愛し姫君へ

翼宿の解雇まで、一週間
その間、姫も翼宿も一言も言葉を交わさなかった
ぴったりと扉を閉めて、それでも互いの空気を感じながら
互い、一歩も外へ出なかった

翼宿の解雇の前日
やはり、姫は眠る事が出来なかった
「翼宿・・・」
そっと、声をかける
「何や」
すぐに、返してくれた
「翼宿・・・。本当に今まで・・・、ありがとう。翼宿との出会いは、わらわの一生の宝物なのだ・・・。そなたには・・・、本当に感謝している」
「・・・何やねん。照れくさいやんか。今更・・・」
「本当じゃ・・・。わらわ・・・、翼宿を一生忘れない・・・」
涙で震えている自分の声
それは、翼宿にもはっきりと分かっていた
「本当に・・・、ありがとう」
その晩、一晩中姫は泣き続けた
そんな泣き声を、隣の部屋で、翼宿は黙って聞いている事しか出来なかった

次の日
翼宿は、宮殿の門に立った
「ホンマに・・・、迷惑おかけしました」
「翼宿・・・」
皇帝は、最後まで翼宿の解雇に反対したが、遂には叶わなかった
「皇帝はん。立派に国を作ったってください。あの姫と・・・」
「本当に・・・、すまない。翼宿」
その言葉に、翼宿は笑顔で首を振る
「これからは、もっと修行を積んで、強い軍人になるんだな」
大臣は、不敵にそう微笑んだ
そのまま、翼宿はお辞儀をした

「姫や」
柳音の声が、襖の外から聞こえる
「良いのかい?翼宿・・・、行ってしまうぞ?」
最後のお別れをと・・・、柳音も気を遣っているようだ
「良い」
「・・・・・」
「もう・・・、さっさと行って貰え・・・」
柳音は、それ以上何も言わずに廊下の向こうへと歩いていった
「翼宿・・・」
泣き声は、まだ枯れる事なく響く

「・・・・・・・・柳宿には、手ぇ出すんやないで」
門から数百メートルのところで、翼宿は立ち止まる
そこには、木陰から様子を覗く紅蘭と部下の姿
「知っとったで。あんたが、全部仕組んだんやろ?嘘の解熱剤も、杏を送り込んだんも・・・。ついでに、あいつを襲ったんも・・・、お前の部下や。俺は・・・、お前を絶対に許さん・・・。次にもしも、見つけたら・・・、ぶっ飛ばす」
凄い形相で睨みつける翼宿に、紅蘭と部下は圧倒された
「柳宿は・・・、絶対に負けん。お前等なんぞより・・・、ずっと強い」
そのまま、翼宿は坂を降りていった

「翼宿・・・」
泣きつかれて、また眠ってしまったのか、辺りは夕焼けに包まれていた
「翼宿!!」
そのまま、隣の襖を開ける
当たり前だが、中は空っぽだった
翼宿の荷物も・・・、全てない
(そうか・・・。行ってしまったのか・・・。翼宿・・・。)
また、寂しさがこみ上げる
そっと、襖を開けると、零れんばかりの夕焼けが姫を包んだ
その夕焼けに・・・、あいつの笑顔が重なる
(翼宿・・・翼宿・・・。)
姫は、涙を拭った

「やっぱり・・・、離れ離れは・・・・・・・・・・・、嫌なのじゃ」


「遂に、翼宿も行ってしまわれましたね。皇帝」
まだ落胆している皇帝に、大臣は茶を薦める
「要らぬ・・・。大臣。なぜ、そなたはそんなに翼宿を毛嫌いするのだ。そなただって、彼の強さ・・・、知っていただろう」
「私は・・・、姫様の事を心配して・・・」
その時、大臣はふと窓の外に目をやって、仰天した
「姫・・・!?」
そこには、裸足で門へ駆けていく姫の姿があった
愛する人を追って・・・。
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