ザクロ

「・・・あたしさ」
「ん・・・?」
すっかり夕闇に包まれたウィークリーマンションの部屋の中
寝台の上で、翼宿と柳宿は天井を見上げていた
「調香師になりたいな」
「え・・・?」
「あんな素敵な香水を、もっと世に送り出せたらって思って」
「お前は、香水好きやったもんな」
「うん・・・頑張ってる女性たちを素敵な香りで元気にしてあげたいな」
「立派な夢や・・・」
翼宿は、柳宿の頭を撫でる
柳宿は、1番大好きな翼宿の香りに包まれ静かに目を閉じた

護りたい・・・こいつの夢を

翼宿は、そう思った


「柳宿さん」

それから1週間後
医者に告げられた言葉

「君への心臓の提供者が現れた」


翌朝、柳宿はまた手術室へ運ばれた
運ばれている間は無気力状態
けれど、これでまた翼宿に会える
翼宿と愛し合える
そんな感情は確かに湧いていた


『柳宿!お前の香水が、売り上げ1位やで!』
『それ、本当?翼宿!』
『よかったなあ!長年の夢が叶って!』
『じゃあ、次はメンズ向けの香水も作ってみようかな!』
『それじゃあ、俺がモニター第1号や!約束な!』
あたしは、何よりも彼の笑顔が誇りだった


「・・・柳宿!!」
母親の声
ゆっくりと目を開けると、病室だった
そこには友人もたくさん駆けつけてくれていた
その場に歓喜の声が沸き起こった
「手術・・・成功したんだよ!!よく・・・よく頑張ったなぁ!!」
家族も全員涙を流している
周りの反応で、徐々に自分が生きている事を実感した
心臓の躍動感が全身に伝わる
そして初めて発した言葉

「・・・翼宿は?」

その言葉にその場は一斉に静まり返った
「翼宿くんは・・・緊急の会議が入ったんだって。それで、今日は見舞いには来られないって」
その言葉に柳宿は落胆した
目を覚まして一番に翼宿に会いたかった
結局、その日は家族が病室に泊まった

それから2週間、柳宿の体調は順調に回復していった
友人も代わる代わる訪ねてきてくれていた
しかし、翼宿は・・・いつまで経っても病室に姿を見せる事はなかった

「先生・・・本当にありがとうございました・・・」
「いいえ。ここまでよく頑張りましたね」
無事に退院の日が来た
その日は、母親と帰る事になった
母親が車に荷物を全部積んで、助手席に柳宿を乗せた
「ねえ。ママ?」
「何?」
「この心臓・・・誰が提供してくれたの?」
「・・・・・・・・・親切な方よ」
「・・・あたし、その親族にお礼に行った方がいいんじゃない?せっかく自分の心臓を提供してくれたんだし・・・」
「そうね・・・その内行きましょう」
母親は遠くにいる誰かに呼びかけるように空を見上げてそう答えた

次の日
柳宿は、翼宿のアパートを訪ねてみた
「翼宿?いるんでしょ?翼宿!」
何度呼び鈴を鳴らしても、彼は出てこない
「・・・柳宿さんですか?」
途端に誰かに呼ばれ振り向くと、中年の男性が立っていた
「そうですけど・・・」
「・・・わたし、この家の大家です」
「あ・・・いつも、彼がお世話になってます」
「これを・・・」
「え・・・?」
大家の手のひらには、鍵
「・・・あなたが来た時に、これを渡すように頼まれていたんです」
「でも、どうして・・・?」
「入ってやってください」
そのまま、大家は去っていった
柳宿は、その合鍵で扉を開ける

カチャ
「・・・翼宿?」
返事はない
そこには誰もいなかった
代わりに日差しに照らされたカーテンが導くように、翼宿の机に向かって靡いていた
そこにそっと柳宿は近づいた
そこには、あの香水1瓶と「柳宿へ」と書かれた置手紙が置いてあった
柳宿は無言でその封を切った

『柳宿へ

お誕生日おめでとう。

もう、とっくに過ぎてしまったけど、もう一度お前にこの香水をあげたくて取り寄せた。

大事に使ってな。

俺は、お前の笑顔が大好き。
もっと、一緒に思い出作りたかった。

だけど』

そこに書かれてある一行を読んで柳宿は手紙を落とした

『俺は、もうこの世にはいない』

ドクン

その時、自分の中の「心臓」が脈打った

ゴメンナサイ

カッテナコトシテ

ダケド、アナタヲタスケタカッタノ

アナタノタメニシネルノナラ

ソレガワタシノコウフクダカラ

オレハイツデモオマエノナカニ

翼宿・・・・・・・・・・・・あんたなの?

手紙に大粒の涙が落ちる

「ここにいたのね・・・翼宿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

夢を叶えてな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・柳宿


「柳宿さん!また、コスモスパフュームが売り上げ1位ですよ!次の新作はまだかって、問い合わせも!」
とある小さなオフィスに、若い女性の声が響き渡る
「・・・・・・・・・・・・うん。もう、考えてあるんだ」
柳宿は、手元のテスターの入った瓶を小さく動かす
「何だか、元気が出る香り!何ていう香水なんですか?」

『SUN FLOWER』

太陽のように明るくて優しいあいつのような
そんな香りで、世界中の女性が満たされるように
願いをこめて・・・
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