百花繚乱・第一部

倶東に船を襲撃されて足止めを食らった朱雀一行だったが、次の日には北甲国の外れに到着しようやく腰を落ち着けた。
ひょんな事から斗族の村に一晩世話になる事になり、その村の長老に神座宝について話を聞くと中央部の特鳥蘭に行けば何か分かるかもしれないとの情報を得た。
一刻も早く神座宝を見つけるために、一行は明日から行動を開始する事にした。


『テントの割り振りは、いつも通りなのだ。では、明日に向けて早めに休むのだ!』
井宿から、今夜のテントの割り振りが発表される。
翼宿は、いつも通り柳宿と…そう。柳宿と…なのだが。

『…………何、正座してるのよ?気持ち悪いわね』
『なっ、何でもあらへんわ!』
そう。あの日以来の、二人きりになれる時間。翼宿が、何ともない訳がない。
それでも、頭を悩ませている「当の本人」は涼しい顔をして布団を敷いている。

~~~調子狂うなあ、この男。これが、オカマの図々しさなんやろか…?

あれから頬を染める素振りひとつ見せてこない柳宿に、翼宿は疑問を覚えていた。
中途半端に抱いたとはいえ、普通は自分のように相手を意識するものだろう。
果たして、今、自分達は元通りなのかそれとも恋仲なのか、それすらも分からない。

『ああ。そういえば、翼宿』
すると何かを思い出したかのように突然振り向いた柳宿に、ギクリとなる。
『な…何や…』
その時、呼び起こされるのはあの夜の記憶。彼の白い素肌と、憂いを帯びた声。

『あたしさ…昨日海に落ちた後、どうなったの?よく覚えてなくて…』

――――――――――――――――――

『はああっ!?』
『ちょ!声、大きい!』
次には、いつも通りの柳宿の鉄拳が翼宿を直撃する。
『お前…覚えてへんのか?』
『うーん?気付いた時には、船の上に戻ってたのよね。疲れてたのかしら?』

そう。彼は熱のせいで記憶がそこだけぶっ飛んでしまっていたのだ。自分が熱を下げた事も、口付けをした事も、その後の事も…全て。

堪えきれない現実に、一気に目眩を起こした。
『まあ!過ぎた事だし、いいか!さてと!明日も早いんだし、寝ないとね~』
『…………先に寝てろ』
『え?』
『俺は…昼寝しすぎたから、あんまり眠くないんじゃ。ちょっと、そこら辺散歩してくる…』
『さ、散歩って?ちょっと、翼宿!』
肩をがっくり落としたままテントの布を捲り、翼宿はその場を離れた。
『なっ、何よお?変な翼宿』
いきなり意気消沈した彼の姿に、柳宿は一人首を傾げていた。


北甲国の夜は、極寒ともいうべき寒さである。
夜も更ける頃に外出するような人間は、自分くらいだろう。
それでも翼宿は毛布もなしに縮こまりながら、灯りが消えたテントを縫って歩く。
『やりにくいなあ…』

昨日の記憶がないという事は、なぜ自分を受け入れてくれたのかというその理由も忘れているという事。
実は、一番知りたかったその理由…やはり、星宿にフラれて人肌が恋しかっただけなのか?
何はともあれ、これではまた最初の状態に逆戻り…もう一度、自分が振り向かせるしか術はないようだ。

『っあー!めんどくさ!何で、俺がこんな思いせなあかんのやっ!』
それでも捨てきれない気持ちに、バタバタ喚いていると。
『幻狼?』
後方から、誰かに声をかけられた。
振り返ると、自分と同じ山賊衣装を纏った少年が立っている。
月明かりでボンヤリしているが、翼宿はその少年に見覚えがあった。
『凰牙(おうが)?凰牙やないか!』
彼は、主に伝達番として国中を駆け回っている厲閣山の仲間・凰牙。
『よかった…お前に報告があって、国中を探し回ってたんや。北甲にいたんやな!』
『な、何や?何か…あったんか?』
伝達番が会いに来るのは、大抵悪い知らせの時…
翼宿は、息を呑んだ。

『実は…陵閏(りょうじゅん)が死んだ。倶東の襲撃に遭って…』

『何…やて…!?』
陵閏。それは、翼宿が初めて山賊稼業を教えた後輩の名前だった。
『朱雀七星が朱雀召喚に失敗して旅に出たのを聞きつけた倶東の軍が、厲閣山にも押し寄せてきたんや。物凄い数の軍で、みんな余裕がなかった。駆け出しだったあいつが切られたのに気付いたのは、何もかも終わった後だったわ…』
『んな…アホな…』

自分達が朱雀召喚に失敗したせいで、厲閣山の仲間が死んだ。
首領の翼宿にとって、これほどショックを受ける出来事はなかった。

呆然自失する翼宿の肩を、凰牙はぐっと掴む。

『幻狼。一刻も早く、紅南を救ってくれ。お前には辛い知らせやけど、前に進んでくれ。俺らからのお願いや』
『おう…が…』

そうだ。自分は、今、朱雀七星士。
自分が幻狼に戻る時は、倶東の陰謀を食い止めたその時。紅南に平和が戻る時だ。

これは、僕達の戦争。冒険ではない。
強くありながら、少しでも前に進まなければいけない。
それでも、必ず誰かが死ぬ。それが、現実。
自分が、今、その戦争に身を投げているのだという事を改めて知った翼宿は、暫くその場に立ち尽くしている事しか出来なかった。


『う~ん…』
テントのすきま風に、柳宿はふと目を覚ました。
傍らを見ると、翼宿はまだ戻ってきていないようだった。
それどころか、そこには先程まで気付かなかった彼の毛布が無造作に投げ出されている。
『ちょっと…毛布もなしに外に出たの…?あのバカ…』
翼宿がそんな現実と向き合っている事など露知らず、柳宿は寝ぼけた体を起こすと彼の毛布を届けるために手元のランタンを持って外に出た。
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