愛し姫君へ

「翼宿!?翼宿!!」
姫は、宿の外を走り回った
いつまで経っても、翼宿が帰ってこないので、心配になったのだ
「何処まで行ったのじゃ・・・?翼宿・・・」
姫は、裏手の井戸へ回ってみた
「確か・・・、水を汲む時は、ここで汲む筈なのじゃが・・・」
その地面を見て、ぎょっとした
「・・・・・・・・・これ・・・・・・・・!!!」
その地面には、まだ真新しい鮮血が点々と残っていた
「もしかして・・・、翼宿・・・!!」
その鮮血は、城の方向へと続いていた
(攫われたのだ・・・?大変・・・なのじゃ・・・。今、攫われたら、翼宿は・・・)
どうしていいか分からなかった
今から、走って城に向かっても、いつ翼宿が殺されるか分からないのだ
その前に、自分にはまだ走れるほどの体力などある訳がなかった
その時
ヒヒィン
ひづめの音と共に、馬の鳴き声が聞こえた
そっと、振り返ると
「その傷じゃ、走れないでしょ?乗ったら?」「紅・・・蘭・・・?」
馬の上にまたがった少女に、姫は見覚えがあった
確か、自分が10の頃に、宮殿の事務として雇われた自分と5つしか違わない少女だった
今回の一連の事件。全て、紅蘭が絡んでいた。そんな事を姫はまだ知る事はなかったが・・・
「皇帝様が怪我をされたわ」
「え!?」
「あんた達に、今日の食料を届ける途中に、ぬかるみに馬の足が引っかかって、そのまま崖下に転落したの」
「そんな・・・」
「皇帝様の目を盗んで・・・、大臣が翼宿を誘拐したのね」
「・・・・・・・・」
「今日中には、処刑されるわ」
「え・・・!!??」
「その前に・・・、あんたが止めるんでしょ!?」
今の紅蘭に、姫を敵視するといったそういった感情はなかった
ただ、翼宿を健気に想う姫の気持ちや、翼宿の姫への忠誠心に、紅蘭は完全に負けを認めたのだった
だからこそ、この二人を失う訳にはいかない
「ありがとう・・・。紅蘭・・・」
姫は、溢れる涙を噛み締めて、紅蘭の後ろに掴まった

「陛下・・・」
鳳綺は、皇帝の枕もとで皇帝の手を握っている
バタバタッ
廊下がやけに騒がしい
そっと、耳をすませる
「大臣が、翼宿を確保したぞ!!」
「今から、公開処刑がされる!!」
「急いで、準備しろ!!」
その言葉に、鳳綺は凍りついた

パカパカッ
馬が、城の門の前に到着する
「やばいわ・・・。公開処刑にするつもりよ・・・」
「えっ!?」
姫は、胸の痛みも忘れて馬から飛び降りた
すると
「姫様!!」
「鳳綺様!?」
鳳綺が息を切らして、走ってきた
「ああ・・・。姫。無事だったのですね・・・」
「鳳綺様・・・。皇帝様の怪我の具合は・・・」
「幸い命に別状はないです。だけど、まだ眠っておられますね・・・」
「ごめんなさい・・・。鳳綺様・・・。わらわが迷惑をかけたせいで・・・」
「いいえ。・・・あの人は、自分の事よりも、貴方達の事を心配していました。あの人がしたかった事なのです」
鳳綺の瞳は、とても綺麗で純粋なままだった
「翼宿様が・・・、危険です。姫様。あのお方を助けてあげてください。どうか・・・」
「鳳綺様・・・」
姫は、こくんと頷いた

彼を助ける為に・・・護る為に。
18/20ページ
スキ