空翔けるうた~04~

とある夕焼けの日。閑静な住宅街を、小さな少女が父親と母親に手を引かれて歩いている。

『ひな、大きくなったら何になりたい?』
『おとうさんとおかあさんみたいなかしゅになりたい!』
『はは…勘弁せえや。母ちゃんに似た泣き虫歌手になったら、一人じゃやってけへんで』
『ちょっと!それ、どういう意味よ!?』
『おとうさんとおかあさんも、かしゅつづけてる?ひなといっしょに、うたえる?』
『どうだろうな~お父さんは、続けてるかもね!』
『おとうさん!ひなといっしょに、おうたうたおうね!やくそくだよ!』
『あーへいへい。楽しみにしてるわ』
苦笑いした父親と舌ったらずな娘は、小指と小指を絡ませた。



十三年後―――

Tasuki 20nd Single
「Will~地図にない場所へ~」
オリコン1位 初動売上:146万枚

渋谷のディスプレイには、大きな翼宿の広告が飾られている。
20年前よりも渋味を増した彼の姿は貫禄を持ち、今や老若男女に受け入れられている。
「この歳になっても応援出来るなんて、嬉しいわ~」
「既婚でも、離れる事が出来ないなんて不思議よね~パパになって、ますます磨きがかかってるからかしら?」
「でも、娘さん。もう、高校生でしょ?翼宿よりも、柳宿と話す方が多い年頃なんじゃない?」
20年前から応援している翼宿と同世代の女性は、そんな事を語り合いながらディスプレイを見上げるのであった…


「陽山さん!今回のお父さんのCDの売上も、スゴいね!」
「うちのママも、いい歳して3枚も買ってたよ~」
「家では、お父さん、どんな感じで過ごしてるの?」
今日も、野次馬根性の女子高生が自分の周りに群がっている。
この質問も、高校に入学してから既に25回目。
陽山ひなは、ふうと小さくため息をついた。
「お父さん、あたしが寝てから帰ってくるから…中々、会えないの。忙しいんだと思うよ」
「やっぱり、そっか。陽山さん、何だか寂しいよね」
「まあ、あんな美人な柳宿お母さんがいれば、大丈夫か!いいな~美男美女の娘で!」
そして、この流れもお決まりで。
芸能人の子供は、大変だ…苦笑いをしながら、ひなはその場を離れた。


「ただいま~」
「ひな!お帰りなさい」
ニャン♡
玄関のドアを開けるとリビングの電気がついており、中からは母の声と猫の声が聞こえる。
「あれ!?お母さん、今日は仕事じゃなかったの?」
「今日は、休みよ~14連勤だったんだもの。さすがに、休み貰わないと!ひなの好きな唐揚げ作ったから、一緒に食べよ!」
唐揚げをのせた大皿を持って、母親の柳宿はニッコリと微笑んだ。

舌ったらずだったひよこのような娘も、今や華の女子高生。
陽山ひなは、国民的アーティストとして今もその名を轟かせている翼宿と、元・空翔宿星メンバーの柳宿の一人娘。
柳宿も普段はピアノの講師の仕事をしているためいつもは飼い猫のタマ(2代目)とお留守番なのだが、今日は休みを貰ったとの事。
久々の、母子団欒の一時である。
しかし、当の父親はといえば―――

『それでは、今回もミリオンを達成したTasukiさんの新曲をどうぞ!』
「今日も、お父さんは生放送か」
「そうよ~これで、3日目」
「年末シーズンだからね…アーティストは、かきいれ時なんでしょ?」
冷静に唐揚げをつまむ娘の姿に、母親は目を細める。
「…寂しい?」
そして母親のこの言葉に、ひなは唐揚げを喉に詰まらせた。
「むっ!な、何、言ってるの!?もう、3歳の子供じゃないんだし…いい加減、大人の事情ってものを理解してるわよ!」
「ふふ…あんたって、ホント昔の母さんにそっくり…」
「え?」
本音を突かれると、分かりやすく動揺するところだ。
「何でもないわよ。けど、あんただって、もう高校生なんだし。逆に、高校生ならではの悩みも出てくるでしょ?その時は、一人で抱えないであたしに相談するのよ?お父さんよりは、時間取れるんだから」
「うん…ありがとう」
ニャン♡
足元のタマも、嬉しそうに鳴き声をあげた。
ひなにとって、母親の柳宿は姉のような存在。
そのくらい、この母子+タマの仲は順調そのものであった。


だけど、そんな母親でも知らない事がある。
ひなは、こっそりブラウン管に映る父親の姿を見つめる。

『歌手の卵に、なるんやろ?待ってるんやからな…俺』

昔々に、口下手だけどとても頼りがいのある父親に声をかけられた大切な思い出を胸に、今も自分は毎日を頑張っているのだという事を。
それは、どこか淡い恋心に似た感情に似ている気持ちなのだという事を―――
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