百花繚乱・第一部
『ま!せっかくのお休みだし、お祭りを楽しみましょう♪』
美朱、柳宿、翼宿が揃って繰り出した場所は、賑やかな首都・栄陽の繁華街。
今日は、年に一度の星見祭りが行われる夜だった。
張宿の間者のせいで、朱雀召喚が失敗した朱雀の巫女と朱雀七星士達。
北の北甲国にある玄武の巫女の神座宝を手に入れれば朱雀召喚を再び行えると知った美朱達は、新たな旅に出る決心をした。
しかしながらその手前、太一君は、巫女と七星士は結ばれてはいけないという残酷な掟を、巫女の美朱一人に告げていた。
その事実を知った美朱は鬼宿への愛より朱雀の巫女としての任務を優先させ、何も知らない鬼宿をあからさまに避けるようになり、結果、二人の仲はあっという間に拗れてしまったのだ。
喧嘩しただけだろうと特に深刻に受け止めていなかった柳宿は鬼宿にも今回の星見祭りの件について声をかけたのだが、彼は姿を見せず今に至るのである――――
『鬼宿も、来ればよかったのにね~』
『拗ねとるわ、ほっとけほっとけ』
鬼宿の様子を気にかける柳宿と翼宿の言葉に、美朱は頬張っていた豚まんを喉に詰まらせる。
『ちょっと、美朱。何かあったの?話せる事なら、話しなさいな』
『全然!あたしは、大丈夫だよ!朱雀召喚の事は柳宿達だって辛いんだし、巫女のあたしが落ち込んでちゃいけないよね!』
他人の気持ちに敏感な柳宿はやはりそんな美朱の仕草が気になるようで当たり障りないように尋ねるが、彼女は屈託のない笑顔で手をヒラヒラと振るだけだった。
『おい、柳宿!力比べ大会やっとるで!出てこいや!』
『ちょ!あんたね!今、大事な話を…』
そんな中で空気を読まない翼宿が広場で行われている催しを発見し、柳宿を引っ張り出す。
しかし、確かにその催しは柳宿の戦闘意欲を掻き立てるようなもので。
『……………行かない訳ないじゃないの』
次の瞬間、彼は抵抗せずにすたすたと舞台に上がっていき、その能力を見せつける事で観衆の目を一気に虜にしていた。
そして大量の賞品を抱えて柳宿が舞台を降りてくる頃には、翼宿の隣にいた筈の美朱は忽然と姿を消していたのだった…
『美朱~?ったく…どこ、行ったんや?あいつは…』
美朱に置いていかれて二人きりになった翼宿と柳宿は、あてどもなく人混みの中を進みながら美朱を探していた。
『せっかく、ぎょうさん食べ物もろたのになあ?』
『ちょっと。あんた、半分持ちなさいよ』
しかし、先程獲得した大量の賞品は、依然柳宿の腕の中。
行き交う人々は『あの彼氏は、彼女だけに荷物を持たせて何をしているんだ』といった目で、翼宿を眺めていく。
『ああ~すまんすまん。気付かんかったわ、柳宿やから』
『ったく…あたし、こんなにか弱いのに!』
ようやく柳宿の大変さに気付いたのか翼宿も柳宿の荷物を半分持ってやるが、彼はその荷物を抱えたまますぐに側にあった座椅子に腰かけてしまう。
『…何してんのよ』
『どないする?美朱も見つからんし、くたびれてきよったわ』
『う~ん?気も乱れてないようだし、あの子の事だからきっとどこかで立ち食いでもしてるんじゃないかしら?』
『ほんなら、ええんやけど…。
しかし、この人の多さ…星見祭りなのに、人を見に来たようや。ここからじゃ、星もよう見えへんしなあ』
確かにこの人混みにこの荷物量では、星見祭りメインの星の観測会場に辿り着く前に疲れ果ててしまう。
『あ、そうだ!昔、兄弟で登ってた、星がよく見える丘がこの先にあるのよ!せっかくだから、行ってみない?』
『…せやな。ここにいるよりは、マシや』
そう呟くと、翼宿は荷物をまた抱えて窮屈そうにその腰をあげた。
その丘は、柳宿の言う通り大きく開けた草原の向こうにたくさんの瞬く星が見える場所。
その上、人気がない絶好の観測スポットだった。
二人は大量の賞品をそれぞれの傍らに置くと、岩場に並んで腰かけた。
『へえ~城下町にも、厲閣山みたいに星がよう見える場所があるんやな~』
『まあ、山から見る星には劣るかもしれないけど?』
『懐かしいな…昔、頭に怒られた時はよくこんな場所で一人で拗ねとったもんや』
『ふ…想像出来るわね。つい最近まで、してそう』
『アホ抜かせ。俺は、もう立派な大人や!』
馬鹿にされるとすぐムキになるところはどこから見ても子供にしか見えない…と、柳宿はクスクスと笑う。
そしてふうとため息を吐くと、満天の星空を見上げて口を開いた。
『今日は、付き合ってくれてありがとね。あたし自身も、これで今度の旅に向けて切り替え出来そうっていうか!』
『は?お前の何を切り替えたんや?』
『………あたしさ。あの日、星宿様に告白したんだ』
翼宿は、ハッとなる。
あの日とは、鬼宿が帰ってきた日。恐らく、祝い酒の最中だろう。
星宿と柳宿の姿がいつの間にか同時に消えていた事に、翼宿も気がついていた。
『もちろん!返事はダメ!少しでも星宿様をお慰め出来ればと思ったんだけど、やっぱり性別には敵わないわよね~だけど鬼宿と闘っていた時の星宿様を思い出したら、突然気持ちを伝えてきたくなっちゃってさ…』
『そ…か…』
『あ~いいのよ!慰めなくても!あんたにはちゃんと報告しとかないと、また何かあった時にからかわれるしね~』
『…………っ』
柳宿が、今、ひとつの恋から卒業しようとしている。
だけどそんな彼の横顔は悲痛な表情などではなく、何かを乗り越えた強く気高い表情をしていた。
翼宿はそんな柳宿を見ている内に段々と自分の鼓動が速まっていくのを感じ、静かに喉を鳴らした。
ずっとずっと、この気持ちは何なのか自問自答していた。
女嫌いの自分が、なぜかこいつといる時は恋患いをしているような感覚が何度もあって。
だけどこの時、とうとう翼宿の中に正直な気持ちが芽生えた。
柳宿を、振り向かせたい
『なあ…』
『えっ…?』
柳宿の肩をそっと掴み、こちらを向かせる。
ザアッ
その時、草原に風が吹く。
しかしそれには構わず、二人はただ見つめ合っていた。
翼宿の手が柳宿の頬にかかり、少しだけ距離が縮まって。
『ちょ…ちょっと。翼宿…何…?』
その距離は、彼が戸惑いで思わずその頬を染めているのが分かる程までになる。
珍しく、抵抗しない。今なら、唇を奪える。
しかし、一方で過ったある気持ちに手を止めた。
本当に、今、柳宿を自分のものにしていいのか?
星宿を諦めた、今。朱雀召喚が失敗した、今。
それは誰よりも優しいこの男を、悩ませる事にならないだろうか?
そこまで考えた時に、翼宿は心の中で軽く自嘲し。
『ぷっ…』
その空気を壊す事に、思考を変えた。
『へ…?』
『だははははっ!!何や、その顔!何マジになっとんねん!!』
腹を抱えて笑う相手の姿に暫し呆然としていた柳宿は、からかわれていたと気付いた瞬間にその頬をますます紅潮させた。
『あ、あんたねえ!!』
次にはお約束の拳が直撃しそうになるが、両手でそれを制する。
『柳宿。この話は後や、後』
『はあ…?』
何か話をする気だったのだろうかと、柳宿は振り上げた拳を止めてくいと首を傾げる。
『これからは…大事な時期やもんな。朱雀呼んでからで、ええ』
『な…何よ。もったいぶって…今、言えない話なの?』
『ああ。今は、言えん』
きっぱりと否定する翼宿にはそれ以上問いかけられず、柳宿はぷいとそっぽを向く。
『わ、分かったわよ!朱雀呼んだら、聞いてあげる』
『あれー?柳宿さん、顔が真っ赤ですよ?間近で見る俺の顔が、そんなにイケメンやったんか?』
バキッ!
『どわっ!殴るなや!!』
『年上からかうのも、いい加減にしなさいよ!』
今度こそ、お約束の流れ。それでも、今はこれでいい。
『ほな!始めるかあ!酒盛り!』
翼宿は賞品の中から酒を二本取り出し、片方を柳宿に手渡した後に自分も手元の酒の栓を開けた。
『あ!あたしの賞品!』
『何言うとるん。俺が運んだもんは、俺のもんや』
『…どういう理屈よ』
いつも通りのやりとりを繰り返したところで安心したのか、いつも通り笑う柳宿がそこにいた。
翼宿はそっと微笑み、心の中でこう呟いた。
柳宿。朱雀を召喚したら、ちゃんと言わせてくれな?
それまでは、ずっと俺の隣で笑っとけ。それだけで…ええから。
美朱、柳宿、翼宿が揃って繰り出した場所は、賑やかな首都・栄陽の繁華街。
今日は、年に一度の星見祭りが行われる夜だった。
張宿の間者のせいで、朱雀召喚が失敗した朱雀の巫女と朱雀七星士達。
北の北甲国にある玄武の巫女の神座宝を手に入れれば朱雀召喚を再び行えると知った美朱達は、新たな旅に出る決心をした。
しかしながらその手前、太一君は、巫女と七星士は結ばれてはいけないという残酷な掟を、巫女の美朱一人に告げていた。
その事実を知った美朱は鬼宿への愛より朱雀の巫女としての任務を優先させ、何も知らない鬼宿をあからさまに避けるようになり、結果、二人の仲はあっという間に拗れてしまったのだ。
喧嘩しただけだろうと特に深刻に受け止めていなかった柳宿は鬼宿にも今回の星見祭りの件について声をかけたのだが、彼は姿を見せず今に至るのである――――
『鬼宿も、来ればよかったのにね~』
『拗ねとるわ、ほっとけほっとけ』
鬼宿の様子を気にかける柳宿と翼宿の言葉に、美朱は頬張っていた豚まんを喉に詰まらせる。
『ちょっと、美朱。何かあったの?話せる事なら、話しなさいな』
『全然!あたしは、大丈夫だよ!朱雀召喚の事は柳宿達だって辛いんだし、巫女のあたしが落ち込んでちゃいけないよね!』
他人の気持ちに敏感な柳宿はやはりそんな美朱の仕草が気になるようで当たり障りないように尋ねるが、彼女は屈託のない笑顔で手をヒラヒラと振るだけだった。
『おい、柳宿!力比べ大会やっとるで!出てこいや!』
『ちょ!あんたね!今、大事な話を…』
そんな中で空気を読まない翼宿が広場で行われている催しを発見し、柳宿を引っ張り出す。
しかし、確かにその催しは柳宿の戦闘意欲を掻き立てるようなもので。
『……………行かない訳ないじゃないの』
次の瞬間、彼は抵抗せずにすたすたと舞台に上がっていき、その能力を見せつける事で観衆の目を一気に虜にしていた。
そして大量の賞品を抱えて柳宿が舞台を降りてくる頃には、翼宿の隣にいた筈の美朱は忽然と姿を消していたのだった…
『美朱~?ったく…どこ、行ったんや?あいつは…』
美朱に置いていかれて二人きりになった翼宿と柳宿は、あてどもなく人混みの中を進みながら美朱を探していた。
『せっかく、ぎょうさん食べ物もろたのになあ?』
『ちょっと。あんた、半分持ちなさいよ』
しかし、先程獲得した大量の賞品は、依然柳宿の腕の中。
行き交う人々は『あの彼氏は、彼女だけに荷物を持たせて何をしているんだ』といった目で、翼宿を眺めていく。
『ああ~すまんすまん。気付かんかったわ、柳宿やから』
『ったく…あたし、こんなにか弱いのに!』
ようやく柳宿の大変さに気付いたのか翼宿も柳宿の荷物を半分持ってやるが、彼はその荷物を抱えたまますぐに側にあった座椅子に腰かけてしまう。
『…何してんのよ』
『どないする?美朱も見つからんし、くたびれてきよったわ』
『う~ん?気も乱れてないようだし、あの子の事だからきっとどこかで立ち食いでもしてるんじゃないかしら?』
『ほんなら、ええんやけど…。
しかし、この人の多さ…星見祭りなのに、人を見に来たようや。ここからじゃ、星もよう見えへんしなあ』
確かにこの人混みにこの荷物量では、星見祭りメインの星の観測会場に辿り着く前に疲れ果ててしまう。
『あ、そうだ!昔、兄弟で登ってた、星がよく見える丘がこの先にあるのよ!せっかくだから、行ってみない?』
『…せやな。ここにいるよりは、マシや』
そう呟くと、翼宿は荷物をまた抱えて窮屈そうにその腰をあげた。
その丘は、柳宿の言う通り大きく開けた草原の向こうにたくさんの瞬く星が見える場所。
その上、人気がない絶好の観測スポットだった。
二人は大量の賞品をそれぞれの傍らに置くと、岩場に並んで腰かけた。
『へえ~城下町にも、厲閣山みたいに星がよう見える場所があるんやな~』
『まあ、山から見る星には劣るかもしれないけど?』
『懐かしいな…昔、頭に怒られた時はよくこんな場所で一人で拗ねとったもんや』
『ふ…想像出来るわね。つい最近まで、してそう』
『アホ抜かせ。俺は、もう立派な大人や!』
馬鹿にされるとすぐムキになるところはどこから見ても子供にしか見えない…と、柳宿はクスクスと笑う。
そしてふうとため息を吐くと、満天の星空を見上げて口を開いた。
『今日は、付き合ってくれてありがとね。あたし自身も、これで今度の旅に向けて切り替え出来そうっていうか!』
『は?お前の何を切り替えたんや?』
『………あたしさ。あの日、星宿様に告白したんだ』
翼宿は、ハッとなる。
あの日とは、鬼宿が帰ってきた日。恐らく、祝い酒の最中だろう。
星宿と柳宿の姿がいつの間にか同時に消えていた事に、翼宿も気がついていた。
『もちろん!返事はダメ!少しでも星宿様をお慰め出来ればと思ったんだけど、やっぱり性別には敵わないわよね~だけど鬼宿と闘っていた時の星宿様を思い出したら、突然気持ちを伝えてきたくなっちゃってさ…』
『そ…か…』
『あ~いいのよ!慰めなくても!あんたにはちゃんと報告しとかないと、また何かあった時にからかわれるしね~』
『…………っ』
柳宿が、今、ひとつの恋から卒業しようとしている。
だけどそんな彼の横顔は悲痛な表情などではなく、何かを乗り越えた強く気高い表情をしていた。
翼宿はそんな柳宿を見ている内に段々と自分の鼓動が速まっていくのを感じ、静かに喉を鳴らした。
ずっとずっと、この気持ちは何なのか自問自答していた。
女嫌いの自分が、なぜかこいつといる時は恋患いをしているような感覚が何度もあって。
だけどこの時、とうとう翼宿の中に正直な気持ちが芽生えた。
柳宿を、振り向かせたい
『なあ…』
『えっ…?』
柳宿の肩をそっと掴み、こちらを向かせる。
ザアッ
その時、草原に風が吹く。
しかしそれには構わず、二人はただ見つめ合っていた。
翼宿の手が柳宿の頬にかかり、少しだけ距離が縮まって。
『ちょ…ちょっと。翼宿…何…?』
その距離は、彼が戸惑いで思わずその頬を染めているのが分かる程までになる。
珍しく、抵抗しない。今なら、唇を奪える。
しかし、一方で過ったある気持ちに手を止めた。
本当に、今、柳宿を自分のものにしていいのか?
星宿を諦めた、今。朱雀召喚が失敗した、今。
それは誰よりも優しいこの男を、悩ませる事にならないだろうか?
そこまで考えた時に、翼宿は心の中で軽く自嘲し。
『ぷっ…』
その空気を壊す事に、思考を変えた。
『へ…?』
『だははははっ!!何や、その顔!何マジになっとんねん!!』
腹を抱えて笑う相手の姿に暫し呆然としていた柳宿は、からかわれていたと気付いた瞬間にその頬をますます紅潮させた。
『あ、あんたねえ!!』
次にはお約束の拳が直撃しそうになるが、両手でそれを制する。
『柳宿。この話は後や、後』
『はあ…?』
何か話をする気だったのだろうかと、柳宿は振り上げた拳を止めてくいと首を傾げる。
『これからは…大事な時期やもんな。朱雀呼んでからで、ええ』
『な…何よ。もったいぶって…今、言えない話なの?』
『ああ。今は、言えん』
きっぱりと否定する翼宿にはそれ以上問いかけられず、柳宿はぷいとそっぽを向く。
『わ、分かったわよ!朱雀呼んだら、聞いてあげる』
『あれー?柳宿さん、顔が真っ赤ですよ?間近で見る俺の顔が、そんなにイケメンやったんか?』
バキッ!
『どわっ!殴るなや!!』
『年上からかうのも、いい加減にしなさいよ!』
今度こそ、お約束の流れ。それでも、今はこれでいい。
『ほな!始めるかあ!酒盛り!』
翼宿は賞品の中から酒を二本取り出し、片方を柳宿に手渡した後に自分も手元の酒の栓を開けた。
『あ!あたしの賞品!』
『何言うとるん。俺が運んだもんは、俺のもんや』
『…どういう理屈よ』
いつも通りのやりとりを繰り返したところで安心したのか、いつも通り笑う柳宿がそこにいた。
翼宿はそっと微笑み、心の中でこう呟いた。
柳宿。朱雀を召喚したら、ちゃんと言わせてくれな?
それまでは、ずっと俺の隣で笑っとけ。それだけで…ええから。