられている
そっと起き上がり、隣の部屋に声をかけた
「・・・翼宿?」
「あ?」
「わらわをここまで運んでくれたのか?」
「あぁ、ったく!!お前は人の背中で寝よってからに!!」
「ありがとう・・・」
「は?」
「今回ばっかりはそなたに助けられたのだ・・・」
「・・・何やねん。嫌に素直やないか」
「今回だけじゃ、今回だけ!!」
トントン
「柳宿?私だ」
「こっ、皇帝様!?」
突然の来客に姫は飛び上がった
「昨日、手紙をありがとう」
「!!??」
姫は慌てて襖を開けた
皇帝はにっこりと微笑みながら姫が昨夜書いた恋文をひらひらさせた
「あっ・・・」
「昨夜、部屋の前に落ちていた。お前の気持ち嬉しかったよ。ありがとう」
姫はその一言になぜか嬉しくなり
「はい!!」
と、元気よく答えた
翼宿は隣の部屋でうっすらと微笑を浮かべていた
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