空翔けるうた~04~

ひなの発表会から、一週間。
柳宿の身辺も、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
職場と康琳の家を行ったり来たりしていた日々からも解放され、やっと一日休暇を貰える事になった。

ニャンニャン♡
久々に柳宿が家にいる事もあり、タマは彼女にまとわりついている。
「タマ。最近、構ってあげられなくてごめんね?今日は、ゆっくりしようね♡」
彼女自身も、徐々に明るさを取り戻しつつある。その理由は、リビングの棚に飾られてある娘のトロフィー。
精一杯頑張った娘のひなと、それを見守った父親の翼宿。
あの日に家族の絆が深まった事で、柳宿もまた頑張ろうと思えるようになったのだ。
「康琳の為にも…前、向かなきゃね」
そう、呟いた時だった。
♪♪♪
携帯が、一通のメールを受信した。
開くと、それは懐かしい人物からのもので。

「From:夕城社長
柳宿!久しぶりだな!
突然で悪いんだけど、ちょっと会社に顔出せるか?」

かつて所属していた、会社の社長からの直々の呼び出し。
もう一般人になった自分には、縁のない呼び出しの筈だが…
しかし無下に断る訳にもいかず、柳宿はすぐさま出かける準備を始めた。


コンコン
「失礼します…」
「柳宿!!久しぶりだな~!!元気だったか!?」
社長室の扉を開けると、開口一番に声をかけてくれたのはソファに座る夕城社長だった。
「ご無沙汰してます!スゴく久しぶり…って、あれ?」
彼の向かい側には、鬼宿と夫の姿もある。
「まあ!まずは、座れ!お前の席に!」
「あ、あの…これって、どういう…?」
夕城社長と机を挟んで、鬼宿、翼宿、柳宿の順で座る。この図は、まさか…
「さあさあ!諸君!来月の3/3は、何の日か分かってるか?」
「3/3??」
3人の内、2人は分かっていない。
しかし、鬼宿だけは分かっていた。
「空翔宿星のデビュー20周年記念日」
「鬼宿くん!大正解!!」
「お前、よく覚えてるな。気持ち悪い」
「んだよ、翼宿!それが、愛着心のあるリーダーにかける言葉かよ!」
久々の言い合いを前に、社長はうんうんと満足そうに頷いている。
「そこでだ!その3/3から、東京ドームで3日間限定の空翔宿星復活ライブの決定だ!!」
その提案に、暫しの間流れる沈黙。
「「はい!?」」
デビューを持ち掛けられた時と同じく、声を大にして反応したのは鬼宿と柳宿だった。
「何、言ってるんですか!?夕城社長!あたし達、もう40ですよ!?」
「そうですよ…さすがに、こんな親父達の復活望んでるファンなんて。翼宿は、別にしても」
「あのなあ!今でも、空翔宿星復活希望の投書がスゴいんだぞ!ホラ!」
社長が部屋の片隅に置いてあった投書箱を逆さにすると、溢れんばかりの葉書が出てくる。
「でも…今から、練習って事ですよね?後、半月しかないじゃないですか」
「お前らなら、大丈夫だろ!柳宿も、何とか職場と折り合いつけてさ~お願い!」
「…やから、言うたやろ。相変わらず、労基法違反の会社や」
翼宿は、ここでやっと言葉を吐く。
「………本当に、復活出来るんですか?俺ら…」
「もちろんだ!」
「本当は…ずっと、子供達に言われてたんです。お父さんのドラム、生で見てみたいって…」
「たま」
徐々に、瞳を輝かせる鬼宿。柳宿とて、この話は決して嫌な話ではない。
職場と折り合いどころか、きっと周りも喜んで背中を押してくれる事だろう。
「ひなちゃんだって、同じ気持ちなんじゃないのか?」
そんな柳宿の心を読んだかのように、社長は優しく声をかけてくる。
そこで、柳宿は翼宿を見る。
「………翼宿」
「お前がよければ…な。俺は、仕事やし」
そして、最愛の夫ともまた演奏できる喜びをここで実感する。
「やろう…やろうよ!空翔宿星復活!」
「そうこなくっちゃな!」
3人が意思統一したところで、社長はガッツポーズをした。

これから、半月。
それぞれの生活もあるので、午後の時間を練習にあててスケジュールが組まれる事になった。
そして鬼宿と柳宿は嬉しそうに帰っていったが、翼宿はその場に残るよう言われていた。

「でさ…翼宿。お前のアルバムの音源聞かせてもらったんだけど…」
「はい」
先程とは、一転。神妙な面持ちで、社長は翼宿に向かい合う。
「毎晩、遅くまで会社に残って作曲してるって、たまに聞いたよ。だけど………すまない。この曲のいくつか、リライトして貰っていいか?」
「え?」
これまで曲を突き返される事はあまりなかった翼宿は、社長のこの言葉を上手く飲み込めずにいた。
「ごめんな?前の社長もそうだったと思うんだけど、音楽会社は常に変化を求めるものなんだ。お前の最近の曲は、少々マンネリ化しすぎてる。何ていうか…『一人』の雰囲気のものが多い気がして」
「一人…」
確かに、他者と切り離した空間で作るものにはその時の感情が表れやすい。
社長の言葉に、翼宿は納得をした。
「すみません…一人の方が集中出来るので、敢えて家から離れてた部分もありました。そこが、露骨に出たんですかね」
「そこなんだよ!お前の家庭、円満なんだからさ!たまには柳宿の飯食いながらだとか可愛い娘の顔見ながらだとかしながら作れば、またいい曲が浮かぶかもしれないぞ?」
確かに、一理あるかもしれない。
「分かりました。リライトしてきます」
「すまないな…ライブの事もある上に納期も迫ってるけど、よろしく頼むぞ」
「いいえ…大丈夫です」
本当は誰よりも頑張り屋な翼宿は、微笑みながら答えた。


「空翔宿星が、復活!?」
「そう!3/3が、ちょうどデビュー20周年なのよ。それに便乗して、社長がね…」
「スゴい!スゴいじゃん、お母さん!」
夕飯の席で発表されたその知らせに、ひなは瞳を輝かせる。
「いい歳してバンドグループだなんて、恥ずかしいけどね…練習期間は仕事も午前中だけにして貰って、スタジオで練習する事になったから」
「絶対、見に行くから♡楽しみだなあ~」
DVDの中でしか見た事がない父親と母親の姿をグループとして見られるのは、娘として願ってもない事だった。
「それとね~ひなに、もうひとつ朗報♡」
「?」
「お父さん、暫く、家で仕事するってさ!」
「え?」
「環境変えて作曲してみろって、社長に言われたんだって。練習が終わったら、あたしと一緒にまっすぐ帰る事になったのよ」
その言葉に、ひなの頬は紅潮する。
「まあ仕事だからあんまり長話は出来ないけど、あんたも息抜きに普段話せない事お父さんに話してあげてよ」
「うん…ありがとう。お母さん」
本当に、本当に夢のような知らせの連続だった。

夕食を終えて自室に入ると、早速、空翔宿星の当時のCDを手に取る。
今よりもずっと若い3人だが、彼らから放たれる輝きは今も昔も失われていない。
そして、父親も…また。
「あたしも…お父さんに負けないように、頑張ろう」

発表会の後、翼宿に励まされた時に、ひなは何となく自分の中の翼宿の存在の意味が分かった気がした。
彼は永遠の憧れであり、永遠に特別な存在。
そして、また、父親にとっても自分は特別な存在である事を実感して、ひなの中に小さな自信が生まれた。

あれからの引っ掛かりは、やはり小澤の事だが。
発表会後の打ち上げでも、結局、誰にもあの告白の事は話していない。
明日は、あれ以来の図書委員の当番だがきっと上手くいくだろう。
周りでは、こんなにも事が上手くいきすぎているのだから…



カラーンコローン
今日も終業の鐘が鳴り、生徒達は校門を潜り抜けて帰宅していく。
そんな光景を階下に見ながら、ひなは図書委員の当番をこなしていた。

コツコツコツコツ…

今日は、まだ、小澤の姿は見えない。
欠席でも、しているのだろうか?
だけど、その方がいいのかもしれない。
少し距離を置けば、彼もきっと諦めてくれるに違いない。

コツコツコツコツ…

最後の本を、本棚に戻し終えた時…
カラカラ…
誰かが扉を開ける音が聞こえ、ひなの体はびくついた。
恐る恐る、振り返ると。
「小澤…くん」
それは、まさしく彼の姿だった。
彼は、ニッコリと微笑む。
「ごめんね?遅れちゃって…」
「う、ううん!大丈夫!もう、仕事終わるから…今日は、小澤くん…早く帰ってもいいよ?」
足早に籠を持ち上げて、カウンターに戻ろうとするが。
ガタガタッ
次には、持ち上げた籠が床に落ちた。
小澤が、ひなの体を後ろから抱きしめたから――――
「っ!小澤くん!?もう、やめて!離して!」
「ピアノの発表会…終わったんでしょ?」
耳元で聞こえるその声に、全身に鳥肌が立つ。
「どうして…」
「見てたよ。綺麗に着飾ってピアノを弾いていた…君の姿を」
「………っ!」
「大会が終わった後、暖かいご両親やお知り合いに囲まれてて…羨ましかったよ。ねえ。僕も、その仲間に入れてくれないかい?」
小澤は、最初から最後まで自分をずっと見ていたのだ。
まるで、ストーカーのように…

「小澤くん…こないだはハッキリ断れなかったけど…あたし、あなたの事は友達にしか見られないの。だから…お願い。離して」
その言葉に頭に血が上った小澤は、ひなの胸をグッと触る。
「や…やだっ!!」
「騒いだら、ダメだよ…ここは、図書室だ」
「…………小澤…く…」
「中からしっかり施錠したから、誰も来ない。僕と君だけだよ…ねえ。誰にも見せた事がない…君を見せてよ」

嫌だ。助けて…
お母さん…お父さん。
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