愛し姫君へ

外は、雨
「よし。これで、えぇ」
翼宿は、姫の足を包帯で丁寧に巻いた
痛みは、かなり和らいでいる
「上手じゃな」
姫は、幸せそうに微笑む
「そりゃあ、山の男、やってたさかい。これでも、応急処置はベテラン級やねん」
そう言って威張る翼宿・・・それさえも、愛しい
「翼宿・・・。びっくりしたのだ・・・?」
「びっくりしたも何も・・・、もしも危険な目に遭ったらどないするつもりやったんや?ホンマ・・・、手のかかる姫様や」
「わらわの事・・・、嫌いなのだ?」
いきなり、声のトーンが落ちた姫に、翼宿はギクリとなる
「わらわ・・・、分かっておる。こんな子供じみた性格じゃあ、一生お前の足手まといになるだけだと・・・。それでも・・・、それでも、こんなに他人に必死になったのは、生まれて初めてなのじゃ・・・。翼宿」
潤んだ瞳で、翼宿を見上げる
「っだああああ!!もう、泣くな!!これやから、女は好かんっちゅうねん!!被害妄想で、びーびー泣きよるからに」
翼宿は、ポンポンと姫の頭を撫でる
「明日になったら・・・、城に戻るで」
その言葉に、顔をあげる
「お前は・・・、ここにおっちゃいかん人間や。俺と違って、お前には未来があんねん。元々、何で俺がお前んトコに派遣されたか、ちゃんと理解せぇ」
勿論だ。翼宿が、姫の元へ呼び出されたのは、姫が「護られるべき存在」だったから。
そんな自分が、今や、半ば姫を誘拐しているような状態なのだ
「しかし、そなたがいなければ・・・、わらわ、爺の死から立ち直れなかった。ずっとずっと泣いていたと思うのだ。こうして、国の事を・・・、ちゃんと考えられるようになったのは・・・、おぬしがいたから」
全て、恋心が故に
翼宿の袖を掴む
翼宿は、今やかける言葉が見つからない
そのまま・・・、

ゆっくりと唇が近づいた

「行け!!姫を連れ戻すのだ!!翼宿は、見つけ次第即刻処刑だ!!」
一斉に城の門が開かれ、馬に乗った兵士達が駆け出した
「皇帝様・・・」
「柳音様。申し訳ない・・・。我々が目を離した隙に・・・」
「いいえ・・・。ただ、姫があんなに他人に必死になったところは・・・、今まで見た事ありませぬ。どうか・・・、兵士達も罰をお手柔らかにしてくださる事を望むのですが・・・」
「そう・・・だな。私も・・・、そう思う」
柳音、皇帝、鳳綺は、心配そうに馬の駆けていった方向を見つめていた

後もう少しで、唇が触れそうになり、姫は咄嗟に翼宿から顔を背けた
「・・・っ・・・」
その肩は震えていた
「翼宿・・・。すまない・・・。わらわ・・・、自分の身の程を知らずに・・・、お前に勝手に触れようとした・・・。こんな汚い・・・手で・・・。すまない・・・」
その言葉で、翼宿は一週間前のあの惨劇を思い出した
紅蘭の部下によって姫が襲われたあの夜・・・。
翼宿は、暫く黙っていたが、その腕で姫を後ろから抱きしめた
「翼宿・・・?」
「泣くな・・・」
「・・・・・・・・」
「泣くんやない」
翼宿の優しい声だった

その時
「翼宿!!そこにいるのは分かっているのだ!!さっさと出て来い!!」
突然、そんな罵声が響いてきた
宿の外だった
城を出発する直前に念の為にと、この宿が翼宿が宿泊する宿であるという事を城の者に伝えていたのだ
翼宿も・・・、それは知っていた
「やっと、来たか」
「翼宿・・・」
「安心せぇ。柳宿。お前の嫌がるような事する奴らはここで叩きのめす。お前が・・・、鳥篭の鳥のように自由になれへんで、それで俺についてきたんやったら・・・、それは城の責任や。そんなお前の言葉に耳も貸さん奴ら・・・、この俺が・・・、ぶっ飛ばしたるさかい」
次の瞬間、翼宿は両刀棒を手に取り、宿の扉を蹴り開けた
その向こうには、たくさんの兵士の群れ
姫は、震え上がった
(こんな大群に立ち向かったら、翼宿は・・・)
そう思ったが早いか、その扉は乱暴に閉められた
「翼宿!?」
「お前はそこにおれ!!」
「嫌じゃっ・・・。闘っては駄目なのだ!!翼宿!!!」
もうこれ以上、血は見たくない
少年の熱い闘志は、その願いにもはや気づく事はなく・・・。
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