空翔けるうた~04~

「社長!お疲れ様です!」
「ああ…攻児。お疲れ」
いよいよ、空翔宿星復活ライブ当日。
舞台袖で客席が埋まるのを心配そうに眺めていた社長に、社員であり翼宿のマネージャーでもある攻児が声をかける。
「いよいよですね!…って、何で、そんな深刻な顔してるんです?」
「いや。公式サイトで柳宿が翼宿の代役になるのを発表したのが、昨夜遅くだったろ?客の入り…どうなるかなあって思って」
「…………ああ」
「センターが代役となると、さすがの柳宿でもみんなには受け入れられないんじゃないかって」
「社長…その心配は、杞憂に終わりますよ」
攻児の微笑みに、社長は首を傾げる。
「俺、客が開場待ってる横から、入ってきたんですけどね…」


「おお!?ま、満員じゃねえか!」
「嘘…」
同じく反対側の舞台袖から、社長と同じような理由で客席を見守っていた鬼宿と柳宿。
あっという間に埋まった客席に、唖然とする。
翼宿の代役に柳宿が立つ事に嫌な顔をしている客は誰一人とおらず、皆、瞳を輝かせながら開演を待っている。
「柳宿…よかったな!ファンのみんなは、寛大だよ」
「どうしよう…たま」
しかし、当の本人は口許を手で覆いながら震えている。
「大丈夫…全25曲。お前は、この一週間で完璧に覚えただろ?翼宿の為にも、精一杯楽しもうぜ?」
鬼宿がそう言って微笑むと、後ろに控えていたバックバンドもおお!と声をあげる。
そして、奇跡を起こした翼宿の代役もその言葉に力強く頷いた。
ライブが、始まる―――


一方、病院では…
「はあ!?外出許可、出せない!?」
「今日の検査結果ですと…外出をして、ましてや腹式呼吸で声を出すのは許可できませんね」
「な、何、言ってるんすか!?話が、違いますよね?」
翼宿らしからず、声を荒らげるその訳は。
ライブ最終日に外出許可を貰う約束で検査を進めてきたのだが、どうにも怪我の治りが悪いとの事。
当然約束が違うので翼宿は反抗する訳だが、主治医は彼のその態度にきつく口を結ぶ。
「陽山さん?気持ちは痛いほど分かりますが、怪我の完治時期はわたし達医者にも予測出来ません。お仕事も大切ですけど、まずは自分の体調を万全にしないと…」
「…………っ。ですけど…」
「とにかく、外出は許可できません。あなたの為です」
「………………」
絶望的なその言葉に、翼宿はもう何も言い返す事が出来なかった―――


「お疲れ様でーす!」
「お疲れ様ー!」
午後8時。ライブを終えたスタッフ達が、次々に帰っていく。
「皆さん!どうも、ありがとうございました!明日も、よろしくお願いします!」
リーダーの鬼宿は、そんな彼らに深々と頭を下げる。

一日目のライブは、何とか成功。
温かいファンと温かいスタッフのお陰で、何とか形があるものになった。
そして、誰よりも頑張ったのは…

「柳宿。よく、やったな!」
社長が、向かいに座る代役に声をかけた。
「お前の才能には、脱帽だよ!そして、さすが、翼宿の妻だ!」
「いえ…あたしは…」
「何だ?物足りなさそうな顔してるな?」
元々持っているボーカル力とコピーされたベースラインは、ほぼ完璧なものだった。
なのに、柳宿はなぜか俯いている。
「ベースライン…乱れてました。緊張と焦りのせいで、あいつのように自信を持って弾けていなかった」
その言葉に、社長と鬼宿は顔を見合わせる。
「柳宿?それは、仕方がないよ。お前と翼宿は、違う」
「そうだよ。確かにここはプロの世界で単なるコピーは通用しないけど、今回の事は急を要する事だったんだ。お前は、十分翼宿の代わりに…」

「でも今日の演奏を翼宿が聴いたら、あいつは怒ると思います」

柳宿の真剣な言葉が、二人のフォローを遮った。
その場に、沈黙が流れる。
「あたし…もう少し、会社のスタジオで練習していきます」
「な、何、言ってるんだよ!?柳宿…明日もあるんだから、早めに帰って休まないと…」
「明日には、響かないようにしますので…」
柳宿を、慌てて引き止める鬼宿。しかし。
「分かった」
了解の返事を返したのは、社長だった。
「社長!?何、言ってるんですか!?」
「鬼宿。こいつの頑固さは、翼宿を超えるもんだ。そんなの、俺よりずっと一緒にいたお前の方がよく分かってるだろ?」
「………それは」
「だけどな?柳宿」
彼の呼びかけに、柳宿は顔をあげる。
「あんまり、自分を追い詰めるなよ?俺は、翼宿はお前にそこまで求めていないと思う。」
「…………分かりました。お疲れ様です」
柳宿はそのまま深々とお辞儀をして、控室を後にした。


ブロロロロ…
「そこまで求めていない…か」
会社の駐車場に車を停めると、柳宿はポツリと呟いた。
車内には、空翔宿星の音楽が絶えず流れている。

翼宿のためとか、言ってるけど…
ホントは、違うんだよね。
確かにあいつの音楽に懸けるプライドをそのまま引き継ぎたい気持ちはあるけど、そんなの無理な事くらい分かってる。
あいつがいないあの空間が耐えられなかったから、あたしは…

Plllllllllll
その時、鞄の中の携帯が鳴った。
ウインドウを見ると、『愛瞳』の名前。
「もしもし」
『もしもし?柳宿ちゃん?』
それは、夫の姉からだった。
『聞いたよ?あんた、翼宿の代役やってるって…大丈夫なの?』
「ご心配おかけして、すみません…あたしは、大丈夫です!何とか、無事に一日目も終わりましたので…」
『せやけど、あんた、すぐに無理するから…まっすぐ家に帰ってるんやろね?』
その言葉に、柳宿はドキリとする。
「お義姉さんには、何でも分かっちゃうんですね…」
『あんたが、分かりやすいんだよ』
もったりした優しい関西弁に、今なら自分の中の素直な気持ちを吐き出せそうな気がした。
「お義姉さん…あたし、翼宿が助かってホントに嬉しいと思ってます。だけど…一緒に立つ筈だったステージにあいつがいなくてあたしが代わりに歌ってる…その現実が、耐えられませんでした」
『…うん』
「最終日には駆け付けてくれるって言ってますけど…ホントに駆け付けてくれるか不安で…その不安を打ち消したいから、もっともっと練習したくて…翼宿がここで演奏してるって錯覚出来るくらい、上手くなりたくて」
『そっか』
本音を漏らした事で、我慢していた涙が溢れる。

『柳宿ちゃん?翼宿も、この3日間飛び出したい気持ちを押さえて検査頑張ってると思う。だから、後は翼宿を信じて…さ。あんたに出来る事を、精一杯やったらええんよ。あんたが笑顔でいてくれる事を、あいつは一番に望んでると思うよ』
「ありがとうございます…お義姉さん」
『あたしも、最終日行くからね!今日は、ちゃんと寝てね?』
「はい…おやすみなさい」
少しの元気を届けてくれた電話を切ると、柳宿は携帯をギュッと握り締める。
そして、手元にあるベースを持った。
「一時間だけにしよう…」

翼宿。来てくれるよね?
最終日…絶対に。
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