LOVE HOSPITAL
柳宿が入院して三週間
もうすぐ退院の時だ
それまでに柳宿は翼宿へどう気持ちを伝えるか休憩室の窓際で考えていた
(あいつ医療の事には敏感だけど感情には今いち鈍感だからなぁ・・・。どうやったらこの気持ちを伝えられるんだろう・・・?)
マトモに恋もした事がなかった柳宿は頭を抱えて考えていた
(もうすぐ退院で嬉しいけど、このまま翼宿に会えなくなっちゃうのはもっと寂しいもん!看護婦になれるなんて保証もないんだし!まず絶対あいつに伝えなきゃ・・・)
ガラガラガッシャーン
「ちょっと!倉内さん!何やってるの!?」
けたたましい音に続いてけたたましい主任の声
柳宿は仰天して振り返った
「すみません!すぐに片付けます・・・」
「何言ってるの!これは503号室の稲田さんの大事な薬なのよ!?予備があったからよかったもののもしも貴重な薬だったらどうするつもりなの!?」
「す・・・、すみません・・・」
そこには慌てて片付けている看護婦と主任がいた
「いい!?看護婦は命を扱う職業なのよ!?自分の命を懸けてでも相手に尽くすの!その度胸が無いのなら看護婦なんて辞めなさい!!」
ベラベラ怒鳴りつけると主任はドンドンと足を踏み鳴らして廊下を歩いていった
「うっうっ・・・」
看護婦は涙を流しながら割れたビンの欠片を集めていた
「どうぞ・・・」
柳宿は看護婦にハンカチを差し出した
看護婦は呆気にとられていたが、我に返ると
「有難う御座います・・・」
と、ハンカチを受け取った
「これ、此処に入れればいいんですか?」
「あっ!大丈夫です!患者さんに怪我させたら・・・」
「平気ですよ!」
柳宿はそう言うと割れたビンの欠片を拾い集めて袋に入れた
「あの主任さんの言う事あまり気にしない方がいいですよ・・・。命を懸けるだなんて大げさな・・・」
「いえ・・・。主任の言う通りです・・・。看護婦は選んだ以上、患者さんと同じ立場に立ってあげなければいけない・・・。ミスをしたら下手をすれば患者さんの生命に関わる。そんな危険と隣り合わせの職業なんです。看護婦は・・・」
「・・・・」
「すみません!患者さんにこんなお話・・・!」
「いえ・・・。気にしてませんので・・・。」
「でわ、これで・・・。手伝わせてしまってすみませんでした・・・」
看護婦は立ち上がると割れたビンの欠片が入った袋を抱えて廊下の向こうへ歩いていった
「危険と隣り合わせ・・・か・・・」
再び休憩室に戻った柳宿は春の日差しを浴びながら今度はその事を考えていた
(・・・あたしに出来るのかな・・・?一回患者になった人が今度は患者と接しなきゃいけないなんて・・・)
「柳宿?」
振り向くと翼宿がいた
「たっ・・・」
「何やってんねん?病室にいないから心配して捜しに来とったんやで・・・?」
「・・・ごめんなさい・・・」
翼宿はそこで柳宿が少し元気が無い事に気付いた
翼宿は柳宿の横に腰掛けると
「・・・どないしたんや?何やしおれてるで?」
と、尋ねた
「えっ・・・!?別に・・・」
「嘘つくな!顔に出とる!!精神的ケアも医者の役目やからな!それも俺の担当や!!病は気から言うやろ?」
「・・・・」
「話してみ?俺でよければ力になるから・・・」
「うん・・・」
柳宿はこれまでの経緯を翼宿に話して聞かせた
「・・・さよか・・・。危険と隣り合わせ・・・か・・・。確かに言われてみればそうかもなぁ・・・」
「本当にそうなのかな・・・?そんなに張り詰めてたら患者さんのケアをきちんと出来ないんじゃないの?」
「せやけどな、看護婦は患者を助ける仕事やから少しは気つけなあかん事もあるんや・・・。それは医者の俺も同じやけどな。命を扱う仕事言うんはそんなに簡単やないし・・・」
「それは判ってるけど・・・」
「お前にはまだ早すぎるかもしれへんな。せやけどお前はお前なりのやり方でえぇんとちゃうんか?お前は信用できるからそんなに悪い態度はとれへん思てるから・・・」
「・・・そうだよね・・・」
「ま、まずは病気を治す事が先決や!退院まで後もうちょっとやしな!」
『退院』
柳宿の胸がチクリと痛んだ
嬉しいけど悲しい言葉
それは自分と翼宿を只の他人にしてしまうかもしれない言葉
今此処で言ってしまおうか?
でもそんな事言ったら彼はどう返すだろうか?
からかうだろうか、怒るだろうか、困るだろうか
そんな取り越し苦労がぐるぐると頭の中を回る
でも
「は・・・なれたく・・・ない・・・」
自分の胸の中で詰まっていた言葉が喉の奥から出かかった
「ん?」
翼宿にはよく聞こえなかったようだ
「何でもない・・・」
言える訳ない
自分は患者、彼は医者
彼の職業は色々な人物と関わっていく・・・
その内自分の事なんて頭の片隅から消えてしまうだろう
覚えていてもそれはつまらない人物
『昔、担当した只の大学の医学部仲間』
それだけだろう
「何でもない!有難う!話聞いてくれて・・・」
柳宿は無理に明るく振舞うと休憩室から出て行った
悲しい、悲しい
自分が悲しい
翼宿が好きで好きででもどうしようも出来ない自分が悲しい
頬を伝った雫は決して温かいものではなかった・・・
翌朝
柳宿は一睡も出来なかった
ベッドの上で何度も寝返りを打っている内に朝は来てしまった
手にはナースコール
でもコール出来ない
顔を見ると辛くなるから
どうしてこんなに好きになってしまったのだろう?
とりあえず頭を冷やそうと柳宿はまだ静かな病棟の廊下に出た
その時
ガラガラガラ
ワゴンを押す音が向こうから聞こえた
そこには一人の老婆
今にもぶつかりそうな距離
「危ない!!」
柳宿はとっさに老婆をかばった
ガシャーン ガラガラガラ
痛い
心が痛い
身体も痛い
全てが空っぽの感覚を覚えた
気付くと自分はワゴンから零れた器具の下敷きになっていた
老婆を下にかばって
息が苦しい
久々に感じた感覚
「大丈夫・・・ですか・・・?」
老婆に呼びかける
「お姉ちゃん・・・。あんたこそ・・・」
呆気にとられた老婆の顔が見えた
「柳宿さん!?大丈夫ですか!?」
ワゴンを押していた医者が慌てて柳宿に駆け寄った
「私は大丈夫です・・・。それよりお婆さんを病室に連れて行ってください・・・」
苦しさを必死で隠すように柳宿はニコリと笑いかけた
医者と老婆が廊下の向こうへ去っていったその時
ゴホッ
何か詰まったように咳き込んだ
手のひらを見るとそこには
鮮血
「翼宿医師!!」
「どうしたんですか?」
朝から駆け込んできた医師に翼宿は少々驚いた
「それが・・・、310号室の柳宿さんがお婆さんをかばって僕の押していたワゴンにぶつかったんです・・・。本人は大丈夫だと言っていたんですが心配で・・・」
「何やて!?」
翼宿は続きを聞かずに駆け出した。
翼宿は知っていた
悪性新生物は強い衝撃を受けた後に発生するのだと・・・
「柳宿!」
誰もいない廊下に横たわる柳宿
翼宿は柳宿を抱き起こした
「柳宿・・・」
柳宿のパジャマに点々と染まる鮮血
遅かったか
「・・・た・・・す・・・き・・・?」
腕の温もりを感じて柳宿は目を覚ました
「柳宿!大丈夫か!?今手術したるから・・・」
「・・・あたし・・・、間違ってたよ・・・。患者が危険な目に合っててほっとける訳ない・・・よね・・・?看護婦・・・ってさ・・・、それだけ重要な・・・、職業なんだよね・・・?」
「柳宿・・・!もう喋るな・・・!!」
「・・・もうすぐ退院なのにごめんね・・・」
「えぇから・・・」
「でも・・・、嬉しかったけど悲しかった・・・。あんたと離れ離れになって・・・、赤の他人になっちゃう時が来るのかと・・・、思うと・・・、辛くて辛くて・・・、病院を離れたくなかった・・・」
「柳宿・・・」
「看護婦になってあんたと仕事できる保証も無いし・・・、もう一生会えなくなっちゃうのかなって・・・思うと寂しくて・・・」
柳宿の瞳から涙が零れて翼宿の白衣を静かに濡らした
「・・・アホ・・・!何でそんな事考えるんや・・・?誰がお前を忘れるか・・・!」
柳宿はその言葉にまた涙が溢れた
「・・・あのね・・・、翼宿・・・。あたしずっと・・・、言えなかった事があるの・・・」
視界が狭くなる
景色も歪んできた
でもそれでも翼宿から視線はそらさずに
「あたしね・・・、ずっと・・・、あんたの事・・・」
「好きだったよ・・・」
スキダッタヨ
感覚が消えた
視界が暗くなった
でもやっと言えたよ
これだけは
あんたのために・・・
ガラガラガラ
午前九時
手術室に一人の女性が運び込まれた
名前は柳宿
24歳 病名 悪性新生物
「すみません!どいてください!」
看護婦の呼びかけで一斉に廊下を歩いていた人々は散らばった
酸素マスクをして口の周りを真っ赤にした女性を見て患者はその場に凍りついた
「あれって、柳宿さん・・・?」
「どうしたのかしら・・・?もうすぐ退院って聞いたのに・・・」
手術中のランプが点いた
廊下には中井を始め美奈子看護婦率いるナースチームの姿もあった
「大丈夫かしら・・・?柳宿さん・・・」
「それよりも翼宿医師の血相変えた顔が何とも・・・」
「大丈夫・・・。翼宿は必ず成功して帰ってくるよ・・・」
「中井先生・・・」
手術室の中
「メス!」
翼宿は先輩医師と共に柳宿の手術に同行していた
その表情は今までに無いくらい険しく
『あんたがいいな・・・。担当医・・・』
『あたしの事治してくれるんでしょ・・・?絶対・・・』
『あたしのために頑張ってくれてたんだね・・・』
『あたしはこの病気を翼宿に治してもらいたいんだから!』
『鈍・・・』
『退院したら一日でも早く免許とれるようにさ!』
『好きだったよ・・・』
柳宿の台詞が頭の中を駆け巡った
死ぬな
死なないでくれ
俺だってずっと、お前の担当して得た事がたくさんあった
お前は只の患者やあらへん
お前は俺にとって大切な・・・
ピーーーーーーーーー
全てが真っ白になった
今何が起きた?
ゆっくりと顔を上げる
そのモニターに写されたのは、綺麗な地平線のような一本線
その表示は
0
「心停止です・・・」
『そしたらさ、あたしあんたと仕事したいな・・・』
もうすぐ退院の時だ
それまでに柳宿は翼宿へどう気持ちを伝えるか休憩室の窓際で考えていた
(あいつ医療の事には敏感だけど感情には今いち鈍感だからなぁ・・・。どうやったらこの気持ちを伝えられるんだろう・・・?)
マトモに恋もした事がなかった柳宿は頭を抱えて考えていた
(もうすぐ退院で嬉しいけど、このまま翼宿に会えなくなっちゃうのはもっと寂しいもん!看護婦になれるなんて保証もないんだし!まず絶対あいつに伝えなきゃ・・・)
ガラガラガッシャーン
「ちょっと!倉内さん!何やってるの!?」
けたたましい音に続いてけたたましい主任の声
柳宿は仰天して振り返った
「すみません!すぐに片付けます・・・」
「何言ってるの!これは503号室の稲田さんの大事な薬なのよ!?予備があったからよかったもののもしも貴重な薬だったらどうするつもりなの!?」
「す・・・、すみません・・・」
そこには慌てて片付けている看護婦と主任がいた
「いい!?看護婦は命を扱う職業なのよ!?自分の命を懸けてでも相手に尽くすの!その度胸が無いのなら看護婦なんて辞めなさい!!」
ベラベラ怒鳴りつけると主任はドンドンと足を踏み鳴らして廊下を歩いていった
「うっうっ・・・」
看護婦は涙を流しながら割れたビンの欠片を集めていた
「どうぞ・・・」
柳宿は看護婦にハンカチを差し出した
看護婦は呆気にとられていたが、我に返ると
「有難う御座います・・・」
と、ハンカチを受け取った
「これ、此処に入れればいいんですか?」
「あっ!大丈夫です!患者さんに怪我させたら・・・」
「平気ですよ!」
柳宿はそう言うと割れたビンの欠片を拾い集めて袋に入れた
「あの主任さんの言う事あまり気にしない方がいいですよ・・・。命を懸けるだなんて大げさな・・・」
「いえ・・・。主任の言う通りです・・・。看護婦は選んだ以上、患者さんと同じ立場に立ってあげなければいけない・・・。ミスをしたら下手をすれば患者さんの生命に関わる。そんな危険と隣り合わせの職業なんです。看護婦は・・・」
「・・・・」
「すみません!患者さんにこんなお話・・・!」
「いえ・・・。気にしてませんので・・・。」
「でわ、これで・・・。手伝わせてしまってすみませんでした・・・」
看護婦は立ち上がると割れたビンの欠片が入った袋を抱えて廊下の向こうへ歩いていった
「危険と隣り合わせ・・・か・・・」
再び休憩室に戻った柳宿は春の日差しを浴びながら今度はその事を考えていた
(・・・あたしに出来るのかな・・・?一回患者になった人が今度は患者と接しなきゃいけないなんて・・・)
「柳宿?」
振り向くと翼宿がいた
「たっ・・・」
「何やってんねん?病室にいないから心配して捜しに来とったんやで・・・?」
「・・・ごめんなさい・・・」
翼宿はそこで柳宿が少し元気が無い事に気付いた
翼宿は柳宿の横に腰掛けると
「・・・どないしたんや?何やしおれてるで?」
と、尋ねた
「えっ・・・!?別に・・・」
「嘘つくな!顔に出とる!!精神的ケアも医者の役目やからな!それも俺の担当や!!病は気から言うやろ?」
「・・・・」
「話してみ?俺でよければ力になるから・・・」
「うん・・・」
柳宿はこれまでの経緯を翼宿に話して聞かせた
「・・・さよか・・・。危険と隣り合わせ・・・か・・・。確かに言われてみればそうかもなぁ・・・」
「本当にそうなのかな・・・?そんなに張り詰めてたら患者さんのケアをきちんと出来ないんじゃないの?」
「せやけどな、看護婦は患者を助ける仕事やから少しは気つけなあかん事もあるんや・・・。それは医者の俺も同じやけどな。命を扱う仕事言うんはそんなに簡単やないし・・・」
「それは判ってるけど・・・」
「お前にはまだ早すぎるかもしれへんな。せやけどお前はお前なりのやり方でえぇんとちゃうんか?お前は信用できるからそんなに悪い態度はとれへん思てるから・・・」
「・・・そうだよね・・・」
「ま、まずは病気を治す事が先決や!退院まで後もうちょっとやしな!」
『退院』
柳宿の胸がチクリと痛んだ
嬉しいけど悲しい言葉
それは自分と翼宿を只の他人にしてしまうかもしれない言葉
今此処で言ってしまおうか?
でもそんな事言ったら彼はどう返すだろうか?
からかうだろうか、怒るだろうか、困るだろうか
そんな取り越し苦労がぐるぐると頭の中を回る
でも
「は・・・なれたく・・・ない・・・」
自分の胸の中で詰まっていた言葉が喉の奥から出かかった
「ん?」
翼宿にはよく聞こえなかったようだ
「何でもない・・・」
言える訳ない
自分は患者、彼は医者
彼の職業は色々な人物と関わっていく・・・
その内自分の事なんて頭の片隅から消えてしまうだろう
覚えていてもそれはつまらない人物
『昔、担当した只の大学の医学部仲間』
それだけだろう
「何でもない!有難う!話聞いてくれて・・・」
柳宿は無理に明るく振舞うと休憩室から出て行った
悲しい、悲しい
自分が悲しい
翼宿が好きで好きででもどうしようも出来ない自分が悲しい
頬を伝った雫は決して温かいものではなかった・・・
翌朝
柳宿は一睡も出来なかった
ベッドの上で何度も寝返りを打っている内に朝は来てしまった
手にはナースコール
でもコール出来ない
顔を見ると辛くなるから
どうしてこんなに好きになってしまったのだろう?
とりあえず頭を冷やそうと柳宿はまだ静かな病棟の廊下に出た
その時
ガラガラガラ
ワゴンを押す音が向こうから聞こえた
そこには一人の老婆
今にもぶつかりそうな距離
「危ない!!」
柳宿はとっさに老婆をかばった
ガシャーン ガラガラガラ
痛い
心が痛い
身体も痛い
全てが空っぽの感覚を覚えた
気付くと自分はワゴンから零れた器具の下敷きになっていた
老婆を下にかばって
息が苦しい
久々に感じた感覚
「大丈夫・・・ですか・・・?」
老婆に呼びかける
「お姉ちゃん・・・。あんたこそ・・・」
呆気にとられた老婆の顔が見えた
「柳宿さん!?大丈夫ですか!?」
ワゴンを押していた医者が慌てて柳宿に駆け寄った
「私は大丈夫です・・・。それよりお婆さんを病室に連れて行ってください・・・」
苦しさを必死で隠すように柳宿はニコリと笑いかけた
医者と老婆が廊下の向こうへ去っていったその時
ゴホッ
何か詰まったように咳き込んだ
手のひらを見るとそこには
鮮血
「翼宿医師!!」
「どうしたんですか?」
朝から駆け込んできた医師に翼宿は少々驚いた
「それが・・・、310号室の柳宿さんがお婆さんをかばって僕の押していたワゴンにぶつかったんです・・・。本人は大丈夫だと言っていたんですが心配で・・・」
「何やて!?」
翼宿は続きを聞かずに駆け出した。
翼宿は知っていた
悪性新生物は強い衝撃を受けた後に発生するのだと・・・
「柳宿!」
誰もいない廊下に横たわる柳宿
翼宿は柳宿を抱き起こした
「柳宿・・・」
柳宿のパジャマに点々と染まる鮮血
遅かったか
「・・・た・・・す・・・き・・・?」
腕の温もりを感じて柳宿は目を覚ました
「柳宿!大丈夫か!?今手術したるから・・・」
「・・・あたし・・・、間違ってたよ・・・。患者が危険な目に合っててほっとける訳ない・・・よね・・・?看護婦・・・ってさ・・・、それだけ重要な・・・、職業なんだよね・・・?」
「柳宿・・・!もう喋るな・・・!!」
「・・・もうすぐ退院なのにごめんね・・・」
「えぇから・・・」
「でも・・・、嬉しかったけど悲しかった・・・。あんたと離れ離れになって・・・、赤の他人になっちゃう時が来るのかと・・・、思うと・・・、辛くて辛くて・・・、病院を離れたくなかった・・・」
「柳宿・・・」
「看護婦になってあんたと仕事できる保証も無いし・・・、もう一生会えなくなっちゃうのかなって・・・思うと寂しくて・・・」
柳宿の瞳から涙が零れて翼宿の白衣を静かに濡らした
「・・・アホ・・・!何でそんな事考えるんや・・・?誰がお前を忘れるか・・・!」
柳宿はその言葉にまた涙が溢れた
「・・・あのね・・・、翼宿・・・。あたしずっと・・・、言えなかった事があるの・・・」
視界が狭くなる
景色も歪んできた
でもそれでも翼宿から視線はそらさずに
「あたしね・・・、ずっと・・・、あんたの事・・・」
「好きだったよ・・・」
スキダッタヨ
感覚が消えた
視界が暗くなった
でもやっと言えたよ
これだけは
あんたのために・・・
ガラガラガラ
午前九時
手術室に一人の女性が運び込まれた
名前は柳宿
24歳 病名 悪性新生物
「すみません!どいてください!」
看護婦の呼びかけで一斉に廊下を歩いていた人々は散らばった
酸素マスクをして口の周りを真っ赤にした女性を見て患者はその場に凍りついた
「あれって、柳宿さん・・・?」
「どうしたのかしら・・・?もうすぐ退院って聞いたのに・・・」
手術中のランプが点いた
廊下には中井を始め美奈子看護婦率いるナースチームの姿もあった
「大丈夫かしら・・・?柳宿さん・・・」
「それよりも翼宿医師の血相変えた顔が何とも・・・」
「大丈夫・・・。翼宿は必ず成功して帰ってくるよ・・・」
「中井先生・・・」
手術室の中
「メス!」
翼宿は先輩医師と共に柳宿の手術に同行していた
その表情は今までに無いくらい険しく
『あんたがいいな・・・。担当医・・・』
『あたしの事治してくれるんでしょ・・・?絶対・・・』
『あたしのために頑張ってくれてたんだね・・・』
『あたしはこの病気を翼宿に治してもらいたいんだから!』
『鈍・・・』
『退院したら一日でも早く免許とれるようにさ!』
『好きだったよ・・・』
柳宿の台詞が頭の中を駆け巡った
死ぬな
死なないでくれ
俺だってずっと、お前の担当して得た事がたくさんあった
お前は只の患者やあらへん
お前は俺にとって大切な・・・
ピーーーーーーーーー
全てが真っ白になった
今何が起きた?
ゆっくりと顔を上げる
そのモニターに写されたのは、綺麗な地平線のような一本線
その表示は
0
「心停止です・・・」
『そしたらさ、あたしあんたと仕事したいな・・・』