百花繚乱・第一部

翼宿の居場所は、テントからそんなに離れてはいなかった。
そこは紅南のあの丘のようにたくさんの星が見える、広大な草原。
空気が冷えているせいか、そこから見える星は紅南の何倍も輝いて見える。
しかしそんな星空を仰ぎもせず、翼宿は背中を丸めて座っている。

その瞳からは、止めどなく涙が流れていた。
一番可愛がっていた後輩の死。自分は、その死に目にも会えない。それが、堪らなく悔しくて…
そして、これからもたくさんの人が死ぬかもしれない。もしかしたら、朱雀七星の誰かが死ぬかもしれない。それが、堪らなく怖くて…
この場所で、一人で泣く事しか出来ないでいたのだ。


『あ。こんなところにいた。ちょっと~翼宿…』
先程から翼宿を探していた柳宿はやっと彼のそんな背中を捉え、いつも通り声をかけようとする。が…彼の様子がおかしい。
『………?』
足を止めて耳をすますと、翼宿が嗚咽を漏らしていた。

泣いてる…?

初めて見る、小さく震えた背中に乱暴に声をかける事が出来ないと悟る。
黙って、彼の背後から毛布をかけてやった。


『…っ…柳宿…?』
『………』
『何や、寝てろ言うたのに…』
『いつまでも隣が風通しいいから、起きちゃったのよ』
隣に座った柳宿に気付き、翼宿はそこで頬を伝う涙を拭う。
『すまんな。すぐに戻るつもりやったんやけど…』
『何よ。何か、あったの?』
『また一人な…山で仲間が死んだらしい』
『え…?』
『かなわんなあ。また、突然仲間を失うんは。あんなにバカバカしい奴らなんぞみんな不死身や思うても、ある日突然いなくなってしまうんや』
『翼宿…』
誰よりも仲間思いで人情深い翼宿は、男泣きも人一倍。
依然声をかけてやれず、柳宿はそんな彼の顔をじっと見ていた。
『そんなん言うてたら、キリないもんな。これは、戦争なんやから…』

これは、僕達の戦争。冒険ではない。
強くありながら、少しでも前に進まなければいけない。
それでも、必ず誰かが死ぬ。それが、現実。

『…翼宿』
名前を呼ばれそちらを見るとそこには彼の姿はなく、そう思った瞬間紫の髪の毛がふわりと背後に見えた。
そこで、後ろから抱きしめられている事に気付いた。
『柳宿…?』
『泣きなさい。今夜だけは』
初めて見る翼宿の涙に柳宿は自分が出来る事をしたいと感じ、自然と彼を抱きしめていたのだ。
『大事な人を失った時は…強がらなくてもいいのよ』
涙は絶えず止まらないが、静かに微笑む。
『何か、気持ち悪いわ…お前に慰められるなんぞ』
『あら。甘えたくて甘えたくて、仕方ないって顔してる癖に』
背中から腕を回しながら、ポンポンとその肩を叩く行為。
優しい姉が自分にいたら、こんな感じなんだろうか。

その状態で、どれくらい時間が経っただろうか?少し落ち着いてきた翼宿は、こんな質問をする。
『なあ?柳宿』
『何よ?』


『お前にとって、俺って何や?』


意外な質問に、柳宿は目を見開く。
しかし、次には悪戯っぽく微笑んで。
『バカでアホで、デリカシーゼロ。後先考えずに突っ走る癖に、何かと世話が焼ける面倒な男よ…』
『てめえ…この空気で、よくもまあそんな…』
『………だけど』
翼宿はわなわなと拳を震わせるが、その話の続きを察して手を止める。


『あたしは、あんたが大事よ』


それは、冗談ではない、真実。
あの時、自分を受け入れてくれた彼の気持ち。
それはやはり人肌が恋しかったからなどではなく、\"自分だから\"その身を預けてくれていたのだ。

だから、自分も真っ直ぐに彼に言おう。
今の自分の素直な気持ちを。


『…柳宿。死ぬなよ…?』


君だけは失いたくない、という気持ちを…


草原に風が吹き、二人の沈黙を埋める。
特に相手の反応がなくまたからかわれるのではないかと、後ろの表情を伺おうとする…が。
彼は、優しく微笑んでいて。
『なーに、可愛い事言ってくれちゃってんのよ。あんたこそ…死んだらあたしの酒の相手がいなくなっちゃうんだから…やめてよ?』
その腕をもう一度強く、翼宿の肩に絡めた。
『………当たり前じゃ。俺かて、おんなじ理由や』
その時は、既に冗談を言い合う仲に戻っていて。どちらともなく、二人は笑い合う。
『帰ろう?』
『ああ』
柳宿が、手を差し伸べてくる。それを取ると、嬉しそうに自分の腕にその華奢な腕を絡めてきた。
『気色悪いんじゃ…オカマが』
『何よ?今日くらい、素直になりなさいよ!
でもさ!もしもどっちかが死んだら、墓参りには毎年お気に入りのお酒持ってくるようにしましょうよ!』
『ドアホ。きつい冗談言うな』
『まーったく!すぐムキになるんだから♡』
それは、いつものやりとり。いつもの二人。

だけど、違う。最後に、柳宿は翼宿の肩に頭を乗せてこう呟いた。


『……………みんなで、帰ってこようね。翼宿?』


彼は、今まで見せた事のないような美しい微笑みを見せていた。


なあ、陵閏?聞こえるなら、聞いてくれ。
連れていかんでくれな?俺の大事な奴だけは…。
そんで何もかも終わったら、俺の人生最初の告白をこいつにさせてくれ…


しかし、その願いも空しくその日が柳宿と過ごす最期の夜になった…





二年後―――

ゴトン
黒山頂上の墓前に置かれた、焼酎瓶。
『今日も、ごっつええ酒が手に入ったで。柳宿』
あの頃よりも大人びた容姿と長くなった橙髪の青年は、そう言って微笑んだ。
『また、来るな…』
その背中には、キラキラ光る鉄扇がささっていた。

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