空翔けるうた~04~

図書館の静寂を切り裂くのは、艶のある吐息。
それは、まだ年若い学生同士が禁忌の駆け引きに溺れる声だった。
ソファに押し倒されたひなの制服を、小澤が掻き乱す。
「ねえ…やめてってば。小澤くん…」
「陽山さん…もしかして、初めてなの?」
静かに問いかけられる言葉に、ひなは一気に鳥肌が立つ。
「じゃあ、こんな事も初めてな訳?」
小澤の手が、必死に首を振るひなの制服の緩み目に入り込んだ。
「やめて…やめて…」
「なら…俺の女になる…?」
「………っ」
「ねえ。ひな…」
ワイシャツの下を、スカートの下を、それぞれ小澤の手が滑る度、ブルッと身震いがして吐き気がする。
「仕方ないな。よく見せてよ…ひな」
痺れを切らした小澤の手が、固く閉じた腿にかかった。

誰か…助けて。

「あれ?鍵が、かかってる…」
すると、図書室の扉の向こうで聞き覚えのある声がした。
それは、滅多に巡回に来ない図書委員会の担当教師の声だった。
「先生…」
「………チッ」
次には合鍵で鍵を開けようとする音がしたため、小澤は仕方なくひなから離れた。

カチッ
ガラガラ…
教師が鍵を開ける前に早く、小澤が中から鍵を開けて扉を開いた。
「あれ?小澤。お前が、鍵をかけたのか?」
「すみません、先生。うっかり鍵に手が触れたみたいで、鍵…かかっちゃってたみたいですね」
「中々、様子見に来られなくてすまなかったなあ。ちゃんと仕事してくれてるなら、それでいいよ」
「ええ…」
それだけを言い残すと、「じゃあ、俺は帰るわ」と教師はその場を後にした。
それに続き、ひなも鞄を抱えて図書室から飛び出す。
「………陽山さん」
しかし、次には背中からかけられる震え上がるような声に足を止めた。
恐る恐る後ろを振り向くと―――
「また、来週…楽しみにしてるよ」
小澤がいつもの微笑みを浮かべながら、そこに立っていた。



バタン!
ニャ?
血相を変えて自宅に飛び込んできたひなに、タマは首を傾げる。
その場に膝をつき、まだ異常に震えている肩を上下に擦る。
そこで、やっと我慢していた涙が頬を伝った。

酷いよ…小澤くん。
初めての事だったのに…

男の人と唇を重ねた事もない貞淑なひなにとって、痴漢のような拷問を受けた身体はボロボロに傷付いていた。
♪♪♪
すると、そんな身体にある重低音が強く響いてきた。
この音は、父親が奏でるベースの音だ。
そういえば、暫く家で作曲すると言っていたっけ。
ひなは覚束ない足取りで、フラフラと父親の部屋に向かった。


コンコン
「はい」
中の応答を確認すると、ひなは扉を開ける。
「…ひな。帰ったんか」
「うん…ただいま」
無理に笑顔を作ろうとするが、ちゃんと笑えているだろうか?
娘のそんな異変に特に気付かず、翼宿は再び譜面に視線を移す。
「母ちゃん。今日も、遅くなるらしい」
「そっか…」
「夕飯はいつものように作り置きしてるから、適当に食べろやて」
「うん…」
淡々と返答する仕草にさすがに翼宿も気になったのか、扉に立ったままのひなを見る。
「………どうした?」
「………………」
「学校で、何かあったか?」
「………………」
しかし、ひなは答えようとしない。
本人は、答えていいのか迷っているのだ。
YESともNOとも答えられず、その場に沈黙が流れる。
そこに、ひとつのため息が聞こえた。
「ひな…悪いけど」
「え?」

「用がないんなら、出てってくれるか?今、追い込みなんや」

彼の口から飛び出したのは、まさかの拒絶の言葉。
何とも、間が悪い訪問だったのだ。
ひなは絶句したが、「ごめん」と一言添えてその場を離れた。


パタパタパタ…
バタン!
「っく…うっ…」
ひなは自室に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

お父さんには、言えない。言えなかった。
自分の不注意で、汚い身体になってしまった事を。
だけど、一方で察してほしかったんだ。
その腕で、あたしの事もあの日の夜のように抱きしめてほしかったんだ―――
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