Flying Stars
『今回もホンマ盛り上がってくれておおきに!!これからもよろしゅうな!!』
午後9時
一軒の小さなライブハウスには溢れかえるほどの客でいっぱいだった
皆が皆口笛を吹いて拍手をして盛り上がっていた
彼等が見ているのはステージに立ってたった今演奏を終わらせた、ドラム兼リーダーの鬼宿、ボーカル兼ベースの翼宿、キーボードの柳宿で構成された、「空翔宿星」という今話題沸騰中のライブハウスで活動しているバンドだった
半年前に、学園祭で披露した演奏がきっかけで彼等の人気はあっという間に街中を旋回し、ライブハウスの管理人からの依頼で、この一年間ずっとライブハウスで活動をしていた
まだ止まない歓声を背に3人がステージの袖に入ると
「お疲れ!!」
「やったねぇv今夜も大成功!!」
互いに手を交し合って成功を祝う
「凄いなぁ。お前等。この一ヶ月でも実に10万人の客を集めてるぞ!!一日五百人入るこのライブハウスからはみ出て鑑賞する客もいるから凄いもんだぞ!!」
管理人も嬉しそうに手を叩く
「いえ。管理人のお陰っすよ。こんなちんけな俺達にこんな素晴らしいライブハウスを貸切にしてくれたんすから!!」
鬼宿は手を振って笑う
「・・・でも今日は何だか妙な客が来てたぞ?みんな盛り上がってる中で、一際目立ったスーツ着た男達が2、3人盛り上がらずにずっとお前等のステージに目を注いでた・・・」
「ホンマっすか?それ・・・」
「気色悪いっすねぇ~」
「ちょっとあんた達!!そんな事せっかく来てくれたお客さんに対して言う言葉じゃないでしょ!?」
メンバーの中でも人一倍責任感がある柳宿がさりげに念押しした
「で?今その人達は・・・」
「失礼します」
突如舞台裏に入ってきたスーツ男に3人はちょっと身を竦めた
「どうも。挨拶が遅れました。私こういう者です・・・」
その中でリーダー格とでも言う様な若手の男性が鬼宿の前に歩み寄った
差し出された名刺を受け取った鬼宿は一瞬目を疑った
「えぇっ!?『yukimusic』って有名な歌手を次々に生み出してきたっていうあの!?」
「えぇっ!?」
翼宿と柳宿も素早く名刺にかじりついた
確かにそこには「yukimusic」社員夕城奎介という文字が記されていた
「・・・そんな方達があたし達に何の様ですか?」
「実は今夜の公演鑑賞させていただいたのですが実に素晴らしい・・・演奏技術も他のバンドより優れているが何よりボーカルの翼宿さん・・・あなたの高音は最高だ。これが男性の声かと思った程整った音程・・・」
翼宿はうっとたじろいた
自分がそんなに褒められた事がないから・・・
「・・・ぜひとも私どもの会社に入ってデビューしてみませんか?あなた方なら大ブレイク間違い無しです!!」
「はぁ・・・」
鬼宿は面食らったような顔をしていた
「ご検討くださる様宜しくお願いします・・・」
そう言うと奎介社員は部下を引き連れて、舞台裏からまだ歓声が沸き起こる会場へと消えていった
「・・・どうする?」
楽屋に戻った3人は互いに向かい合っていた
「・・・俺は悪くないと思う・・・もっともっと俺達の音楽をみんなに届けてあげたいとずっと思っていた・・・確かにあの奎介さんが言う程最初から大ブレイクするとは相当思えない・・・一種の売り文句だからな。その分俺達の負担もずっと大きくなるだろう・・・でもこれを逃したらもう二度とチャンスは来ないと思うんだ・・・」
鬼宿は自分なりの意見をすらすら述べて一息ついた
「・・・お前はどう思う?」
まず「空翔宿星」の「顔」に聞いた
彼は顔は勿論の事何処にでもいそうな男性の癖に魅力をたくさん持っている、いわば男の中の男だと言っても過言ではないだろう
おまけに男性とは思えないほどの高音のボーカルで数々の観客を魅了してきた
そんな彼だからこそ今の段階でもファンクラブが出来ているというのだから、メジャーデビューすれば相当の人気になる事はほぼ間違いないであろう
しかし彼は腕を組んで首を振った
「・・・俺は反対や。確かに俺も最初は夢の様に思た・・・せやけどそれは一人よがりや・・・お前は俺達の音楽に今一体幾らかけているか分かっとるか?」
「・・・翼宿。それは・・・」
「0円」
柳宿は、2人の顔を真ん中で交互に見返していた
そうなのだ
彼等の音楽はあのライブハウスで全て無料で公演しているのだ
管理人も商売目当てで自分達にライブハウスを貸すつもりではなかったので、快く了解してくれた
それでもレンタル料として毎月10万円はメンバーの三人から感謝の気持ちを込めて仕送りされていた
「・・・それがメジャーデビューしたら幾らに膨れ上がると思う?制作費もかかるし客に買ってもらう金も必要になる・・・俺はそんなんは嫌や。俺は自分達が納得する音楽が完成するまで、客に金を請求する事は絶対にしてはあかん事やと思う・・・せっかく進歩しかけてきた俺達の音楽を会社に金儲けに使われるんやで?それでもえぇんか?」
凄い
さすがだ
彼はそんなに頭はよくないが、音楽にかける情熱は人一倍
今まで楽天家だった翼宿の口からそんな言葉が発せられるなんてと2人はびっくりした
「・・・そうか」
鬼宿だって金儲けの為に音楽を使われるのには納得いかなかった
特に今不景気でCDの値段も微妙だが値上げされてきている
それほど自分達の音楽に金をかけられる程の価値があるとは3人は相当思えなかった
鬼宿は横でずっと黙っていた柳宿に問い掛けた
「・・・お前はどうだ?柳宿・・・」
続いて「空翔宿星」の唯一の女性メンバー
彼女は15歳に父親が事故死してピアノを辞めたが、翼宿に声をかけられた時に再び鍵盤に指を置いた
彼女は主に脇で伴奏している事しかないのだけれどその存在感はとても大きく、此方も男性ファンがたくさんいる
特に綺麗な髪は女性からも憧れを抱かれている
翼宿も鬼宿も2人協力して彼女をずっと護ってきた
素直じゃないけど可愛らしい存在だったから
「・・・あたしは・・・あたしは翼宿の気持ちもたまの気持ちも分かるよ・・・?でも・・・だから迷ってる・・・確かにもっとライブハウスの枠を超えてみんなに音楽を届けたいとは思うよ・・・でもその為に多額の金額が適用されるのは・・・どうかなとも思うし・・・」
「それが難しい選択だよな・・・」
いきなり翼宿が鞄を持って立ち上がった
「とにかく俺は反対やから。テレビに出るだけが音楽の世界やないんやからな」
ふいと冷たく2人から目をそらして扉を開けた
「翼宿・・・」
柳宿が呟いた
その呼びかけに反応せずに翼宿は扉を閉めた
「・・・翼宿。怒っちゃったかなぁ・・・」
「まぁあいつはタフな奴だからすぐけろっとするだろうけどな」
俯く柳宿を鬼宿が宥めた
「でも翼宿が反対する気持ち凄く分かる気がするよ・・・だって一番お客さんと向き合えるのは翼宿なんだから・・・」
「・・・柳宿」
「ごめんね。あたしも考えておく。翼宿とももう少し話してくるよ」
柳宿も鬼宿に手を振ると楽屋を後にした
ライブハウスの階段を降りていくとロビーに人影が見えた
口にはいつも「あいつ」の香りがする煙草を加えておりその先端から煙が立ち昇っている
「翼宿」
呼びかけると「あいつ」は振り向いた
「はよせぇよ。待たせんな」
「ごめんごめん」
実は翼宿は柳宿の送迎係になっていたのだ
丁度家までの帰り道に柳宿のマンションの前を通るから
帰りはいつも遅くなるので夜道をこんな美女が一人で歩くのは危ないと判断し、鬼宿が翼宿に下した命令だった
バイクにキーを差し込むとエンジン音が鳴る
二人は人に見られないように顔に傷をつけないようにと,、ヘルメットをしっかり被った
柳宿は自分より二回り大きい翼宿の背中にしがみつくのが好きだった
何だか翼宿に唯一甘えられている様な気がしていたから
いつも煙草ばっかり吸ってて鬼宿よりは自分に対して無口だったから
「・・・ねぇ翼宿。さっきの話・・・」
「何や?」
「本当の本当に反対?」
「・・・・」
「あんただって本当はデビューしたいんでしょ?人一倍お客さんに気を遣ってるんだから」
「お前はどうなんや?」
「え?」
「反対なんか?賛成なんか?」
「あたしだって迷ってるよ」
「ほなら俺もそうしとくわ」
「何よそれ」
適当な言い回しがこいつの得意技だった
そんなこんなしている内に、あっという間に自宅に着いてしまった
彼とはいつも通り別れた
翌朝
その日は土曜日でバンドの練習も午後からだったので、翼宿は地元の公園で一人煙草を吹かしていた
昨日の柳宿の質問の答えを考えながら
その時
「バンドごっこしよ~v」
4、5人の小さな子供達が噴水の横の高台に登った
一人の少年がおもちゃのマイクで2人の少年がおもちゃのギターを弾いて、残りの2人は観客役になっていた
それをぼけっと見てたら何やら最近のヒット曲を次々に歌いだした
一通り演奏が終わると観客役の子供が拍手をした
「豊君お歌上手だね~v」
「うん!まぁね!僕憧れの歌手がいるから」
「誰誰~???」
「あのね~今街のライブハウスで活動している「空翔宿星」ってバンドのボーカルの兄ちゃん!!」
その言葉に翼宿は反応した
「すっごい格好いいんだよ~vvv何か男の声じゃないみたいに綺麗な声で・・・僕もあの兄ちゃんみたいな歌手になって兄ちゃんを抜かしてやるんだ!!」
「へぇ~そのお兄ちゃん私も見てみた~いv」
「僕も~v」
「じゃ今度みんなでお母さんに連れてってもらおうよ!!」
「やったぁ~v」
子供達が公園からはしゃぎながら出て行った
その光景を翼宿は暫く呆然と見ていた
自分を目指してくれている
あんな小さな子供がいたのか・・・
自分達はあんな子供達にも
何かを伝えてあげているのだろうか
翼宿は灰皿に煙草を入れると自宅へと急いだ
「あれ?早いね!翼宿」
いつも時間に一番乗りだった柳宿が楽屋に入って驚いた
「おぉ」
それだけ応えてベースの手入れを続けた
「何かあったの?熱でもあるんじゃない?」
「んなアホな」
自分が病気みたいな言い方をされて翼宿はむっとした
「ところでたま後何分くらいで来るんや?」
「ん~?もう来るんじゃない?いつも遅れて来るのあんただから」
「うぃ~っす」
そこに鬼宿が現れた
「何だ?翼宿早いな!俺が一番最後かよ」
「ねぇ~!!熱でもあるよね!!」
柳宿が同調を求めた
しかし今度の柳宿のからかいには微動だにせずに翼宿が鬼宿に手招きした
首を傾げながら鬼宿が翼宿の向かいに座り柳宿がいつも通りその間に座った
「・・・あのな。メジャーデビューの話なんやけど・・・」
「・・・?うん」
「・・・俺・・・してみても・・・えぇと思う・・・」
「「!!??えぇっ!?」」
2人同時にびっくりした
「だって昨日はあんなに反対・・・」
「気が変わったんじゃボケ!!」
「・・・本当にいいのか?翼宿・・・」
「あぁ。男に二言はないで!!」
あっさり返してそこで話し合いは終了
鬼宿も柳宿も暫く呆気にとられていた
「嘘みたい。あの翼宿が」
「ところで柳宿。お前は?どうなんや」
翼宿が柳宿に向かい合った
「べっ・・・別にあたしは翼宿がよければ・・・いいけど」
「何やそれ。俺が決めんとお前も決められんのかいな?」
「違うよ!!あんたが反対だったら絶対実現しなかったもん!!」
まぁ自分は翼宿に着いていくつもりだったけど、それは伏せておいた
0~100への挑戦
三人の同意が合致し、2003年11月・・・「空翔宿星」は誕生した
午後9時
一軒の小さなライブハウスには溢れかえるほどの客でいっぱいだった
皆が皆口笛を吹いて拍手をして盛り上がっていた
彼等が見ているのはステージに立ってたった今演奏を終わらせた、ドラム兼リーダーの鬼宿、ボーカル兼ベースの翼宿、キーボードの柳宿で構成された、「空翔宿星」という今話題沸騰中のライブハウスで活動しているバンドだった
半年前に、学園祭で披露した演奏がきっかけで彼等の人気はあっという間に街中を旋回し、ライブハウスの管理人からの依頼で、この一年間ずっとライブハウスで活動をしていた
まだ止まない歓声を背に3人がステージの袖に入ると
「お疲れ!!」
「やったねぇv今夜も大成功!!」
互いに手を交し合って成功を祝う
「凄いなぁ。お前等。この一ヶ月でも実に10万人の客を集めてるぞ!!一日五百人入るこのライブハウスからはみ出て鑑賞する客もいるから凄いもんだぞ!!」
管理人も嬉しそうに手を叩く
「いえ。管理人のお陰っすよ。こんなちんけな俺達にこんな素晴らしいライブハウスを貸切にしてくれたんすから!!」
鬼宿は手を振って笑う
「・・・でも今日は何だか妙な客が来てたぞ?みんな盛り上がってる中で、一際目立ったスーツ着た男達が2、3人盛り上がらずにずっとお前等のステージに目を注いでた・・・」
「ホンマっすか?それ・・・」
「気色悪いっすねぇ~」
「ちょっとあんた達!!そんな事せっかく来てくれたお客さんに対して言う言葉じゃないでしょ!?」
メンバーの中でも人一倍責任感がある柳宿がさりげに念押しした
「で?今その人達は・・・」
「失礼します」
突如舞台裏に入ってきたスーツ男に3人はちょっと身を竦めた
「どうも。挨拶が遅れました。私こういう者です・・・」
その中でリーダー格とでも言う様な若手の男性が鬼宿の前に歩み寄った
差し出された名刺を受け取った鬼宿は一瞬目を疑った
「えぇっ!?『yukimusic』って有名な歌手を次々に生み出してきたっていうあの!?」
「えぇっ!?」
翼宿と柳宿も素早く名刺にかじりついた
確かにそこには「yukimusic」社員夕城奎介という文字が記されていた
「・・・そんな方達があたし達に何の様ですか?」
「実は今夜の公演鑑賞させていただいたのですが実に素晴らしい・・・演奏技術も他のバンドより優れているが何よりボーカルの翼宿さん・・・あなたの高音は最高だ。これが男性の声かと思った程整った音程・・・」
翼宿はうっとたじろいた
自分がそんなに褒められた事がないから・・・
「・・・ぜひとも私どもの会社に入ってデビューしてみませんか?あなた方なら大ブレイク間違い無しです!!」
「はぁ・・・」
鬼宿は面食らったような顔をしていた
「ご検討くださる様宜しくお願いします・・・」
そう言うと奎介社員は部下を引き連れて、舞台裏からまだ歓声が沸き起こる会場へと消えていった
「・・・どうする?」
楽屋に戻った3人は互いに向かい合っていた
「・・・俺は悪くないと思う・・・もっともっと俺達の音楽をみんなに届けてあげたいとずっと思っていた・・・確かにあの奎介さんが言う程最初から大ブレイクするとは相当思えない・・・一種の売り文句だからな。その分俺達の負担もずっと大きくなるだろう・・・でもこれを逃したらもう二度とチャンスは来ないと思うんだ・・・」
鬼宿は自分なりの意見をすらすら述べて一息ついた
「・・・お前はどう思う?」
まず「空翔宿星」の「顔」に聞いた
彼は顔は勿論の事何処にでもいそうな男性の癖に魅力をたくさん持っている、いわば男の中の男だと言っても過言ではないだろう
おまけに男性とは思えないほどの高音のボーカルで数々の観客を魅了してきた
そんな彼だからこそ今の段階でもファンクラブが出来ているというのだから、メジャーデビューすれば相当の人気になる事はほぼ間違いないであろう
しかし彼は腕を組んで首を振った
「・・・俺は反対や。確かに俺も最初は夢の様に思た・・・せやけどそれは一人よがりや・・・お前は俺達の音楽に今一体幾らかけているか分かっとるか?」
「・・・翼宿。それは・・・」
「0円」
柳宿は、2人の顔を真ん中で交互に見返していた
そうなのだ
彼等の音楽はあのライブハウスで全て無料で公演しているのだ
管理人も商売目当てで自分達にライブハウスを貸すつもりではなかったので、快く了解してくれた
それでもレンタル料として毎月10万円はメンバーの三人から感謝の気持ちを込めて仕送りされていた
「・・・それがメジャーデビューしたら幾らに膨れ上がると思う?制作費もかかるし客に買ってもらう金も必要になる・・・俺はそんなんは嫌や。俺は自分達が納得する音楽が完成するまで、客に金を請求する事は絶対にしてはあかん事やと思う・・・せっかく進歩しかけてきた俺達の音楽を会社に金儲けに使われるんやで?それでもえぇんか?」
凄い
さすがだ
彼はそんなに頭はよくないが、音楽にかける情熱は人一倍
今まで楽天家だった翼宿の口からそんな言葉が発せられるなんてと2人はびっくりした
「・・・そうか」
鬼宿だって金儲けの為に音楽を使われるのには納得いかなかった
特に今不景気でCDの値段も微妙だが値上げされてきている
それほど自分達の音楽に金をかけられる程の価値があるとは3人は相当思えなかった
鬼宿は横でずっと黙っていた柳宿に問い掛けた
「・・・お前はどうだ?柳宿・・・」
続いて「空翔宿星」の唯一の女性メンバー
彼女は15歳に父親が事故死してピアノを辞めたが、翼宿に声をかけられた時に再び鍵盤に指を置いた
彼女は主に脇で伴奏している事しかないのだけれどその存在感はとても大きく、此方も男性ファンがたくさんいる
特に綺麗な髪は女性からも憧れを抱かれている
翼宿も鬼宿も2人協力して彼女をずっと護ってきた
素直じゃないけど可愛らしい存在だったから
「・・・あたしは・・・あたしは翼宿の気持ちもたまの気持ちも分かるよ・・・?でも・・・だから迷ってる・・・確かにもっとライブハウスの枠を超えてみんなに音楽を届けたいとは思うよ・・・でもその為に多額の金額が適用されるのは・・・どうかなとも思うし・・・」
「それが難しい選択だよな・・・」
いきなり翼宿が鞄を持って立ち上がった
「とにかく俺は反対やから。テレビに出るだけが音楽の世界やないんやからな」
ふいと冷たく2人から目をそらして扉を開けた
「翼宿・・・」
柳宿が呟いた
その呼びかけに反応せずに翼宿は扉を閉めた
「・・・翼宿。怒っちゃったかなぁ・・・」
「まぁあいつはタフな奴だからすぐけろっとするだろうけどな」
俯く柳宿を鬼宿が宥めた
「でも翼宿が反対する気持ち凄く分かる気がするよ・・・だって一番お客さんと向き合えるのは翼宿なんだから・・・」
「・・・柳宿」
「ごめんね。あたしも考えておく。翼宿とももう少し話してくるよ」
柳宿も鬼宿に手を振ると楽屋を後にした
ライブハウスの階段を降りていくとロビーに人影が見えた
口にはいつも「あいつ」の香りがする煙草を加えておりその先端から煙が立ち昇っている
「翼宿」
呼びかけると「あいつ」は振り向いた
「はよせぇよ。待たせんな」
「ごめんごめん」
実は翼宿は柳宿の送迎係になっていたのだ
丁度家までの帰り道に柳宿のマンションの前を通るから
帰りはいつも遅くなるので夜道をこんな美女が一人で歩くのは危ないと判断し、鬼宿が翼宿に下した命令だった
バイクにキーを差し込むとエンジン音が鳴る
二人は人に見られないように顔に傷をつけないようにと,、ヘルメットをしっかり被った
柳宿は自分より二回り大きい翼宿の背中にしがみつくのが好きだった
何だか翼宿に唯一甘えられている様な気がしていたから
いつも煙草ばっかり吸ってて鬼宿よりは自分に対して無口だったから
「・・・ねぇ翼宿。さっきの話・・・」
「何や?」
「本当の本当に反対?」
「・・・・」
「あんただって本当はデビューしたいんでしょ?人一倍お客さんに気を遣ってるんだから」
「お前はどうなんや?」
「え?」
「反対なんか?賛成なんか?」
「あたしだって迷ってるよ」
「ほなら俺もそうしとくわ」
「何よそれ」
適当な言い回しがこいつの得意技だった
そんなこんなしている内に、あっという間に自宅に着いてしまった
彼とはいつも通り別れた
翌朝
その日は土曜日でバンドの練習も午後からだったので、翼宿は地元の公園で一人煙草を吹かしていた
昨日の柳宿の質問の答えを考えながら
その時
「バンドごっこしよ~v」
4、5人の小さな子供達が噴水の横の高台に登った
一人の少年がおもちゃのマイクで2人の少年がおもちゃのギターを弾いて、残りの2人は観客役になっていた
それをぼけっと見てたら何やら最近のヒット曲を次々に歌いだした
一通り演奏が終わると観客役の子供が拍手をした
「豊君お歌上手だね~v」
「うん!まぁね!僕憧れの歌手がいるから」
「誰誰~???」
「あのね~今街のライブハウスで活動している「空翔宿星」ってバンドのボーカルの兄ちゃん!!」
その言葉に翼宿は反応した
「すっごい格好いいんだよ~vvv何か男の声じゃないみたいに綺麗な声で・・・僕もあの兄ちゃんみたいな歌手になって兄ちゃんを抜かしてやるんだ!!」
「へぇ~そのお兄ちゃん私も見てみた~いv」
「僕も~v」
「じゃ今度みんなでお母さんに連れてってもらおうよ!!」
「やったぁ~v」
子供達が公園からはしゃぎながら出て行った
その光景を翼宿は暫く呆然と見ていた
自分を目指してくれている
あんな小さな子供がいたのか・・・
自分達はあんな子供達にも
何かを伝えてあげているのだろうか
翼宿は灰皿に煙草を入れると自宅へと急いだ
「あれ?早いね!翼宿」
いつも時間に一番乗りだった柳宿が楽屋に入って驚いた
「おぉ」
それだけ応えてベースの手入れを続けた
「何かあったの?熱でもあるんじゃない?」
「んなアホな」
自分が病気みたいな言い方をされて翼宿はむっとした
「ところでたま後何分くらいで来るんや?」
「ん~?もう来るんじゃない?いつも遅れて来るのあんただから」
「うぃ~っす」
そこに鬼宿が現れた
「何だ?翼宿早いな!俺が一番最後かよ」
「ねぇ~!!熱でもあるよね!!」
柳宿が同調を求めた
しかし今度の柳宿のからかいには微動だにせずに翼宿が鬼宿に手招きした
首を傾げながら鬼宿が翼宿の向かいに座り柳宿がいつも通りその間に座った
「・・・あのな。メジャーデビューの話なんやけど・・・」
「・・・?うん」
「・・・俺・・・してみても・・・えぇと思う・・・」
「「!!??えぇっ!?」」
2人同時にびっくりした
「だって昨日はあんなに反対・・・」
「気が変わったんじゃボケ!!」
「・・・本当にいいのか?翼宿・・・」
「あぁ。男に二言はないで!!」
あっさり返してそこで話し合いは終了
鬼宿も柳宿も暫く呆気にとられていた
「嘘みたい。あの翼宿が」
「ところで柳宿。お前は?どうなんや」
翼宿が柳宿に向かい合った
「べっ・・・別にあたしは翼宿がよければ・・・いいけど」
「何やそれ。俺が決めんとお前も決められんのかいな?」
「違うよ!!あんたが反対だったら絶対実現しなかったもん!!」
まぁ自分は翼宿に着いていくつもりだったけど、それは伏せておいた
0~100への挑戦
三人の同意が合致し、2003年11月・・・「空翔宿星」は誕生した