柚子ドロップス

ビシャッ!
墨が吹き付ける音が聞こえる
しかし、自分の体にそのような違和感はない
「玲春・・・行けるか?」
掠れた声に顔をあげると、翼宿の背中が見えた
しかし、その背中にも染み渡るような黒い墨が彼の全身を覆っていた
「翼宿!何やってるのよ!?その墨は・・・」
「ああ・・・ただの墨やなさそうやな」
むき出しになる白い犬歯
「はははっ!貴様は朱雀七星士翼宿!まだくだらん友情ごっこをしていたのか!」
「じゃかあし!!何年経っても、こいつは俺の仲間や!!貴様ら・・・やっぱり柳宿を・・・!」
「そうだ!我が西廊の繁栄に協力していただきたい!」
「渡す訳にはいかん!!」
翼宿が鉄扇を構える
「翼宿・・・体、何ともないの!?」
その瞬間、翼宿が左腕を抑えた
「印の部分はどうにか持ってるようやが・・・何や。それ以外は痺れてきよったで」
「ちょっと・・・翼宿」
「ええから!お前は、親御さん連れて隠れてろ!!」
まだ墨がついていない肘で玲春をどつくと、翼宿は黒炎に立ち向かう
バシャッ
また吹き付けられた大量の墨を、翼宿はひらりと交わす
「まだそんな力が残っているのかい?だいぶ応えているようだが・・・」
「くそっ!立ち向かっても墨だらけか・・・!」
(どこかに墨を溜めるもんがある筈や・・・どこにあるんや・・・)
そんなに広くはない家の中を、黒い影が暴れまわる

「どうしよう・・・どうしたら・・・」
涙目でその光景を見守るしかない玲春
その時

(投げて)

「え?」
(そこの壷・・・投げなさい!)
頭の中で、声が聞こえる
ふと見やるとそこには大きな口を開けた巨大な壷
胡の呉服屋繁盛を願って、村から送られたものだった
「だけど・・・こんな大きなものどうやって・・・」
(いいから!ぐずぐずしないで、投げなさい!)
恐る恐る、壷に手を伸ばす

翼宿は、痺れる体で精一杯墨をかわす
「はははっ!手も足も出ない!!そのまま、墨に溺れろ!!」
「くそ・・・意識が・・・!」
そんな翼宿に襲い掛かる墨

ドーーーーーーーーーーーーーーン

その時、2人の間に大きな壷が遮るように刺さった
その壷に、間一髪黒炎の墨は納まった
「何だ!?」
「翼宿!!足首の壷!!」
玲春が、翼宿に指示を出す
「くそっ!!」
翼宿は、その足首にスライディングをしハリセンの柄で壷を割った
パリン
「・・・・・・・・・・・・・・ぐっ」
「見つけたで」
「くそ・・・覚えていろ!!」
武器を失った黒炎は、悔しそうにその場を去っていった

「翼宿!!」
「玲春・・・あ!触るな、お前は・・・」
駆け寄る玲春から、翼宿は一歩身を引く
「はよ落とさなあかんな・・・ったく。とんだ能力者雇ったもんやな、西廊も」
「ほんと・・・まさか、こんな事になるなんて」
「それよりも、まずはお前の親御さんの墨落としたれや。くれぐれも、お前は墨に触らないようにな」
「うん・・・翼宿。あたし・・・」
「聞こえたんやな?柳宿の声が・・・」
あの声が、先祖の声
「まだ・・・使えるのかな?あたしの能力」
あの並外れた怪力は・・・彼の能力そのものだった
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