TEACHER×STUDENT

理科室の扉を開ける
そこには誰も居ない

職員会議なのか?
ちょっと凹む
まぁ、たまには良いや
こんな広い理科室に一人っていうのも

窓際の涼しい席に腰掛ける
校庭を眺める
夕焼けが地面や人、全てを橙色に染めている
まるであいつの様に
その時
その中でも一際目立つあの橙色の頭を発見
見ると結構理科室のまん前に居た
白衣のままで、陸上部の部員と話しながら笑っている

そっか
あいつ陸上部の顧問なんだ
速いもんね


彼にとっては久々の部活顔出しかもしれない
ずっと自分に構ってもらっていたから
じっと見ていると、スタートラインに移動した翼宿が部員と一緒にスタートの構えをした

何?
まさか

パンッ

銃声で、その二人は一斉に駆け出した
速い
あんなに華麗で綺麗な走り、初めて見た
翼宿は部員と大きな差を広げてゴールした
白衣を着ててこれだけ速いのなら、スポーツウエア姿ならどれだけの速さなのだろう
部員に手を叩かれて笑っている
人気者なんだな、あいつは
そんな笑顔を見るとこっちまで嬉しくなっちゃう

「・・・翼宿先生を見てたの?」
ぎくっと横を見た
隣には養護教諭の桑島
カウンセリングも受け持っている優しくて美人な先生
「この頃如何したの?保健室にも顔出さないで・・・」
昔何度かお世話になった事が有る
翼宿の次に自分を見せられる存在
「好きな人でも出来た?」
横目で桑島は翼宿を見やった
「別にそんなんじゃありませんから・・・」
「そうなの?結構乙女な目で見てたわよ?彼の事・・・」
「珍しい走りだと思って見てただけですよ・・・」
冷静さを保つ柳宿の頭をそっと突付いた
「可愛いわね・・・。貴女もv」
「どうしてですか?」
「何処まで素直じゃないのよ!」
勘が鋭い養護教諭に柳宿は隠せなかった
「・・・如何すれば良いんですか?」
「何?」
「その・・・、生徒と教師の関係っていうか・・・」
「別に関係ないわよ。貴女が好きなら良いんじゃない?」
「・・・・」
「告白するの?」
「告白・・・?」
「でも重ねちゃ駄目よ。彼と昔の彼を・・・」
ぎゅっと唇を噛んだ
「彼は貴女の元彼氏とは違って真っ直ぐな人よ。きっと・・・」
「・・・判ります・・・」
五月の風が窓を吹き抜けて柳宿の髪の毛を靡かせた
「あたしが此処に居るのはあいつのお陰です・・・。あいつのお陰で学校が好きになってきました・・・」
「良かったじゃない・・・」
「只、上手く笑えなくて・・・」
「その内笑えるわよ。貴女の笑顔を彼も求めているわ・・・」
「翼宿が?」
「そうよ」
しばらく考え込んでいたが椅子から立ち上がると桑島にぺこんと頭を下げて理科室を出た

もう翼宿は五周目のランニングに差し掛かっていた
あれから調子に乗って部員のランニングに付き合っていたのだ
何時になっても緩まない速さ
白衣から見え隠れする長い足が大地を力強く蹴っている
汗の粒が落ちている
部員を励ましながら笑顔で懸命に走っていた
柳宿は校庭へちょっぴり出てその風景を眺めていた
翼宿を見るとどんどん自分の中の気持ちが膨らんできて、顔が火照ってくる
あたしらしくない
『その内笑えるわよ。貴女の笑顔を彼も求めているわ・・・』
桑島の台詞が頭の中に響く
その時
ランニングが終わった
部員と翼宿、共に息を切らしている
翼宿は部員に片手を挙げて別れを告げると此方へ向かってきた
「・・・翼宿!」
とっさに名前を呼んだ
その声に気づいて振り向いた翼宿は笑顔で手を振った
「何してんねん!お前。あ。また理科室来たんか?」
「まぁね・・・」
「すまんなぁ。今日は如何しても練習に付き合ってくれ言われてな。久々に走ったわ・・・」
額の汗を拭うその仕草が眩しくて
「速かったわね・・・」
「は?」
「さすが陸上一位。これ、使ってよ」
柳宿はピンクのスポーツタオルを翼宿に手渡した
「風邪引くわよ」
そう一言付け加えて
「おぉ。おおきに・・・」
この瞬間に笑顔を作れば良いのに
可愛くないあたし
何処が可愛いのよ、桑島先生

「口紅の色、変えたな・・・」

え?

とっさに言われた言葉に驚いた
翼宿はタオルに顔を埋めている
見ててくれたの?こんな細かい部分を
その言葉に思わず
笑っちゃった
「馬鹿・・・」
そう言いながらも小さく笑い続けた
翼宿も嬉しそうに笑う
こんなに笑ったのは何年ぶりだろう
「お前、やっぱり笑った顔が一番可愛ぇやん・・・」
そんな言葉が嬉しかった
「有難う」
心を込めてお礼を言った

仮面が壊れた
素顔が見えた
愛する人の側で
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