Flying Stars

「じゃあ、明日ね!!治ったと思って、また無理すんじゃないわよ!!」
「言われなくても分かっとるわ。ホンマに送らなくて、大丈夫なん?」
「大丈夫よ!!まだ明るいし、一人で帰れるわ!!」
「ほなら、気ぃつけてな」
「うん!!」
翼宿に別れを告げた柳宿の声は、弾んでいて

『ホンマおおきに・・・助かった』
先ほど、彼に抱きしめられたぬくもりがまだ残っている
世紀の大スター翼宿に抱きしめられたなんて、ファンに知れたら、どうなる事だろう・・・
勿論、その抱擁に意味がない事は分かっている
仲間としてのほんの挨拶代わりだという事も
だけど、柳宿は直に触れた翼宿のぬくもりが嬉しかった
また・・・いつか・・・なんて、思ってみたり

その日の夜
『ちょっと見てよこの画像!!』
転送マークがたくさん付いたメールにはこう書かれていて
添付してあった画像は、柳宿が翼宿仮奥さん計画を終了させてマンションを出発する画像だった
『柳宿むかつくよね~ちょっと可愛いからっていい気になりやがって!!』
『いっその事この学園から追い出しちまおうぜ!!』

「おはよう!!」
柳宿は朝から元気な性格で別のクラスの子にも明るく挨拶する
別のクラスの子は親切に挨拶を返してくれた
しかし同じクラスの子には
「おはよう!!」
挨拶しても返事はなかった
何やらひそひそ話をしている
柳宿は首を傾げたが、気を取り直すと駆け足で学校へ向かった

ガラガラ
教室の扉を開けると、今までざわめき立っていたクラスがしんと静まり返った
「おは・・・よう・・・」
何だか様子がおかしい
やっぱり女子はひそひそ話
「おう!!柳宿!!おはよう!!」
その場を和ます様に男子が柳宿に声をかける
「おはよ」
いつも通り笑顔で返したが次の瞬間笑顔は凍りついた
自分の机に
『消えろ』
『空翔宿星から脱退しろ!!』
『下手糞ピアノ』
『翼宿奪るな!!』
殴り書きがしてあった
周りのひそひそ声が一層大きくなった
顔を上げると、目の前にはクラスで人一倍派手できつい顔の玉麗
(あんたがやったの?)
相手はうっすら笑みを浮かべていた

休み時間は懸命に消しゴムで机を擦る時間となった
「柳宿。大丈夫かよ」
「俺達も手伝おうか?」
男子が心配して声をかけてくれるが
「有難う。でも一人で大丈夫」
関係のない人まで巻き込みたくなかった

昼休み
「なぁこれからどうする?翼宿にばれない様にいかにここから柳宿を追い出してやるか・・・」
「だよねぇあいつ結構しぶとそうだしさぁナイフで脅しでもしなきゃ出ていかなそうじゃない?」
何十人もの女子がトイレに群がっている
その前を柳宿が通りかかった
皆の動きがぴたりと止まった
「よぉ。どうだった?朝の歓迎パーティーは」
柳宿の動きもぴたりと止まった
「凄く嬉しかった。どうも有難う」
「てめぇふざけんなよ。翼宿と2人でデートしやがって!!」
「!?ちょっとそれどういう意味?」
「とぼけんじゃねぇよ!!この画像撮ったんだよ!!」
携帯を開いて証拠の画像を表示した
柳宿は息を飲んだ
見られてた
「ファンの目すり抜けてよくもこんな事してくれたな!!その顔利用して翼宿たぶらかすんじゃねぇよ!!!」
「ちょっと待ってよ誤解よ!!別にあたしは翼宿とは・・・」
「絶対この学園から翼宿の側から追い出してやるからな!!」
そう言うと玉麗はモップを柳宿の顔に思い切りぶつけた
バシャッと水が顔にかかった
そこで予鈴が鳴りその場にいた女子はそそくさと教室へ逃げ帰った
「・・・・」
鏡の前にびしょぬれで立つ
「・・・負けて・・・たまるもんですか・・・」
蛇口の水で顔を洗った

それから悪質ないじめは柳宿に次々と襲いかかった
靴に画鋲、悪戯メール、無言電話が連続で続き、酷い時には弁当に砂という事もあった
こんなの幼稚ないじめだと特に柳宿は意識していなかったから、あまり訴訟はなかった
だから放課後の練習だっていつも通り笑顔で参加した
そのせいか鬼宿も翼宿も誰も柳宿の異変に気づく事はなかった・・・

いじめが始まって2週間が過ぎたある日
さすがに隠しとおす事は出来ず柳宿いじめ騒動は1年生の耳に入ってきた
昼休み
「柳宿先輩」
廊下から声をかけられた
見ると美朱だった
「美朱?」
「ちょっと・・・いいですか?」
美朱と柳宿は中庭に出た
「・・・どうしたの?美朱から来るなんて珍しいわね」
「あの・・・噂を小耳に挟んだので・・・柳宿先輩いじめられてるって本当ですか?」
「・・・あぁ・・・まぁちょっとした幼稚なね」
「そんな・・・どうして・・・」
「何だかねぇあたしが翼宿の家で住み込みでお世話した日に写真撮られちゃったみたいで、それが携帯でどうも循環したらしくてそれでみんな怒っちゃって・・・」
「そんな事で・・・」
「まぁ翼宿はこの学校のスターだからねぇ」
「それで柳宿先輩は鬼宿先輩や翼宿先輩にこの事は・・・?」
「言ってないわよ」
「えっ・・・どうしてですか!?」
「だって心配かけたくないもの・・・一番心配かけたくない人達だから・・・」
「それじゃ柳宿先輩はこれからもずっと一人で悩んでいかなきゃいけないじゃないですか・・・」
「そうね・・・でもあたしは平気よ。こんなんでへこたれる性分じゃないし」
「でも・・・」
「だから美朱!この事二人には秘密よ?かえって事を荒立てたくないし美朱も巻き込みたくないし・・・」
何て心の優しい人なのだろう
こんな天使の様な人をいじめる人は悪魔だと美朱は思った
「さっ!もうすぐ五時間目始まるから行きなさい!あたしも帰らなきゃ!!また馬鹿な子達がいじめ騒動起こしてるかもしれないしね!!」
人事の様に笑顔で立ち上がった柳宿をまだ心配そうに見る美朱
「あんたも・・・これからあたしに関わらない方がいいわ・・・」
「そんな・・・」
「美朱は自分の事だけ考えなさい」
柳宿は美朱の肩に手を置くとそのまま手を振って帰っていった
しかし美朱はそんな柳宿を放っておけなかった

次の日
美朱は今度は3年生の階を訪ねた
2年生より100倍勇気を持って歩かなければならない階だった
皆がじろじろと美朱を見下ろす
ちょっと怖くて縮こまって歩いていた
すると
ドンと誰かにぶつかった
「あっ・・・ごめんなさい!!」
美朱が相手の顔も見ずに謝ると
「あれ?美朱ちゃん?」
大好きな声が返って来た
驚いて顔を上げると
「鬼宿先輩!!」
「どうしたの?こんな階に一人で・・・」
「あのっ・・・お話があるんです・・・」
鬼宿は首を傾げた

とりあえず場所を変えた
機関室
「何?俺に話って・・・」
「あの・・・柳宿先輩の事なんですけど・・・」
「柳宿?」
やっぱり彼は知らない様だった
「あの・・・実は柳宿先輩今2年生の先輩からいじめを受けてるんです・・・」
「!?本当に!?」
「はい・・・柳宿先輩無理に明るく振舞ってて秘密にしていてくれって言われてたんですけど、私・・・放っておけなくて・・・どうやら先日の翼宿先輩の家でお手伝いしていた所を誰かに撮られてそれを写メで回したみたいなんです・・・」
「あぁ・・・そうなんだ・・・全然知らなかった・・・あいついつも通り練習に来てたから・・・」
「このままじゃ柳宿先輩が怪我するのも時間の問題だと思うんです・・・そう思うと私・・・いてもたってもいられなくて・・・」
美朱は俯いた
「・・・有難う。美朱ちゃん」
「え・・・?」
「君は本当に優しい子だね」
思いがけない言葉に一気に耳まで赤くなった
「今度さ、この件が解決したら2人で何処か遊びに行こうか!!」
「えっ・・・いいんですか!?」
「うん」
美朱はこの世の全ての悲しみが吹っ飛ぶくらい嬉しかった
「じゃあ本当に有難う。美朱ちゃん。翼宿にも俺から話しておくよ!!」
夢みたい
柳宿が大変な目に遭ってるの分かってたけど、今だけこの幸せの瞬間を深く美朱は噛み締めていた

五時間目
♪♪♪
翼宿は、今日も授業をサボって、屋上でベースを弾いていた
留年寸前なのに、よくもまぁ、呑気でいられるものだ
指もやっと治って、ベースに精を入れられる事が彼には何よりも嬉しかったのだ
その時
向かいの校舎の窓が開いた
翼宿はちらりとそちらを見る
すると、何やら女子生徒が教科書を窓から投げている
確か、あそこは柳宿の教室だった
彼女らは、教科書を投げ終えると、笑いながら窓を閉めた
何か嫌な予感がした翼宿は、教科書が捨てられた場所へ行ってみた
その教科書は、悪質な落書きが書かれた上、ボロボロで
その教科書の持ち主は、「空翔宿星」のキーボードだった

その夜
練習後に鬼宿は翼宿に飲みに行かないかと誘った
柳宿が酒嫌いな事は知っていたので一旦柳宿を家まで送ってから2人でバーに入った
「何やねん?俺誘うなんぞ珍しい・・・いつもは夕城プロとやのに」
乾杯して翼宿が煙草に火を点けてから鬼宿に問い掛けた
「実は・・・今日の昼間美朱ちゃんが俺の所に来てな・・・柳宿がいじめられてるって事を聞いたんだ・・・」
「柳宿が・・・?」
「あぁ。しかも原因は先日の柳宿住み込み家政婦事件を隠し撮りされたからだったらしい」
「・・・・」
「それでお前のファンが怒っちゃって集団いじめってトコかな」
「知ってたんか?お前」
「いや。俺も今日初めて知った・・・多分2年生が俺らにばれない様に仕組んでたんだろ。
でもどうやら一年生には隠せなかった様だな」
「さよか・・・」
「何だ?あんまり驚いてないな」
「俺も見つけたわ」
翼宿は結局持ち帰った教科書の残骸を鬼宿に手渡した
「・・・ひでぇ」
「それ柳宿のやったんや・・・何やおかしいて俺も思てな」
「かなりひどいいじめらしいな・・・」
「・・・一瞬でも顔に出さずに・・・まったく・・・あいつは」
「強いな・・・柳宿は」
しかし、そんな柳宿でもいつか限界がある
「これからどうする?」
「とりあえず俺明日売店で新しい教科書買って柳宿に練習の時間に渡す時に聞いてみるわ」
「・・・その方がいいよな」
証拠物品があった方が柳宿は口が割れやすいと思ったのであろう

翌日
「柳宿」
「何?」
練習後に翼宿が柳宿を呼び出した
「忘れもん」
鞄から数十冊の新しい教科書を柳宿に手渡した
「あ・・・」
「お前、学校で何されてる?」
「別に何も・・・ほら、あたし、女メンバーだから色々とねぇ・・・顰蹙買うのよ。それだけ・・・すぐ、収まるわ、こんなの」
「俺のせいやな」
「違う!!違うってば!!指、治ってよかったじゃないの!!」
無理に明るく振る舞う柳宿の手を翼宿が掴んだ
「嘘つくな」
その言葉に胸がズキリと痛む
本当は助けて欲しい
だけど
「ごめん翼宿・・・あたし今日親が迎えに来るんだ。だから帰っていいよ」
その言葉に、翼宿はゆっくりと柳宿を解放した
柳宿はそのまま去っていった
翼宿は煙草に火を点けた
「柳宿・・・」
廊下の角を曲がって、柳宿は座り込んだ
心臓がバクバク言っている
愛する者と引き換えにしたこの痛み
あんたには、迷惑かけられないよ

それから数日後の事
翼宿は、校庭で煙草を吸っていた
なるべく、柳宿を見つけやすいところにいたかったから
ふと校庭を見やると女子がランニングをしていた
体育か
そう思いながら見ていると、紫色の綺麗な髪の毛が見えた
あれは、2年生の柳宿のクラスの体育だった
(柳宿・・・)
彼女の走りだけをずっと目で追っていた
すると、ある女生徒が柳宿の足を引っ掛け、柳宿はその場に転んだ


「あらあら・・・ごめんなさいね・・・柳宿さん・・・痛かった?」
「別に・・・大丈夫よ」
その日は体育教師は出張の為いなかった
何人かの女子が柳宿の周りに集まる
起き上がろうとした柳宿の顔を玉麗が足で踏みつけた
「うっ・・・」
そのまま固い地面に顔がぶつかった
「あんたなんかねぇ・・・もう二度と翼宿に向けられない様な顔にしてやるよ!!」
足で踏み躙られて顔に傷が付くのが分かる
「テレビにも出られない程さ・・・顔血だらけにしてやるからさぁ!!」
そこで玉麗の肩を翼宿が掴んだ
「その辺にしとけや」
「翼宿先輩・・・!!」
「やばっ・・・」
「柳宿に何か文句あるんなら俺、通してくれへんか?」
その場の女子は静まり返った
勿論柳宿も
翼宿はため息をついた
「・・・もうバレとるで。大体、分かるんや。俺には」
「翼宿・・・先輩・・・」
「こんな事して、俺が喜ぶ思うん?」
「・・・だって・・・柳宿・・・翼宿先輩の家に・・・」
「ドアホ、勘違いすんな。俺の指治るまで、こいつが家出入りしてただけや」
翼宿は、柳宿の腕を掴んだ
「翼宿・・・」
「掴まれ」
自分の背中に掴まるように、柳宿を起こす
その肩がもう震えていた事に翼宿は気づいていた


「えぇか?俺は、仲間を傷つける奴だけは、絶対に許さへん」


翼宿の背を見つめる女生徒にそう言い放つと、翼宿は柳宿と共にその場を去った

♪♪♪
そのまま、柳宿は翼宿がいつも来ている屋上に連れてこられた
柳宿は、翼宿に貰った濡れタオルで顔を冷やしている
その横で、翼宿はベースを弾いていた
柳宿は目を真っ赤にして、翼宿に怒鳴りつけた
「馬鹿っ・・・もうっ・・・!!何で助けたりなんか・・・すんのよっ!!」
「・・・・・・」
「あんなの、あたし一人で大丈夫だったんだから・・・っ・・・」
「嘘つけ。さっきからびーびー泣いとって」
「別に・・・あたしだって、泣きたい時くらいあるわよっ・・・!!」
「俺らに秘密にしとった罰や」
翼宿は、煙草に火を点けた
「かっこわる」
「何が?」
「一番恥ずかしいトコじゃない・・・面目丸つぶれ」
結局、翼宿に護って貰っている自分が恥ずかしい
「一人で耐えんな」
その言葉に柳宿は翼宿の方を見た
「お前が入って来た時から、お前は絶対護るて、たまと誓ったんや」
柳宿の鼓動がドクンと鳴った
その反動で涙が溢れる
「あたしっ・・・やっぱ・・・自信ないよっ・・・いじめが怖いんじゃない・・・あんた達に迷惑かけて、足引っ張るのが怖いだけ。あたしだけ、女なんだよ!?顰蹙買うの当たり前じゃん!!それで・・・それで、このバンドのイメージダウンになったら・・・」
その時、翼宿の手が柳宿の手に重なった
途端に言葉は遮られた
「言うたやろ。お前は何も心配すんな。俺がお前を認めたんや。お前は、このバンドに入ってからも精一杯頑張ってきた。お前は、強い。誰よりも強いんや。そんなお前が入って、イメージダウンやと?そんなの関係あらへん。俺とたまがお前とやってて、楽しければそれでえぇんや」
もうやだ
何なの?
そんな言葉
欲しかった言葉
簡単に言わないで
「翼宿・・・っ・・・うぅ~~~っ・・・」
そのまま、翼宿の肩に顔を埋めた
本当は、ずっと彼に寄りかかりたかった
誰よりも大きくて優しい彼に
彼は、頭を撫でてくれた

まだまだ不安だけど、あんた達が一緒に空を翔けてくれるよね?
9/26ページ
スキ