Flying Stars
柳宿のいじめ騒動から数日が経った
翼宿が恐喝した結果、いじめはぱったりと止んだ
皆が柳宿に頭を下げて謝った
勿論玉麗も
柳宿は笑顔で皆を許してやった
結局、最後にいつも助けられてしまうんだ
翼宿には
高校ももうすぐ冬休みに近づくある土曜日
柳宿は、鏡を見て一人、楽屋でぼーっとしていた
(あたしとした事が不覚だったわ・・・びーびー子供みたいに泣いたりしてああ・・・どうしよ。翼宿に絶対軽蔑されたわ・・・)
「はよ」
ガタタッ
練習にいつも通り遅れて登場した翼宿に、柳宿は気づくはずもなかった
「翼宿っ!!ノックしなさいよ!!」
「だって、楽屋やろ」
いつも通りの会話
こんな雰囲気が好きだった
そして、何もなかったかのように接してくれる翼宿が好きだ
だから、恋愛感情に持っていけないんだけど・・・
まぁ、まだ早い・・・か
「あれ?たまは?」
翼宿は、鬼宿がいない事にようやく気がついた
「何水臭い事言ってるのよ!!昨日言ってたじゃない!!」
「?何を?」
「っっもう!!あんたは相変わらず物忘れが激しいんだから!!たまは今日美朱とデートなの!!」
「はぁ???」
「びっくりだよね~vしかもたまから誘ったんだってよ!!案外あの2人両思いだったりして~v」
「ふ~ん・・・」
こういう話には疎い翼宿が一人ロマンスしている柳宿を横目に煙草に火を点けた
「先越されちゃうかもよ~?」
「じゃかあし」
柳宿はくすっと笑った
朱雀遊園地
毎年10万人も入る大人気アトラクションがたっぷりの遊園地
そこの入場門に美朱はいた
時計をやけに気にしながら、鏡で何度も化粧を直しながら
普段は下ろさない髪の毛も今日は下ろしてきた
普段はあまりしないお化粧もしてきた
今日の美朱はまさに初デートの女の子といっても過言ではない姿だった
すると
「美朱ちゃん!!」
人だかりの中でも一際目立つ背の鬼宿が手を振った
美朱は心臓が止まりそうになった
こうして見ると鬼宿も随分お洒落だった
しかし変装用にサングラスをかけていた
「ごめんごめん!!待った?」
「いえ!!私も・・・今来たところだったので・・・」
「そう?それより本当にこんな人ごみが多い場所でよかった?体も大切にしないと・・・」
「大丈夫です!!私一度来たかったんですv遊園地!!」
「そっか・・・じゃ行こっか!!」
手を掴まれた
「えっ・・・」
(何かこれって、デートみたい・・・)
美朱はハッと片手で自分の頬を叩いた
大人気アトラクションを全て制覇し、カフェでお昼ご飯を満喫した
美朱は夢を見ているのではないかと思うほどの感覚で、只只鬼宿の笑顔を見ては胸をときめかせていた
そして夕方
大分人も空いてきて、2人は観覧車に乗った
「今日は本当に有難う。美朱ちゃん。すげぇ楽しかった」
「いえ!!私こそこんな所に連れ込んでしまって・・・」
「ううん。そんな事ないよ。俺オフでもこんなに遊んだ事なかったから!!」
「そうなんですか・・・」
「美朱ちゃんこそ大丈夫?体の方・・・」
「大丈夫です!!もうピンピン!!」
鬼宿は微笑むと夕日に照らされた景色を見渡した
本当に綺麗な横顔だった
夕日に照らされて景色が負けてしまう程のりりしさが、美朱の胸をまた熱くさせた
「先日の柳宿の件・・・どうやら丸く収まったみたい・・・」
「本当ですか!?」
「うん。翼宿がね騎士の様にいじめられていた柳宿を助けてガツンと言ってやったらしいよ!!」
「よかった・・・本当に」
「これも美朱ちゃんのお陰だね」
「いっ・・・いえ!!私は何も・・・」
「柳宿も感謝してた」
「・・・そうですか」
「美朱ちゃんは?最近変わりない?」
「はい!!私は全然!!先日の鬼宿先輩の言葉で元気になれて毎日楽しくやってます!!友達も出来たし・・・」
「そうか・・・それは俺のお陰じゃなくて君が自力で立ち上がったからだよ」
また笑顔を向けられた
「もしもいつか病気が治ったらさ・・・「空翔宿星」でギター担当して欲しいな。美朱ちゃんにv」
「えっ!!??私なんかが!?」
「うん。二人とも喜んで賛成すると思うよ」
本当に夢みたい
こうして鬼宿と向かい合っているだけでも幸せなのに、「空翔宿星」の仲間に自分も入れてくれるだなんて
「あたし・・・頑張ります!!病気に勝てるようにもっともっと頑張ります!!」
美朱の胸に新たな希望が漲ってきた
「うん。待ってるよ」
幸せな一日だった
一日だった筈なのに・・・
翌日
「たま!!」
翼宿がいつも通り遅れて練習に登場したが今回は息切れしながら到着した
「どうした?」
鬼宿も柳宿もびっくりした
「おい・・・何や、これ」
週刊誌の一面を広げて2人は凍りついた
そこには昨日過ごした幸せな時間が大きく写っていた
「鬼宿ファンとデート疑惑」と書いてあった
「何だよ・・・これ・・・」
「ばれたって事・・・?記者に・・・」
コンコン
楽屋の扉がノックされた
開けると夕城プロが立っていた
「夕城プロ・・・」
一番信頼していた鬼宿と自分の妹がスキャンダルになった奎介の表情はさすがに重かった
「社長が・・・お前を呼んでる・・・」
もう目に見えていた
一応翼宿と柳宿も同行した
「鬼宿君・・・」
社長室に呼び出された
「何だね?これは。あれほど軽軽しく私情で外に出るなと言っただろう?」
「・・・すみません・・・」
「ファンも着実に増えていってるというのにこれでは「空翔宿星」の名誉に傷がつくではないか・・・」
「・・・・」
翼宿も柳宿も黙って聞いていた
「只でさえ脇役の君がスキャンダルなんか起こしてくれたら翼宿にも汚名がつくじゃあないか!!」
会社の中でも翼宿は期待の星だった
しかし当の翼宿はカチンときた
「社長。何なんすか、その言い草は」
「いいんだ・・・翼宿」
鬼宿は翼宿を制した
「俺が悪いんだから・・・本当にすみませんでした社長・・・今後この様な事がない様に十分気をつけます・・・」
お辞儀をすると鬼宿は社長室を出た
もちろんファンは大騒ぎだった
「何よこれ!!こんな大人しそうな子と鬼宿が付き合ってた訳!?」
「こんな奴よりあたしの方がよっぽどいいのに!!」
「ちょっとこれ美朱じゃないの!!??」
「むかつく~何なのよあいつ!!もう絶交!!」
その次の日から美朱は学校に来なくなった
ある日
柳宿は、夕城宅を訪ねた
「あら・・・柳宿さん・・・」
母親も少しやつれていた様だった
「今日和・・・突然お邪魔してすみません・・・」
「いいえ・・・柳宿さんに来て欲しかったのよ・・・」
「美朱さん・・・どうなんですか?」
「それがあれから一歩も部屋の外に出ないの・・・ご飯はちゃんと食べてくれるんだけど、それ以外は部屋に鍵をかけて出てこないの・・・あの子発作なのに・・・凄く心配で・・・」
「分かりました・・・お母さん・・・私が何とかします・・・」
柳宿は頷くと2階へ向かった
コンコン
「美朱?あたし。柳宿よ」
美朱はベッドに寝転がっていた
「ここ開けてくれない?お母さんも心配してるよ?」
柳宿の声に一瞬戸惑った
しかし
「・・・帰っていただけますか・・・?もう柳宿先輩達に合わせる顔がないんです・・・」
「大丈夫だよ美朱・・・誰もあなたを責めてない・・・あたし助けるよ・・・?あんたを絶対に・・・だってあたしが助けてもらったんだもの・・・」
「・・・・」
「ね?ここを開けて・・・」
ゆっくりと扉が開いて、美朱が柳宿に飛びついてきた
「柳・・・宿・・・先輩・・・」
大泣きしていた
数日間ずっと大泣きしていたんだろう
柳宿はそんな美朱の頭を優しく撫でてやった
「たまも心配してたよ?美朱が学校に来てないって言ったら・・・」
「・・・もう鬼宿先輩には会えません・・・あたしが鬼宿先輩の信用を奪ってしまったんですから・・・」
「そんな事ない・・・美朱は何にも悪くないよ?」
「もう・・・駄目なんです・・・」
何度宥めても美朱は断固として拒んだ
「毎日毎日クラスの子からメールが来るんです・・・」
携帯を柳宿に見せた
そこにはあの雑誌を見た子からの嫌がらせメールだった
「もう・・・学校にも行けない・・・誰とも会えないんです・・・」
「大丈夫。美朱!あたしが何とかするから!!だって芸能人だって普通の人間よ?恋だっていっぱいしたいわよ・・・」
「でも・・・」
「何ならたまに電話してみたら?」
「えっ・・・」
「たま本当に怒ってないから声聞けば少しは安心するんじゃない?」
「・・・・」
「ね?」
柳宿は急いでメモ用紙に鬼宿の携帯番号を書いて渡した
「たま・・・深夜までは起きてると思うから・・・毎日詞書くので忙しいから・・・」
柳宿は立ち上がって
「じゃあ落ち着いたらまた来るね」
帰っていった
美朱はそれから一時間ずっと鬼宿の番号を眺めていた
そして勇気を出して受話器を取った
♪♪♪
着信音が受話器の向こうで聞こえた
心臓が静かに鳴っている
そして
『はい。もしもし
大好きな声がした
「・・・あの・・・」
『美朱ちゃんか?』
すぐに気づかれた
『大丈夫?学校に来てないみたいだけど・・・』
いつも通りの優しい声だった
「ごめんなさい・・・鬼宿先輩・・・こんな事になっちゃって・・・」
涙が溢れ出した
『・・・美朱ちゃんのせいじゃないよ。俺が自分の行動にけじめつけなかったのがいけないんだ・・・』
「違います!!私が遊園地なんて人が多い場所に行きたいなんて言ったから・・・」
『違うよ。美朱ちゃんは何も悪くない・・・』
「でもっ・・・」
『泣かないで・・・美朱ちゃん・・・』
「え・・・?」
『俺美朱ちゃんの笑顔が好きだから・・・笑ってまた会いたい・・・』
「鬼宿・・・先輩・・・」
『今度俺ももう一度君の家に行ってみるから・・・元気出して・・・』
「・・・はい・・・」
『じゃあ・・・』
「・・・失礼します・・・」
受話器を切った後も涙が止め処なく溢れてきた
大好きな大好きな人だから、こんなに苦しくなる・・・
鬼宿も静かに電源を切った
横には煙草を吸っていた翼宿が黙ってそのやり取りを聞いていた
鬼宿は少し悲しげな横顔を見せた
騒動は続いていたが、その度に社長や奎介がマスコミを阻止していたので何とか丸く収まりそうだった
練習はいつも通り行っていた
しかし鬼宿はいつも元気がなかった
今日も・・・
今日も鬼宿は鏡台に座って珈琲を飲んでいた
翼宿も柳宿も心配していた
「たま、そろそろドラム・・・取りに行こ?」
「ん・・・?あぁ・・・そうだな・・・」
美朱はその日、兄の車で練習場所へと来ていた
そして楽屋に中々顔を出せずにいたのだ
(鬼宿先輩のドラムが聞こえない・・・)
やっぱり様子がおかしいと思った
すると
側で開いていた部屋から鬼宿のドラムを発見した
いつもいつも鬼宿の傍らにあったドラム
いつもいつも手入れしていたせいかとっても綺麗に輝いていた
美朱はドラムを鬼宿のいる楽屋まで持っていく決意をした
(これで鬼宿先輩に謝ろう・・・少しでも先輩の役に立ちたい・・・)
鬼宿の笑顔を目指して、美朱は機材を持ち上げた
予想以上に重かった
持病の女性が一人でタムが3つもついている機材を持ち上げるのは相当の体力が必要だった
それでも美朱は力の限り持ち上げて歩き出した
楽屋まではそんなに距離はなかった
角を曲がればすぐだ
息が切れる
酷く切れる
何故だろう?
それでも美朱は歩き続けた
後5メートル、4メートル、3メートル・・・
その時、グラリと意識が傾いた
「じゃあ俺ドラム取って・・・」
ガシャガシャガッシャーン
金属が割れる様なけたたましい音が響いてきた
「何!?」
「今の音・・・ドラム・・・?」
「え!?」
鬼宿が急いでドアを開けると曲がり角からドラムの一つが転がっているのが見えた
急いで曲がると、そこには美朱が苦しそうに息をして倒れていた
「美朱ちゃん!!??」
すぐさま抱き起こしたが、顔は真っ青で震えが酷かった
「美朱ちゃん・・・どうして・・・」
周りに散らばっている機材を見て気づいた
「まさか・・・こんな重い機材を・・・一人で・・・!?」
「美朱!?」
柳宿が駆けつけた
「翼宿!!救急車だ!!」
「分かった」
救急車が駆けつけたときにはロビーは人ごみでいっぱいだった
夕城プロもそこにいた
「鬼宿・・・」
「すみません・・・俺が着いていながら・・・」
「否・・・美朱が無理矢理俺に連れてけって言って俺が連れてきたんだ・・・」
「え・・・」
「鬼宿に謝りたかったんだ・・・」
「美朱ちゃん・・・」
自分の腕の中でまだ苦しそうに息をする美朱を見つめた
「俺は病院に行く。お前等は・・・」
翼宿と柳宿を鬼宿は振り返った
「何言ってるのよ!!あたしも行くわ!!」
「俺もや」
「でも・・・今夜は生放送の収録があるんだぞ・・・」
夕城プロが不安げに3人を見つめる
「それまでには戻ります・・・何とか口実作ってもらえませんか・・・」
「・・・分かった。話がつき次第俺もそっちへ向かうよ」
そのまま3人は美朱と共に救急車に同乗した
手術中
3人は廊下でずっと待っていた
「たま・・・」
鬼宿は深く俯いていた
柳宿は心配そうに覗き込む
「大丈夫よ・・・助かるよ・・・美朱は絶対・・・」
「美朱ちゃん・・・そんなに気に病んでいたなんて・・・」
「・・・・」
「俺がちゃんと会って話をしてあげればこんな事にはならなかったんだ・・・」
「そんな事ない・・・美朱はあなたを想って・・・」
その時美朱の両親と奎介が駆けつけた
「美朱は・・・!?」
「まだ・・・手術中です・・・」
「何とか話はついたよ。只間に合う様に行かないとあっちとしても数字がとれないらしい・・・」
時計は午後4時
7時スタートの番組なので6時には遅くとも収録現場に行かなければならない
鬼宿は美朱の両親の前に立った
「本当にすみませんでした・・・俺のせいで美朱さんが・・・」
両親は二人顔を見合わせ微笑した
「・・・いいえ。鬼宿さんはむしろ美朱の生き甲斐だった様なものでした・・・」
「え・・・?」
「あの子は発作という孤独な世界で戦う病気に小さい頃から凄く悩んでいました・・・でも「空翔宿星」を知ってから鬼宿さんを知ってからはそれはもう楽しそうでした・・・テレビや雑誌を欠かさず見ては毎日毎日鬼宿さんに夢中で・・・」
「・・・・」
「あの子は鬼宿さんなしではきっと生きていけませんでした・・・あなたのお陰です・・・」
「俺は別に・・・」
「先日のスキャンダルの件鬼宿さんには悪いのですが、本当に美朱は今までにないくらい楽しそうに私達にその日の事を話してくれました・・・」
「・・・そうですか・・・」
「たま」
振り向くと柳宿が此方に笑いかけた
「あんたやるじゃん!!こんなにけなげに想ってくれるファンがいてさ!!」
「ホンマや。羨ましいな、お前」
「美朱が今本当に必要としてるのはお前なんだな」
夕城プロもからかう様に笑った
鬼宿は頬を少し染めた
その時
手術室の扉が開いた
「先生・・・」
「峠は越えました。発作もおさまっています。意識も取り戻しましたよ」
その場は一斉に歓喜の渦に包まれた
「有難う御座います!!先生・・・」
鬼宿が頭を下げた
「行ってやってあげてください・・・」
美朱の両親が鬼宿に向かって微笑んだ
「・・・えっ・・・でも・・・」
「娘はあなたの為に発作を起こしたんです・・・だから・・・」
「・・・たま!!」
柳宿がにこっと笑う横で翼宿が静かに頷いた
集中治療室に美朱は移された
鬼宿は服に着替えて入った
「美朱ちゃん・・・」
目は開いていたがその動きはまだ虚ろだった
鬼宿は静かに手を握ってやった
「・・・鬼宿先輩・・・?」
「あぁ。俺だよ。分かるか?」
「・・・ごめんなさい・・・」
「えっ・・・?」
「ごめんなさい・・・先輩・・・私のせいでこんな・・・」
「何言ってるんだ・・・君が俺の所までドラム運ぼうとしてくれたんだろう?」
「・・・だって・・・ずっと面と向かって謝りたかったんです・・・先輩はいつも優しいけどきっと心のどこかで怒ってるんじゃないかって思って・・・」
「そんな事ない・・・俺は何も怒ってないよ」
「・・・今回も今日収録なのに・・・わざわざ来てくれたんですか・・・?」
美朱は覚えていた
今日が「Sound Station」の収録日だった事を
鬼宿は静かに首を横に振った
「いいんだよ美朱ちゃん・・・君の一大事に比べたらそんな事・・・」
「でも・・・ファンの子が怒ります・・・」
「いいんだ・・・」
「行ってください・・・」
「え?」
「行って私みたいな鬼宿先輩を応援している人の為にドラムを叩いてください・・・」
「美朱ちゃん・・・」
「・・・それで・・・帰ったら聞いて欲しい事があるんですけど・・・いいですか・・・?」
「・・・あぁ」
鬼宿は笑顔で頷くと、「すぐ戻るから」とその場を離れた
時刻は午後7時を既に過ぎていた
病院の待合室のテレビを翼宿と柳宿は心配そうに見ていたが案の定、客は先日のトラブルもあったせいかかなりピリピリしていた
「空翔宿星の皆さんはスケジュールの都合上後ほど駆けつけてくださるそうです・・・」
「ちょっとぉ!!何言ってんのよ!!」
「そうよそうよ!!あたし達何の為に来たと思ってんの!?」
「案外さぁ!!鬼宿のスキャンダル隠す為に逃げてんじゃないの!!??」
「皆さん静かにしてください!!」
客が騒ぎ出して司会者が必死で止めている
「・・・まずいわ・・・お客さん・・・相当怒ってる・・・」
「せやな・・・」
番組に出る事に躊躇し出した2人だったが
「翼宿!!柳宿!!」
夕城プロが駆けつけた
「行こう!!今からなら終了前には間に合う!!」
「えっ・・・でも・・・」
「鬼宿が先に行っててくれって・・・逃げたくないんだって・・・美朱の為に・・・」
「たま・・・」
そんな柳宿の頭を平手で翼宿は打った
「いたっ!!!」
「何ぼけっとしてんねん!!行くで!!」
翼宿はすぐさま上着を着た
番組も終わりにさしかかろうとしていた
「空翔宿星はまだなの!!??」
「そうよ!!もうすぐ終わっちゃうじゃない!!」
会場がまた騒ぎ出した
その時
「遅れてごめんなさい!!」
翼宿と柳宿が駆けつけた
「皆さんすみません!!私達のせいで苛々させちゃって・・・」
その場が静まり返った
そして勇気ある少女が尋ねた
「・・・鬼宿はどうしたんですか?」
「スキャンダルって本当なんですか!?」
「どうしてですか!?どうしてあんな・・・」
また抗議の嵐が2人に降りかかった
柳宿は翼宿の顔を見たが、彼は何かを考え込んでいた
「翼宿・・・?」
一歩前に歩み寄った
「俺が言う」
また静まり返った
「空翔宿星」の顔が答えるのだ
「なぁ?恋するて、そんな悪い事か?」
またその場がざわめき出した
「・・・あんたら、恋するよな?あいつも、恋するで?誰か、好きになって、そいつ護りたい思う。これ、普通なんちゃう?俺らとあんたらとのボーダーライン、誰が決めたん?ファンには、それを見守る義務があるんやと思う。いや・・・俺は、あんたらにそうなってて欲しいんや。責めるんやのうてな・・・素敵な事やろ。うちのドラムが恋したんやで?」
柳宿やその場の女性陣は、皆翼宿に釘付けになった
もはやファンは、反論する気もなく、ただ翼宿に酔いしれていた
(翼宿・・・)
その時鬼宿も駆けつけた
「・・・すみませんっ・・・遅くなって・・・」
鬼宿は今の駆け引きを聞いていなかった様だ
「・・・みんな・・・本当にごめんなさい・・・俺・・・」
「たま~~~!!ドラム叩いて~~~!!」
「歌ってください~!!」
客の中の数名が叫んだと思ったらいつの間にか全員がコールをしていた
3人は思わぬ事態にびっくりしたが、翼宿は「行くで」と、2人に合図をした
2人も最初は呆気にとられていたが笑顔で頷いた
その後演奏は無事終了し、一時間は瞬く間に過ぎ去った・・・
一週間後
美朱は普通の病棟に入った
体調も順調に回復してきているらしい
今日は練習を早めに切り上げて3人は美朱のお見舞いに来ていた
「すみません・・・忙しいのにわざわざ・・・」
「何言ってるの!!美朱はあたし達の妹みたいなもんなんだから!!ね!!」
2人も頷いた
「それでね~美朱!!今日はお土産~~~vvv」
そう言うと柳宿は懐から一枚のCDを取り出した
「たまがクリスマスにね~ソロで新曲出すのよ!!ちょっと早いんだけど美朱にプレゼント~~~vvv」
「お前っ・・・何かこそこそしてるって思ったらそれをっ・・・」
鬼宿が慌てふためいた
「本当ですか!?いいんですか!?私なんかに・・・」
「いいのいいの!!だってたま一番に美朱に聴いて欲しいって言ってたもんv」
「おっ・・・おい・・・」
「鬼宿先輩・・・」
鬼宿はポリポリと頭を掻いた
「・・・音痴なんだよね・・・相変わらず・・・」
そう言って照れくさそうに笑う
「でも今回はスタッフの指導で少しはマシに録れたんだよね~翼宿!!」
「ん?まぁなぁ。こいつにしてはな」
「お前に言われると言葉の重みが違うんだけど・・・」
「まぁ、気にすんな」
「あ!!あたし売店寄りたいんだった!!翼宿!!付き合いなさい!!」
「は?何で俺が・・・」
相変わらず鈍感な翼宿の腕をぐいと引いた
「馬鹿!気を利かせてやれって言ってんのよ!!・・・じゃたま!!あたし達先行ってるね!!」
「ん?あぁ」
そう言うと柳宿は翼宿を引いて出て行った
「よかったです・・・スキャンダル・・・丸く収まったみたいで・・・」
「うん。どうやら今回は翼宿が俺の為に言ってくれたみたいなんだ・・・いいトコあるよなあいつも」
「・・・いいお友達ですね」
「そっちはお友達と仲直り出来た?」
「はい!先日お見舞いに来てくれました!!」
「そっか・・・よかった」
窓の外を見る鬼宿の横顔
いつもと変わらなかった
結局「聞いて欲しい事」をまだ言っていない
今しか無いのだ
今しか
「・・・鬼宿先輩っ・・・」
「ん?」
「あのっ・・・」
頑張れ
勇気を出せ
私
「私ずっと・・・鬼宿先輩の事・・・」
頑張れ
「ずっと・・・好きでした・・・」
鬼宿は目を見開いた
「これからはプロデューサーの妹じゃなくて一人の女性として私を見て欲しいんです!!」
ずっと引っかかってたんだ
自分は鬼宿にとって何なのか
鬼宿は暫く呆気にとられていたが
「俺もだよ」
答えた
一瞬何て言ったか分からなかった
「俺も美朱ちゃんの事が好きだ」
涙が溢れた
「これから俺は君の為に音楽を続けるつもりだよ」
ずっとずっと自分を応援してくれた一途な少女の為に
「鬼宿先輩・・・」
2人は抱き合った
穏やかな優しい夕暮れの光が、2人を優しく包んでいた
翼宿が恐喝した結果、いじめはぱったりと止んだ
皆が柳宿に頭を下げて謝った
勿論玉麗も
柳宿は笑顔で皆を許してやった
結局、最後にいつも助けられてしまうんだ
翼宿には
高校ももうすぐ冬休みに近づくある土曜日
柳宿は、鏡を見て一人、楽屋でぼーっとしていた
(あたしとした事が不覚だったわ・・・びーびー子供みたいに泣いたりしてああ・・・どうしよ。翼宿に絶対軽蔑されたわ・・・)
「はよ」
ガタタッ
練習にいつも通り遅れて登場した翼宿に、柳宿は気づくはずもなかった
「翼宿っ!!ノックしなさいよ!!」
「だって、楽屋やろ」
いつも通りの会話
こんな雰囲気が好きだった
そして、何もなかったかのように接してくれる翼宿が好きだ
だから、恋愛感情に持っていけないんだけど・・・
まぁ、まだ早い・・・か
「あれ?たまは?」
翼宿は、鬼宿がいない事にようやく気がついた
「何水臭い事言ってるのよ!!昨日言ってたじゃない!!」
「?何を?」
「っっもう!!あんたは相変わらず物忘れが激しいんだから!!たまは今日美朱とデートなの!!」
「はぁ???」
「びっくりだよね~vしかもたまから誘ったんだってよ!!案外あの2人両思いだったりして~v」
「ふ~ん・・・」
こういう話には疎い翼宿が一人ロマンスしている柳宿を横目に煙草に火を点けた
「先越されちゃうかもよ~?」
「じゃかあし」
柳宿はくすっと笑った
朱雀遊園地
毎年10万人も入る大人気アトラクションがたっぷりの遊園地
そこの入場門に美朱はいた
時計をやけに気にしながら、鏡で何度も化粧を直しながら
普段は下ろさない髪の毛も今日は下ろしてきた
普段はあまりしないお化粧もしてきた
今日の美朱はまさに初デートの女の子といっても過言ではない姿だった
すると
「美朱ちゃん!!」
人だかりの中でも一際目立つ背の鬼宿が手を振った
美朱は心臓が止まりそうになった
こうして見ると鬼宿も随分お洒落だった
しかし変装用にサングラスをかけていた
「ごめんごめん!!待った?」
「いえ!!私も・・・今来たところだったので・・・」
「そう?それより本当にこんな人ごみが多い場所でよかった?体も大切にしないと・・・」
「大丈夫です!!私一度来たかったんですv遊園地!!」
「そっか・・・じゃ行こっか!!」
手を掴まれた
「えっ・・・」
(何かこれって、デートみたい・・・)
美朱はハッと片手で自分の頬を叩いた
大人気アトラクションを全て制覇し、カフェでお昼ご飯を満喫した
美朱は夢を見ているのではないかと思うほどの感覚で、只只鬼宿の笑顔を見ては胸をときめかせていた
そして夕方
大分人も空いてきて、2人は観覧車に乗った
「今日は本当に有難う。美朱ちゃん。すげぇ楽しかった」
「いえ!!私こそこんな所に連れ込んでしまって・・・」
「ううん。そんな事ないよ。俺オフでもこんなに遊んだ事なかったから!!」
「そうなんですか・・・」
「美朱ちゃんこそ大丈夫?体の方・・・」
「大丈夫です!!もうピンピン!!」
鬼宿は微笑むと夕日に照らされた景色を見渡した
本当に綺麗な横顔だった
夕日に照らされて景色が負けてしまう程のりりしさが、美朱の胸をまた熱くさせた
「先日の柳宿の件・・・どうやら丸く収まったみたい・・・」
「本当ですか!?」
「うん。翼宿がね騎士の様にいじめられていた柳宿を助けてガツンと言ってやったらしいよ!!」
「よかった・・・本当に」
「これも美朱ちゃんのお陰だね」
「いっ・・・いえ!!私は何も・・・」
「柳宿も感謝してた」
「・・・そうですか」
「美朱ちゃんは?最近変わりない?」
「はい!!私は全然!!先日の鬼宿先輩の言葉で元気になれて毎日楽しくやってます!!友達も出来たし・・・」
「そうか・・・それは俺のお陰じゃなくて君が自力で立ち上がったからだよ」
また笑顔を向けられた
「もしもいつか病気が治ったらさ・・・「空翔宿星」でギター担当して欲しいな。美朱ちゃんにv」
「えっ!!??私なんかが!?」
「うん。二人とも喜んで賛成すると思うよ」
本当に夢みたい
こうして鬼宿と向かい合っているだけでも幸せなのに、「空翔宿星」の仲間に自分も入れてくれるだなんて
「あたし・・・頑張ります!!病気に勝てるようにもっともっと頑張ります!!」
美朱の胸に新たな希望が漲ってきた
「うん。待ってるよ」
幸せな一日だった
一日だった筈なのに・・・
翌日
「たま!!」
翼宿がいつも通り遅れて練習に登場したが今回は息切れしながら到着した
「どうした?」
鬼宿も柳宿もびっくりした
「おい・・・何や、これ」
週刊誌の一面を広げて2人は凍りついた
そこには昨日過ごした幸せな時間が大きく写っていた
「鬼宿ファンとデート疑惑」と書いてあった
「何だよ・・・これ・・・」
「ばれたって事・・・?記者に・・・」
コンコン
楽屋の扉がノックされた
開けると夕城プロが立っていた
「夕城プロ・・・」
一番信頼していた鬼宿と自分の妹がスキャンダルになった奎介の表情はさすがに重かった
「社長が・・・お前を呼んでる・・・」
もう目に見えていた
一応翼宿と柳宿も同行した
「鬼宿君・・・」
社長室に呼び出された
「何だね?これは。あれほど軽軽しく私情で外に出るなと言っただろう?」
「・・・すみません・・・」
「ファンも着実に増えていってるというのにこれでは「空翔宿星」の名誉に傷がつくではないか・・・」
「・・・・」
翼宿も柳宿も黙って聞いていた
「只でさえ脇役の君がスキャンダルなんか起こしてくれたら翼宿にも汚名がつくじゃあないか!!」
会社の中でも翼宿は期待の星だった
しかし当の翼宿はカチンときた
「社長。何なんすか、その言い草は」
「いいんだ・・・翼宿」
鬼宿は翼宿を制した
「俺が悪いんだから・・・本当にすみませんでした社長・・・今後この様な事がない様に十分気をつけます・・・」
お辞儀をすると鬼宿は社長室を出た
もちろんファンは大騒ぎだった
「何よこれ!!こんな大人しそうな子と鬼宿が付き合ってた訳!?」
「こんな奴よりあたしの方がよっぽどいいのに!!」
「ちょっとこれ美朱じゃないの!!??」
「むかつく~何なのよあいつ!!もう絶交!!」
その次の日から美朱は学校に来なくなった
ある日
柳宿は、夕城宅を訪ねた
「あら・・・柳宿さん・・・」
母親も少しやつれていた様だった
「今日和・・・突然お邪魔してすみません・・・」
「いいえ・・・柳宿さんに来て欲しかったのよ・・・」
「美朱さん・・・どうなんですか?」
「それがあれから一歩も部屋の外に出ないの・・・ご飯はちゃんと食べてくれるんだけど、それ以外は部屋に鍵をかけて出てこないの・・・あの子発作なのに・・・凄く心配で・・・」
「分かりました・・・お母さん・・・私が何とかします・・・」
柳宿は頷くと2階へ向かった
コンコン
「美朱?あたし。柳宿よ」
美朱はベッドに寝転がっていた
「ここ開けてくれない?お母さんも心配してるよ?」
柳宿の声に一瞬戸惑った
しかし
「・・・帰っていただけますか・・・?もう柳宿先輩達に合わせる顔がないんです・・・」
「大丈夫だよ美朱・・・誰もあなたを責めてない・・・あたし助けるよ・・・?あんたを絶対に・・・だってあたしが助けてもらったんだもの・・・」
「・・・・」
「ね?ここを開けて・・・」
ゆっくりと扉が開いて、美朱が柳宿に飛びついてきた
「柳・・・宿・・・先輩・・・」
大泣きしていた
数日間ずっと大泣きしていたんだろう
柳宿はそんな美朱の頭を優しく撫でてやった
「たまも心配してたよ?美朱が学校に来てないって言ったら・・・」
「・・・もう鬼宿先輩には会えません・・・あたしが鬼宿先輩の信用を奪ってしまったんですから・・・」
「そんな事ない・・・美朱は何にも悪くないよ?」
「もう・・・駄目なんです・・・」
何度宥めても美朱は断固として拒んだ
「毎日毎日クラスの子からメールが来るんです・・・」
携帯を柳宿に見せた
そこにはあの雑誌を見た子からの嫌がらせメールだった
「もう・・・学校にも行けない・・・誰とも会えないんです・・・」
「大丈夫。美朱!あたしが何とかするから!!だって芸能人だって普通の人間よ?恋だっていっぱいしたいわよ・・・」
「でも・・・」
「何ならたまに電話してみたら?」
「えっ・・・」
「たま本当に怒ってないから声聞けば少しは安心するんじゃない?」
「・・・・」
「ね?」
柳宿は急いでメモ用紙に鬼宿の携帯番号を書いて渡した
「たま・・・深夜までは起きてると思うから・・・毎日詞書くので忙しいから・・・」
柳宿は立ち上がって
「じゃあ落ち着いたらまた来るね」
帰っていった
美朱はそれから一時間ずっと鬼宿の番号を眺めていた
そして勇気を出して受話器を取った
♪♪♪
着信音が受話器の向こうで聞こえた
心臓が静かに鳴っている
そして
『はい。もしもし
大好きな声がした
「・・・あの・・・」
『美朱ちゃんか?』
すぐに気づかれた
『大丈夫?学校に来てないみたいだけど・・・』
いつも通りの優しい声だった
「ごめんなさい・・・鬼宿先輩・・・こんな事になっちゃって・・・」
涙が溢れ出した
『・・・美朱ちゃんのせいじゃないよ。俺が自分の行動にけじめつけなかったのがいけないんだ・・・』
「違います!!私が遊園地なんて人が多い場所に行きたいなんて言ったから・・・」
『違うよ。美朱ちゃんは何も悪くない・・・』
「でもっ・・・」
『泣かないで・・・美朱ちゃん・・・』
「え・・・?」
『俺美朱ちゃんの笑顔が好きだから・・・笑ってまた会いたい・・・』
「鬼宿・・・先輩・・・」
『今度俺ももう一度君の家に行ってみるから・・・元気出して・・・』
「・・・はい・・・」
『じゃあ・・・』
「・・・失礼します・・・」
受話器を切った後も涙が止め処なく溢れてきた
大好きな大好きな人だから、こんなに苦しくなる・・・
鬼宿も静かに電源を切った
横には煙草を吸っていた翼宿が黙ってそのやり取りを聞いていた
鬼宿は少し悲しげな横顔を見せた
騒動は続いていたが、その度に社長や奎介がマスコミを阻止していたので何とか丸く収まりそうだった
練習はいつも通り行っていた
しかし鬼宿はいつも元気がなかった
今日も・・・
今日も鬼宿は鏡台に座って珈琲を飲んでいた
翼宿も柳宿も心配していた
「たま、そろそろドラム・・・取りに行こ?」
「ん・・・?あぁ・・・そうだな・・・」
美朱はその日、兄の車で練習場所へと来ていた
そして楽屋に中々顔を出せずにいたのだ
(鬼宿先輩のドラムが聞こえない・・・)
やっぱり様子がおかしいと思った
すると
側で開いていた部屋から鬼宿のドラムを発見した
いつもいつも鬼宿の傍らにあったドラム
いつもいつも手入れしていたせいかとっても綺麗に輝いていた
美朱はドラムを鬼宿のいる楽屋まで持っていく決意をした
(これで鬼宿先輩に謝ろう・・・少しでも先輩の役に立ちたい・・・)
鬼宿の笑顔を目指して、美朱は機材を持ち上げた
予想以上に重かった
持病の女性が一人でタムが3つもついている機材を持ち上げるのは相当の体力が必要だった
それでも美朱は力の限り持ち上げて歩き出した
楽屋まではそんなに距離はなかった
角を曲がればすぐだ
息が切れる
酷く切れる
何故だろう?
それでも美朱は歩き続けた
後5メートル、4メートル、3メートル・・・
その時、グラリと意識が傾いた
「じゃあ俺ドラム取って・・・」
ガシャガシャガッシャーン
金属が割れる様なけたたましい音が響いてきた
「何!?」
「今の音・・・ドラム・・・?」
「え!?」
鬼宿が急いでドアを開けると曲がり角からドラムの一つが転がっているのが見えた
急いで曲がると、そこには美朱が苦しそうに息をして倒れていた
「美朱ちゃん!!??」
すぐさま抱き起こしたが、顔は真っ青で震えが酷かった
「美朱ちゃん・・・どうして・・・」
周りに散らばっている機材を見て気づいた
「まさか・・・こんな重い機材を・・・一人で・・・!?」
「美朱!?」
柳宿が駆けつけた
「翼宿!!救急車だ!!」
「分かった」
救急車が駆けつけたときにはロビーは人ごみでいっぱいだった
夕城プロもそこにいた
「鬼宿・・・」
「すみません・・・俺が着いていながら・・・」
「否・・・美朱が無理矢理俺に連れてけって言って俺が連れてきたんだ・・・」
「え・・・」
「鬼宿に謝りたかったんだ・・・」
「美朱ちゃん・・・」
自分の腕の中でまだ苦しそうに息をする美朱を見つめた
「俺は病院に行く。お前等は・・・」
翼宿と柳宿を鬼宿は振り返った
「何言ってるのよ!!あたしも行くわ!!」
「俺もや」
「でも・・・今夜は生放送の収録があるんだぞ・・・」
夕城プロが不安げに3人を見つめる
「それまでには戻ります・・・何とか口実作ってもらえませんか・・・」
「・・・分かった。話がつき次第俺もそっちへ向かうよ」
そのまま3人は美朱と共に救急車に同乗した
手術中
3人は廊下でずっと待っていた
「たま・・・」
鬼宿は深く俯いていた
柳宿は心配そうに覗き込む
「大丈夫よ・・・助かるよ・・・美朱は絶対・・・」
「美朱ちゃん・・・そんなに気に病んでいたなんて・・・」
「・・・・」
「俺がちゃんと会って話をしてあげればこんな事にはならなかったんだ・・・」
「そんな事ない・・・美朱はあなたを想って・・・」
その時美朱の両親と奎介が駆けつけた
「美朱は・・・!?」
「まだ・・・手術中です・・・」
「何とか話はついたよ。只間に合う様に行かないとあっちとしても数字がとれないらしい・・・」
時計は午後4時
7時スタートの番組なので6時には遅くとも収録現場に行かなければならない
鬼宿は美朱の両親の前に立った
「本当にすみませんでした・・・俺のせいで美朱さんが・・・」
両親は二人顔を見合わせ微笑した
「・・・いいえ。鬼宿さんはむしろ美朱の生き甲斐だった様なものでした・・・」
「え・・・?」
「あの子は発作という孤独な世界で戦う病気に小さい頃から凄く悩んでいました・・・でも「空翔宿星」を知ってから鬼宿さんを知ってからはそれはもう楽しそうでした・・・テレビや雑誌を欠かさず見ては毎日毎日鬼宿さんに夢中で・・・」
「・・・・」
「あの子は鬼宿さんなしではきっと生きていけませんでした・・・あなたのお陰です・・・」
「俺は別に・・・」
「先日のスキャンダルの件鬼宿さんには悪いのですが、本当に美朱は今までにないくらい楽しそうに私達にその日の事を話してくれました・・・」
「・・・そうですか・・・」
「たま」
振り向くと柳宿が此方に笑いかけた
「あんたやるじゃん!!こんなにけなげに想ってくれるファンがいてさ!!」
「ホンマや。羨ましいな、お前」
「美朱が今本当に必要としてるのはお前なんだな」
夕城プロもからかう様に笑った
鬼宿は頬を少し染めた
その時
手術室の扉が開いた
「先生・・・」
「峠は越えました。発作もおさまっています。意識も取り戻しましたよ」
その場は一斉に歓喜の渦に包まれた
「有難う御座います!!先生・・・」
鬼宿が頭を下げた
「行ってやってあげてください・・・」
美朱の両親が鬼宿に向かって微笑んだ
「・・・えっ・・・でも・・・」
「娘はあなたの為に発作を起こしたんです・・・だから・・・」
「・・・たま!!」
柳宿がにこっと笑う横で翼宿が静かに頷いた
集中治療室に美朱は移された
鬼宿は服に着替えて入った
「美朱ちゃん・・・」
目は開いていたがその動きはまだ虚ろだった
鬼宿は静かに手を握ってやった
「・・・鬼宿先輩・・・?」
「あぁ。俺だよ。分かるか?」
「・・・ごめんなさい・・・」
「えっ・・・?」
「ごめんなさい・・・先輩・・・私のせいでこんな・・・」
「何言ってるんだ・・・君が俺の所までドラム運ぼうとしてくれたんだろう?」
「・・・だって・・・ずっと面と向かって謝りたかったんです・・・先輩はいつも優しいけどきっと心のどこかで怒ってるんじゃないかって思って・・・」
「そんな事ない・・・俺は何も怒ってないよ」
「・・・今回も今日収録なのに・・・わざわざ来てくれたんですか・・・?」
美朱は覚えていた
今日が「Sound Station」の収録日だった事を
鬼宿は静かに首を横に振った
「いいんだよ美朱ちゃん・・・君の一大事に比べたらそんな事・・・」
「でも・・・ファンの子が怒ります・・・」
「いいんだ・・・」
「行ってください・・・」
「え?」
「行って私みたいな鬼宿先輩を応援している人の為にドラムを叩いてください・・・」
「美朱ちゃん・・・」
「・・・それで・・・帰ったら聞いて欲しい事があるんですけど・・・いいですか・・・?」
「・・・あぁ」
鬼宿は笑顔で頷くと、「すぐ戻るから」とその場を離れた
時刻は午後7時を既に過ぎていた
病院の待合室のテレビを翼宿と柳宿は心配そうに見ていたが案の定、客は先日のトラブルもあったせいかかなりピリピリしていた
「空翔宿星の皆さんはスケジュールの都合上後ほど駆けつけてくださるそうです・・・」
「ちょっとぉ!!何言ってんのよ!!」
「そうよそうよ!!あたし達何の為に来たと思ってんの!?」
「案外さぁ!!鬼宿のスキャンダル隠す為に逃げてんじゃないの!!??」
「皆さん静かにしてください!!」
客が騒ぎ出して司会者が必死で止めている
「・・・まずいわ・・・お客さん・・・相当怒ってる・・・」
「せやな・・・」
番組に出る事に躊躇し出した2人だったが
「翼宿!!柳宿!!」
夕城プロが駆けつけた
「行こう!!今からなら終了前には間に合う!!」
「えっ・・・でも・・・」
「鬼宿が先に行っててくれって・・・逃げたくないんだって・・・美朱の為に・・・」
「たま・・・」
そんな柳宿の頭を平手で翼宿は打った
「いたっ!!!」
「何ぼけっとしてんねん!!行くで!!」
翼宿はすぐさま上着を着た
番組も終わりにさしかかろうとしていた
「空翔宿星はまだなの!!??」
「そうよ!!もうすぐ終わっちゃうじゃない!!」
会場がまた騒ぎ出した
その時
「遅れてごめんなさい!!」
翼宿と柳宿が駆けつけた
「皆さんすみません!!私達のせいで苛々させちゃって・・・」
その場が静まり返った
そして勇気ある少女が尋ねた
「・・・鬼宿はどうしたんですか?」
「スキャンダルって本当なんですか!?」
「どうしてですか!?どうしてあんな・・・」
また抗議の嵐が2人に降りかかった
柳宿は翼宿の顔を見たが、彼は何かを考え込んでいた
「翼宿・・・?」
一歩前に歩み寄った
「俺が言う」
また静まり返った
「空翔宿星」の顔が答えるのだ
「なぁ?恋するて、そんな悪い事か?」
またその場がざわめき出した
「・・・あんたら、恋するよな?あいつも、恋するで?誰か、好きになって、そいつ護りたい思う。これ、普通なんちゃう?俺らとあんたらとのボーダーライン、誰が決めたん?ファンには、それを見守る義務があるんやと思う。いや・・・俺は、あんたらにそうなってて欲しいんや。責めるんやのうてな・・・素敵な事やろ。うちのドラムが恋したんやで?」
柳宿やその場の女性陣は、皆翼宿に釘付けになった
もはやファンは、反論する気もなく、ただ翼宿に酔いしれていた
(翼宿・・・)
その時鬼宿も駆けつけた
「・・・すみませんっ・・・遅くなって・・・」
鬼宿は今の駆け引きを聞いていなかった様だ
「・・・みんな・・・本当にごめんなさい・・・俺・・・」
「たま~~~!!ドラム叩いて~~~!!」
「歌ってください~!!」
客の中の数名が叫んだと思ったらいつの間にか全員がコールをしていた
3人は思わぬ事態にびっくりしたが、翼宿は「行くで」と、2人に合図をした
2人も最初は呆気にとられていたが笑顔で頷いた
その後演奏は無事終了し、一時間は瞬く間に過ぎ去った・・・
一週間後
美朱は普通の病棟に入った
体調も順調に回復してきているらしい
今日は練習を早めに切り上げて3人は美朱のお見舞いに来ていた
「すみません・・・忙しいのにわざわざ・・・」
「何言ってるの!!美朱はあたし達の妹みたいなもんなんだから!!ね!!」
2人も頷いた
「それでね~美朱!!今日はお土産~~~vvv」
そう言うと柳宿は懐から一枚のCDを取り出した
「たまがクリスマスにね~ソロで新曲出すのよ!!ちょっと早いんだけど美朱にプレゼント~~~vvv」
「お前っ・・・何かこそこそしてるって思ったらそれをっ・・・」
鬼宿が慌てふためいた
「本当ですか!?いいんですか!?私なんかに・・・」
「いいのいいの!!だってたま一番に美朱に聴いて欲しいって言ってたもんv」
「おっ・・・おい・・・」
「鬼宿先輩・・・」
鬼宿はポリポリと頭を掻いた
「・・・音痴なんだよね・・・相変わらず・・・」
そう言って照れくさそうに笑う
「でも今回はスタッフの指導で少しはマシに録れたんだよね~翼宿!!」
「ん?まぁなぁ。こいつにしてはな」
「お前に言われると言葉の重みが違うんだけど・・・」
「まぁ、気にすんな」
「あ!!あたし売店寄りたいんだった!!翼宿!!付き合いなさい!!」
「は?何で俺が・・・」
相変わらず鈍感な翼宿の腕をぐいと引いた
「馬鹿!気を利かせてやれって言ってんのよ!!・・・じゃたま!!あたし達先行ってるね!!」
「ん?あぁ」
そう言うと柳宿は翼宿を引いて出て行った
「よかったです・・・スキャンダル・・・丸く収まったみたいで・・・」
「うん。どうやら今回は翼宿が俺の為に言ってくれたみたいなんだ・・・いいトコあるよなあいつも」
「・・・いいお友達ですね」
「そっちはお友達と仲直り出来た?」
「はい!先日お見舞いに来てくれました!!」
「そっか・・・よかった」
窓の外を見る鬼宿の横顔
いつもと変わらなかった
結局「聞いて欲しい事」をまだ言っていない
今しか無いのだ
今しか
「・・・鬼宿先輩っ・・・」
「ん?」
「あのっ・・・」
頑張れ
勇気を出せ
私
「私ずっと・・・鬼宿先輩の事・・・」
頑張れ
「ずっと・・・好きでした・・・」
鬼宿は目を見開いた
「これからはプロデューサーの妹じゃなくて一人の女性として私を見て欲しいんです!!」
ずっと引っかかってたんだ
自分は鬼宿にとって何なのか
鬼宿は暫く呆気にとられていたが
「俺もだよ」
答えた
一瞬何て言ったか分からなかった
「俺も美朱ちゃんの事が好きだ」
涙が溢れた
「これから俺は君の為に音楽を続けるつもりだよ」
ずっとずっと自分を応援してくれた一途な少女の為に
「鬼宿先輩・・・」
2人は抱き合った
穏やかな優しい夕暮れの光が、2人を優しく包んでいた