愛し姫君へ

その夜、皇帝は帰っていった
2人を宿に残して・・・
「皇帝様・・・。一人で大丈夫なのだ?」
「しゃあないな。今日中に宮殿に報告する予定らしいから・・・」
「翼宿・・・。本当にいいのか?皇族の方にも・・・、連絡せんで」
「ああ~ええてええて!!あいつらも、俺が外に出てる方が楽らしいしな」
そう言って、無邪気に笑う翼宿

『しかし・・・、そなたが翼宿をこうして護ってくれた事に、今、翼宿は動揺しているのだ。少し、時間をかけてみてはどうだ?』

昼間の皇帝の言葉

(こやつ、どう思ってるのじゃ?・・・さっぱり、分からん。)
自分が、想いをぶつけているだけで、相手は何も答えてくれてはいない
一体、彼は自分の事をどう思っているのか・・・?

「皇帝!!」
「皇帝が、お帰りになられたぞ!!」
丁度その頃、皇帝も城に到着したようだ
「皆の者。待たせてしまったな。今は、2人とも無事。姫の容態も安定している」
その報告に、殿の中から安堵の声が漏れる
「姫は・・・、今すぐには宮殿に戻って来れない状態だ。なので、少しあの宿で療養してもらう事にした」
「皇帝様・・・。それは、しかし・・・」
「翼宿は、安心して任せられる男だ。心配は無用だ」
その場の者が静まり返る
「それまで、私も色々と準備をしなくてはな」

それから、本当に皇帝は毎日、2人に食料を支給しに宿にやってきた
2人は、最初は申し訳なく感じたが、素直にその好意に甘えることにした
それと同時に、少しずつではあるが、姫のリハビリも開始された
完治には、3.4週間かかると言われていたが、姫は周りの者にいつまでも迷惑をかけたくないと・・・
健気に翼宿と、リハビリを頑張っていた
そのせいか、姫も2週間もすれば、一人で歩けるようになってきた
そんな中でも、翼宿は懸命に励ましてくれたが、一向に自分の気持ちに答える気配がない
姫は、いつもそれが気になっていたのだ

ある日の夜
姫は、星が見たいと言い出した
久々の我侭
体の事もあるし、いろいろと心配だった翼宿であったが、たまにはいいだろうと姫を外へ連れ出した
「綺麗なのじゃあ~~~~~~~~v」
「おい。あんまり、大声出すなて。傷に響くやろ」
「もう、姫は元気じゃ!!心配するでない!!」
そう言って、笑う姫
確かに元気になった
自分が城を出て行く前に起こったあの惨劇の夜など、もう今の姫はすっかり忘れてしまっているようだ
それも、自分の存在のお陰なのかと思うと、少し安心はするが
「翼宿・・・。これから、どうなるのだ・・・?」
「せやなぁ。どうなるんやか」
「わらわと・・・、帰ってくれるんじゃろ?」
「どうなんかなぁ」
人事のような態度

「翼宿・・・。わらわだって・・・、そなたにいつまでも甘えていられないのだ。それは、分かる・・・。だが、お前がいるのといないのとでは、雲泥の差だ。わらわが大きくなっていくのに、そなたがいないと困る」

今すぐに、后になれなくても

「お前は、そうやっていつも誤魔化すが・・・、わらわ、そなたとの事を考えると、夜も眠れんのじゃ。これから、どうなるのか・・・。翼宿は、またどこかへ行ってしまうのかと思うと・・・」

答えて。答えて、翼宿

「明日には、いなくなってるかもしれんと思うと・・・、恐いんじゃ」

貴方なしでは、生きられないから

グイッ

突然、腕を引かれた
その瞬間、姫は翼宿に抱きしめられていた
「翼宿・・・?」
「堪忍せぇや。阿呆」
「え・・・?」
「お前みたいな餓鬼・・・、今すぐに后に取れるか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

「もっともっと・・・、俺がいい女に・・・してからや」

その言葉に、姫は耳を疑った
(どういう意味・・・?)

「あかんわな・・・。もう、お前は俺がおらんと」

見上げた笑顔は、今までにないくらい優しくて
やっと、自分の気持ちに気づけたのだ

「ずっと・・・、傍におる」

それは、覚悟
男としての覚悟

「たすきぃ・・・・・・・・・・・・・」

二人は、固く抱き合った
もう二度と離れないように


翌朝
姫の横に翼宿はいなかった
恐らく、水汲みにでも出かけたのだろう
そう。もう、自分は翼宿の物になったから
そう思うと、単純ながらも今までと違う気持ちになれて、姫は思わず顔が緩んだ

ザッザッザッザッ
皇帝は、今日も朝早くから食料の調達に、翼宿と柳宿の宿へと向かっていた
昨日の大雨で、土砂がぬかるむこの危険な道を・・・
それでも、人想いの皇帝は、走り続けた
その時
ズルッ
「!?」
そのまま、皇帝は、崖下に転落した

井戸から、樽を引き上げる
その樽に映る自分の顔
(昨日・・・、ホンマによかったんか・・・?)
翼宿は、まだ自分に問い掛けている
本当に、国の姫に恋焦がれてしまってよかったのだろうか
それでも、鼓動は正直で

「俺・・・、いつから、こんなんになったんやろな」

微笑んだ瞬間、「それ」は、現れた
ガツン
鋭い痛みで、気を失う
「翼宿・・・。今日で、お前も終わりだ」
昨日、解雇された筈の大臣が、不敵に微笑んだ
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