Flying Stars

「翼宿は・・・引き抜かれた・・・大手会社主催のバンドに・・・」
昨日の鬼宿の言葉が頭から離れない
(何で・・・どうして・・・?翼宿 何であたしに何も言わなかったの・・・?)
怖くてメールも送れない
いや、謝罪のメールを待っていたのだ
しかし、いつまで経っても連絡は来なかった

「柳宿・・・?」
心配した兄の呂候が柳宿の部屋を訪れた
「兄貴・・・」
「どうしたんだい?昨日から部屋に閉じこもったきり」
「・・・・・」
「何かあるなら僕に話してごらん?」
気弱だけどとても心優しい兄貴だった
今は彼にしか話せなかった
全てを話し終えると、呂候は腕組みをして考え込んだ
「柳宿・・・そのバンドってもしかしてこれの事かい?」
呂候は懐からチラシを取り出した
「・・・!!これ・・・!!」
「昼間、CDショップで見つけたんだ。おかしいと思ったんだよ。これ、翼宿君だろう?実は今、これも聞こうと思ったんだ」
そこにはいかにも実力派といった感じのバンドメンバーの中にベースを持つ翼宿がいた
「僕にもよく分からない・・・それは翼宿君にしか分からない気持ちだからね。それで柳宿・・・明日・・・」
「あ・・・」
~湘南パークにて、デビューライヴを開催~
柳宿は告知を見つけた
「明日・・・あるらしいんだよ」
「ここまで具体化して・・・」
「鬼宿君と行くと危ないだろう?僕が連れてってあげるから、そこで翼宿君に聞いてみたらどうだい?」
「・・・・・」
「彼だって、柳宿が追いかけない訳ないと思ってると思うよ」
(そうかな。案外、今の生活を楽しんでるかもよ?だって、あいつはきっと、あたしの事何とも思ってないんだから・・・)

Plllll
『はい』
「たま?」
『おお、柳宿。どうした?』
「・・・あれから、翼宿から何か連絡入ってる?」
『いや・・・特に来てないな・・・』
「そっか・・・あのね!!明日、翼宿のバンドがデビューライヴをするの!」
『あぁ、俺も知ってるよ。丁度、柳宿に教えようと思ってた』
「明日・・・兄貴と行ってくる。たまも行きたいだろうけど、あたし翼宿に会いたい・・・」
『そっか・・・俺の代わりに行ってきてくれよ。その間に俺は今後のバンド活動の目星をつけておくから・・・』
「たま・・・ありがと」
『いや?』
「じゃあ・・・」
翼宿は帰ってくるの?
そして「空翔宿星」は?


小指に光るリング
それを見つめて煙草を吹かす翼宿
既に他バンドのメンバーになっていた翼宿・・・
「おいおい。どうしたんだよ?翼宿。彼女のことでも思い出してた?」
そのバンドのギタリストが声をかける
「・・・いや」
「つーかさ、お前空翔宿星の柳宿とデキてねえの?一時期そんな噂たってたけど・・・」
「んなのデマや」
「じゃあ、俺狙っちゃおうかな~結構タイプだし!」
「・・・・・」

『翼宿にこれ!!ベースやってる人は指が綺麗だからこういうのサマになるんだよ!!』

阿呆。無邪気すぎるくらい純粋な癖に


当日
柳宿はサングラスをかけて呂候と共に家を出た
既に会場はたくさんの女性ファンで溢れ返っていた
しかもその中の半数は翼宿のファンだと見ていいだろう
グッズが翼宿ばかりだ
(みんな・・・翼宿が活躍してればそれでいいんだよね・・・)
その光景に更に意気消沈した柳宿
そんな妹を元気付けるように呂候は声をかけた
「大体、ここら辺でいいかな?あまり前に出るとメンバーに気づかれる恐れがあるから・・・」
「うん・・・大丈夫」
「じゃあ、ドリンク買ってくるよ」
「うん・・・」
ステージはかなり派手なものだった
今からどんな演奏が披露されるのか、そればかりが気になっていた
その時
キャーーーーーーーーーーーー
黄色い歓声が会場を包んだ
スタンバイに入るメンバーの姿が見えたのだ
「・・・翼宿・・・」
変わらない
いつもと変わらない翼宿だった
しかし右手の小指には
「あれ・・・」
自分に何も言っていかなかったくせに
そこには自分が選んであげたリング
涙が溢れた
(馬鹿・・・何なのよ・・・どっちなのよ・・・)
愛しくて恋しくてたまらない
そんな様子を見た呂候が静かに柳宿の頭を撫でた

「こんばんは!!ShadowPierrotです!!」
ギターボーカルのひょうきんそうな男が挨拶を求めた
「えっと、みんな既に知ってると思うけど、俺らは同じ会社に引き抜かれた者同士で形成されたバンドです!が、ベースの翼宿は今回限りの参加になるんだけどね~」
そこで柳宿の涙が止まった
「残念だけど、翼宿、もうひとつのバンド大事だからね~しゃあない!!そっち応援してやって!!」
翼宿は自分がふられているのに無関心の様子だった
「じゃあ、聞いてください!!Love Peek!!」
歓声は最高潮に達した
演奏なんて上の空だった

ライヴはとても短いものだった
全てが幻のようだった
「柳宿・・・」
呂候の呼びかけで我に返った
「どうするんだい?」
「だって・・・どうすれば・・・」
「僕が彼に言ってきてあげる。ここじゃまずいからどこかホテルでも借りておきなさい。大体僕が知ってるホテルだと下町のSホテルが妥当だから・・・」
「兄貴・・・」
「でも彼は帰ってくる。そう言ってたよね?」
「うん・・・」
呂候は楽屋に向かって走り出した
翼宿の気持ち、全然分からない

「おつかれっした~」
「いや~よかった!!翼宿のベースはいつ聞いてもうなるなあ~」
メンバー全員が感動している様子だった
「ぜひ今後とも続けてほしいんだが・・・」
「いや、それは・・・」
するとその場に呂候が入ってきた
「翼宿君」
「おい、君は誰だね?」
「関係者以外立ち入り禁止だぞ」
それを割って翼宿に耳打ちして、メモを渡した
「・・・柳宿が・・・待ってる・・・」
それだけ言い残して呂候は出て行った
「何だったんだ・・・おい、翼宿。どうしたんだよ?」
「・・・いや」
翼宿はホテルの住所が書かれた紙を握り締めた

ホテルはもちろん仮名で入らなければいけない
柳宿は一番安い部屋を借りた
キーを開けると柳宿はベッドに転がり込んだ
天井が嫌に広く見える
嬉しさも悲しさもない
ただ、思う気持ち
翼宿が好き
もう離れたくない

すると窓の向こうに人の気配を感じた
近寄ってみるとそこにはタクシーから降りる翼宿の姿

来た

ガチャ

そんなに時間はなかったと思う
背後のドアが開いた
窓に映る姿
そこに彼はいた
「柳宿・・・」
息切れしていた
何から話せばいいのか
涙が溢れる
振り返ると頬を伝う

「馬鹿・・・」

柳宿は翼宿に駆け寄るとその胸をドンドンと叩いた
勢いで開けかけたドアが閉まった
「馬鹿っ!!何で、勝手に一人でっ・・・」
ほんの数日しか会ってなかったのにもう何十年も会ってなかったようだ
翼宿は自分の胸で泣きじゃくる柳宿を黙って見下ろしていた

「来てたんやな・・・」
ソファに座り、煙草に火をつけ、やっと言葉を発した翼宿
「だって・・・あたし知ったの一昨日だよ・・・?たまから聞いて・・・あんた何も連絡くれないんだもん・・・」
「かなり前から・・・話出てたからな」
「たまにだけ言って、あたしには何もなし?」
まだ腫れている瞳で翼宿を睨む
翼宿は煙を吐いた
「あたし、今日どんな思いで・・・」
「すまん」
やっと翼宿は謝った
その言葉に柳宿は我に返った
今日、ギターの少年は確かに言った
翼宿は戻ってくると・・・
それなのにもう過ぎた事をいつまでも責めていた自分が急に惨めに思えた
「ううん・・・ごめん・・・」
もうどうすればいいか分かんない
「あたしは・・・結局・・・翼宿が戻ってきてくれれば・・・それでいいの・・・」
また涙が頬を伝う
「お前はホンマに音楽が楽しそうで・・・」
その言葉に柳宿は顔をあげた
「音楽が、空翔宿星が大好きで・・・阿呆みたいに無邪気に楽しんでて・・・そんなお前を見てたら・・・言い出せなかった・・・」
「翼宿・・・」
「お前には・・・夢を見てて欲しかった・・・」
全て翼宿の優しさだった
「・・・あたし・・・あたしは・・・翼宿と鬼宿の・・・3人じゃないと・・・意味ない・・・」
「・・・・・」

「あたしに音楽を教えてくれたのは・・・あんたじゃないの・・・?」

3年前、世間に疲れた柳宿を拾ってくれたのは翼宿だった
「翼宿・・・あたし・・・」
翼宿は柳宿を見た

「あたし・・・あんたの事が・・・好きなの・・・」

初めて会ったあの日から
「離れたくないの・・・」
相手の顔が見れない
煙草の火を灰皿で消す音が聞こえる
絶対軽蔑された
こんな時に出す話題か
恋愛だけで音楽なんてやってけるもんじゃない
「その言葉・・・」
翼宿が口を開いた
「「空翔宿星」が成功したら・・・もう一度聞かせてくれや・・・」
「え・・・?」
「全米ツアーが決まった」
「えっ!!??」
「たまにももう話来てるやろ」
「本当に!?」
「あぁ」
一気に話が逆転した
「せやから、その話は帰国後にお預けや」
翼宿は柳宿のおでこをつついた
「翼宿・・・」
それ、YES?NO?
だけど、おでこをつつかれた柳宿は顔が真っ赤で胸は期待に膨らんでいた

夢が広がる
恋しい人と共に紡ぐ夢・・・
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