百花繚乱・第一部
厲閣山ふもと、一人の少年が山へ向かって急いでいた。
彼の名は、幻狼。
『頭………何で、俺を置いていったんですか…何で…』
そう。先代の頭が亡くなったという訃報を受けたのだ。
どんな時も慕っていた、憧れの存在。
その亡骸に会う為、彼は走っていた。
厲閣山では、朱雀七星が大暴れしているとも知らずに…
『あたし、体に文字を持っている人を探してるの。あんたが、探してる翼宿なんじゃないかと思って~』
人質の癖に、朱雀の巫女・夕城美朱はそう言って無邪気に笑う。
『し、知るか、んなもん!』
幻狼はギクッとしたが、すぐに話を逸らす。
面倒やな…こいつ、朱雀の巫女やったんかい…。
頭の座を取り戻す為に、幻狼は睿俔の部屋にいた少女を誘拐してきた。
しかし実はこの女は、自分が一番関わりたくなかった朱雀の巫女だったのである。
だが、事態はもう後戻りは出来ない。
睿俔は先代が亡くなった事をいい事に形見の鉄扇を奪い、本当は自分が指名されていた頭の座に勝手に成り上がったのだ。
先代の意思を無視して、彼に好き勝手にやらせる訳にはいかない。
攻児とも合流して話し合った結果、幻狼は鉄扇を取り戻すために睿俔に決闘を申し込む事に決めた。
そして、お人好しの美朱もそれに協力する事になったのだった。
『ええか!幻狼は、必ず今夜来る!みんなで、袋叩きにするで!』
『おおーーー!』
再び忍び込んだ屋敷には、山賊に偉そうに指示を出している睿俔の姿が見える。
指示を受けている山賊は、かつて幻狼に忠誠を誓っていた仲間達であった。
『…みんな、言いなりになりよって…情けないで』
唇を噛み締めて悔やむが、皆、睿俔が大事そうに抱えているあの鉄扇の威力が怖いのだ。
一刻も早く鉄扇を取り戻して、仲間達を解放してやらなければ。
意を決して、侵入を試みようとすると。
『どわっ!!』
突然、茂みから剣が突き出てきた。
『見つけたぞ!貴様、よくも美朱に手をかけたな!』
剣を掲げていたのは、美朱と一緒にいた星宿という男。
後ろには、柳宿というもう一人の仲間もいた。
『幻狼!待ってたで!!』
屋敷への侵入が成功するも、狭い廊下の中ではいとも簡単に見つかってしまう。
星宿と柳宿を含めた五人は、あっという間に山賊に囲まれてしまった。
その中には、睿俔に寝返ったたくさんの仲間の姿も見える。
『くそ…仲間とも闘わなあかんのか…』
自分達に剣を向けている彼らの姿を目の当たりにすると、やはり冷静ではいられない。
幻狼は悔し紛れに、思わずその本音を漏らした。
するとその言葉を聞いた美朱が、突然、単身で山賊の輪の中に駆け出した。
わっと睿俔に掴みかかると、彼が持っている鉄扇に必死に手を伸ばす。
『ハリセンを返して!それは、幻狼さんのよ!返してあげて!』
え…何で…何で、こいつ、そんな事まで…。
呆気に取られている内に、睿俔は美朱の首に手をかけた。
『少しでも動いたら、絞め殺すで…』
その場には、殺伐とした空気が流れる。
『美朱!』
『あたしは…大丈夫…!みんなも…最初は、幻狼さんの仲間だったんでしょ…!?どうして、簡単に仲間を裏切れるの…!?』
『あ…』
それは幻狼の心の声だと、誰しもが気付いた。
その説得に、山賊達は静かに武器を降ろしていく。
『じゃかあしい!!』
しかし怒りがおさまらない睿俔は、凄みをきかせた形相で彼女の首を締め上げる。
『もう、ええ!やめえ!』
『やめろ!殺すなら、わたしを殺せ!』
息絶えようとしている美朱の姿を前に、幻狼達は何もする事が出来ない。
『………おんどれえ…!』
どうすれば…
その時。
一人の少年が、宙を舞った。
『た…鬼宿!!』
突然現れたその少年は、睿俔と襲い掛かる山賊を次々に薙ぎ倒して美朱を救い出した。
『幻狼!鉄扇を!』
『お、おう!』
ここまで来れば、後は次期頭の出番。
怯んだ睿俔に向かって疾走していくと、傍らに落ちていた鉄扇を素早くもぎ取った。
後から知った話では、先程の少年は呪符が作り出した幻影だったようなのだが。
朱雀の巫女の勇気とその幻影のお陰で、幻狼は頭の座を無事に取り戻した。
『巫女さま!ありがとうございました!俺達どうかしてました…』
『そんなの、いいよ!ただ一つだけ教えて!この中に、翼宿はいる?』
美朱はここに来てやっと、この山に近付いた本来の目的を口にした。
攻児はその言葉に、思わず隣の親友を見た。
『え…知ってるか?』
『いや…俺は知らない…』
その正体が誰なのかを知らずにざわつく仲間を尻目に、幻狼はくっと唇を噛む。
無理や…今の俺には…朱雀の巫女を護る事は出来ない…。
そして、静かに口を開いた。
『俺、知ってるで』
『え、本当?』
だから、嘘をつかせてくれ。
『翼宿は、亡くなった先代の頭や。つまり、もうこの世にはおらへん』
一緒に行く事は、出来ない。
彼の名は、幻狼。
『頭………何で、俺を置いていったんですか…何で…』
そう。先代の頭が亡くなったという訃報を受けたのだ。
どんな時も慕っていた、憧れの存在。
その亡骸に会う為、彼は走っていた。
厲閣山では、朱雀七星が大暴れしているとも知らずに…
『あたし、体に文字を持っている人を探してるの。あんたが、探してる翼宿なんじゃないかと思って~』
人質の癖に、朱雀の巫女・夕城美朱はそう言って無邪気に笑う。
『し、知るか、んなもん!』
幻狼はギクッとしたが、すぐに話を逸らす。
面倒やな…こいつ、朱雀の巫女やったんかい…。
頭の座を取り戻す為に、幻狼は睿俔の部屋にいた少女を誘拐してきた。
しかし実はこの女は、自分が一番関わりたくなかった朱雀の巫女だったのである。
だが、事態はもう後戻りは出来ない。
睿俔は先代が亡くなった事をいい事に形見の鉄扇を奪い、本当は自分が指名されていた頭の座に勝手に成り上がったのだ。
先代の意思を無視して、彼に好き勝手にやらせる訳にはいかない。
攻児とも合流して話し合った結果、幻狼は鉄扇を取り戻すために睿俔に決闘を申し込む事に決めた。
そして、お人好しの美朱もそれに協力する事になったのだった。
『ええか!幻狼は、必ず今夜来る!みんなで、袋叩きにするで!』
『おおーーー!』
再び忍び込んだ屋敷には、山賊に偉そうに指示を出している睿俔の姿が見える。
指示を受けている山賊は、かつて幻狼に忠誠を誓っていた仲間達であった。
『…みんな、言いなりになりよって…情けないで』
唇を噛み締めて悔やむが、皆、睿俔が大事そうに抱えているあの鉄扇の威力が怖いのだ。
一刻も早く鉄扇を取り戻して、仲間達を解放してやらなければ。
意を決して、侵入を試みようとすると。
『どわっ!!』
突然、茂みから剣が突き出てきた。
『見つけたぞ!貴様、よくも美朱に手をかけたな!』
剣を掲げていたのは、美朱と一緒にいた星宿という男。
後ろには、柳宿というもう一人の仲間もいた。
『幻狼!待ってたで!!』
屋敷への侵入が成功するも、狭い廊下の中ではいとも簡単に見つかってしまう。
星宿と柳宿を含めた五人は、あっという間に山賊に囲まれてしまった。
その中には、睿俔に寝返ったたくさんの仲間の姿も見える。
『くそ…仲間とも闘わなあかんのか…』
自分達に剣を向けている彼らの姿を目の当たりにすると、やはり冷静ではいられない。
幻狼は悔し紛れに、思わずその本音を漏らした。
するとその言葉を聞いた美朱が、突然、単身で山賊の輪の中に駆け出した。
わっと睿俔に掴みかかると、彼が持っている鉄扇に必死に手を伸ばす。
『ハリセンを返して!それは、幻狼さんのよ!返してあげて!』
え…何で…何で、こいつ、そんな事まで…。
呆気に取られている内に、睿俔は美朱の首に手をかけた。
『少しでも動いたら、絞め殺すで…』
その場には、殺伐とした空気が流れる。
『美朱!』
『あたしは…大丈夫…!みんなも…最初は、幻狼さんの仲間だったんでしょ…!?どうして、簡単に仲間を裏切れるの…!?』
『あ…』
それは幻狼の心の声だと、誰しもが気付いた。
その説得に、山賊達は静かに武器を降ろしていく。
『じゃかあしい!!』
しかし怒りがおさまらない睿俔は、凄みをきかせた形相で彼女の首を締め上げる。
『もう、ええ!やめえ!』
『やめろ!殺すなら、わたしを殺せ!』
息絶えようとしている美朱の姿を前に、幻狼達は何もする事が出来ない。
『………おんどれえ…!』
どうすれば…
その時。
一人の少年が、宙を舞った。
『た…鬼宿!!』
突然現れたその少年は、睿俔と襲い掛かる山賊を次々に薙ぎ倒して美朱を救い出した。
『幻狼!鉄扇を!』
『お、おう!』
ここまで来れば、後は次期頭の出番。
怯んだ睿俔に向かって疾走していくと、傍らに落ちていた鉄扇を素早くもぎ取った。
後から知った話では、先程の少年は呪符が作り出した幻影だったようなのだが。
朱雀の巫女の勇気とその幻影のお陰で、幻狼は頭の座を無事に取り戻した。
『巫女さま!ありがとうございました!俺達どうかしてました…』
『そんなの、いいよ!ただ一つだけ教えて!この中に、翼宿はいる?』
美朱はここに来てやっと、この山に近付いた本来の目的を口にした。
攻児はその言葉に、思わず隣の親友を見た。
『え…知ってるか?』
『いや…俺は知らない…』
その正体が誰なのかを知らずにざわつく仲間を尻目に、幻狼はくっと唇を噛む。
無理や…今の俺には…朱雀の巫女を護る事は出来ない…。
そして、静かに口を開いた。
『俺、知ってるで』
『え、本当?』
だから、嘘をつかせてくれ。
『翼宿は、亡くなった先代の頭や。つまり、もうこの世にはおらへん』
一緒に行く事は、出来ない。