百花繚乱・第一部

ドス…ッ…!!
剣が何かを貫いたような鈍く乾いた音が、宮廷内の広場に響き渡る。
今、まさに朱雀七星・星宿が、朱雀七星・鬼宿の胸を剣で貫いたところだった。
額に朱雀の印を持たないその星士は、その体をひらりと翻して地面に倒れ込んだ。
『鬼…宿…?』
その光景を固唾を飲んで見守っていた朱雀七星が誰も言葉を発する事が出来ない中、遅れて駆け付けた美朱が倒れた鬼宿にふらふらと歩み寄っていく。状況を把握するのには、五秒とかからなかった。
最愛の七星士が胸から血を流して、倒れている。
『たまほめーーーー!!!!』
美朱の叫びに我に帰った星宿は、彼を貫いたその剣を手から落とした。


時は、ほんの数刻前。倶東の手に落ちた鬼宿が、紅南国宮殿にやってきたのだ。
星宿を除いた五人が急ぎ駆け付けると、宮廷内の広場に冷たい瞳を持った鬼宿が立っていた。
『朱雀の巫女は…どこにいる』
『たっ…鬼宿!?』
『おんどれ!性懲りもなく!!
――――――――――――がっ!!!』
初めて冷酷な彼の姿を目にした柳宿が後ずさると、全身包帯だらけの翼宿が前へ進み出た。
しかし固定されていた足を思いきり地面に打ち付け、その震え上がる痛みにその場に転げ落ちてしまった…
『鬼宿!!』
そこに響いてきたのは、普段の穏やかな声とは程遠い『皇帝陛下』の声。

『朱雀の巫女には…指一本も触れさせぬ!もしどうしてもというのなら…わたしと戦え!鬼宿!!』

星宿が申し出た勝負を鬼宿が受け入れ、この決闘は始まったのだ。
そして、たった今…勝負はついた。軍敗が上がったのは、星宿の方だった―――。


美朱は未だ操られている鬼宿に駆け寄り、その体を抱き起こした。
『鬼宿!ダメだよ!死んじゃやだ!!鬼宿ーーー!!』
『す…ざくの…み…こ…』
すると絶叫にも近いその叫びが鬼宿の意識をさまし、美朱の顔が一瞬輝く。しかし、彼の手はゆっくりと手元に落ちた剣を求めてさ迷っていて。
『朱雀の巫女…殺す…』
『…………………』
そんな彼の姿を美朱は暫し呆然と見つめていたが、意を決したようにその剣を取って鬼宿に握らせた。
剣を受け取った鬼宿は目を見開いて、目の前の標的を仰ぎ見る。
『だったら、殺しなさい!』
その標的の瞳は、涙に濡れながらも迷いがない凛とした輝きを放っていた。
『また元気になって…そしたら、望み通り殺して…?あたし、鬼宿になら構わない…だから、死なないで。好きだよ、鬼宿…大好きだよ…』
美朱は最愛の七星士の頬を取り、その唇にそっと口付けをした。
しかし鬼宿は少し怯んだその手に剣を持ち直し、それを高々と美朱の頭上に振り上げた―――
『美朱!!』
『待て!あれを見ろ!!』
駆け寄ろうとした柳宿を制した星宿は、鬼宿の異変に気付き叫んだ。
鬼宿が振り上げた剣は、その場にゴトンと落ちる。
額には…消えていた筈の鬼の字。
『たま…ほめ…?』
『美朱…?………何だ。泣いてんのか?ごめん、0時にって…約束したのに…遅れちまったな…』
優しい声で微笑んだその少年は、紛れもなくあの朱雀七星士の鬼宿。
『鬼宿…!鬼宿っっっ!!!』
朱雀の巫女の愛の力が蠱毒に勝ち、彼は無事に優しい心を持つ鬼宿に戻ったのであった…



♪~♪~♪
『星宿様…少しは、気が落ち着いたでしょうか?』
『ああ。とても素敵な音色だったよ。ありがとう…張宿』
鬼宿帰還の祝い酒をしている翼宿達から少し離れたところで、星宿は張宿の慰めの笛に耳を傾けていた。
そう。それは、美朱への思いが届かなかった星宿への慰めの笛。
『さて…わたしは、部屋で休むよ。明日は、朝早くから朱雀召喚の準備をせねばいけないしな』
『は、はい…おやすみなさい』
そんな二人を遠くから眺めていたとある人物は、星宿が動いたのを確認してその後を追うように駆け出した。


『星宿様!』
泉のほとりで誰かに声をかけられ、星宿は立ち止まった。
しかし誰に声をかけられたのかすぐに分かった彼は、特に振り向こうとしない。
『柳宿か…』
そう。彼に声をかけたのは、あの一戦を見て心を強く揺り動かされた人物。
『お疲れのところ、申し訳ありません。ちょっと、お話がありまして…』
『このままで、よいか?』
『ええ…大丈夫です』
星宿の心は、傷付いている。そんな彼を無理矢理振り向かせようとは、柳宿も思っていなかった。
『………星宿様。今日の星宿様は、とっても素敵でした。あなたが美朱を護りたいという気の力がわたしにも痛い程に伝わってきて…あなたの美朱への気持ちはそれほどまでに大きかったんだと、わたしは悟りました』
『………………』

『わたしは、そんなあなたの事が好きです』

静かに紡ぎ出されたのは、告白。
星宿は目を見開いたが、依然振り向けない。

『今すぐにでなくてもいいんです…ゆっくり、ゆっくりわたしの事を見ていただく事は…出来ないでしょうか?』
そこから、暫しの沈黙。
どのくらい経っただろうか、星宿は静かに口を開いた。
『柳宿…すまない』
『………っ』
『世継ぎが必要な身分で…わたしは、お前を愛する事は…出来ない』
それは、当たり前の返答。そんなのは、柳宿にだって分かっていた筈だ。
それでも、彼が一瞬でも自分を求めてくれるなら一晩中傍にいてあげたいと思った瞬間に、柳宿は星宿を追いかけていたのだった。
『………そうですよね。わたしってば…分かりきってる事を…申し訳ありませんでした』
『………柳宿』
『朱雀が召喚される前に…一度、伝えておきたかったんです。これで、わたしも安心して朱雀召喚に臨めます!』
『………そうか』
『では…明日は、朱雀召喚頑張りましょう!おやすみなさいませ…』
『柳宿!』
最後の方はほぼ早口で言いたい事を言い終えた柳宿がくるりと星宿に背を向けた時、彼は初めて振り返りその背中に声をかけた。

『…………ありがとう』

それは、男にも関わらず自分にひたむきな愛を捧げてくれた、柳宿への精一杯の感謝。
『…………いいえ。おやすみなさいませ』
先程より少しトーンを落とした声でもう一度就寝の挨拶を繰り返した柳宿は、静かに歩き出した。

そんな柳宿の後ろ姿を見つめ、星宿は唇を噛み締めていた。

もしもお前が女だったなら…わたしは、今すぐお前を抱けたのに…

本当は彼の気持ちに答えてあげたくて。彼の体を抱きしめてあげたくて。
しかしそれが叶わない現実を悔やみ、星宿もまた自分の部屋を目指して歩き出した。


『………っ………うっ…』
廊下の角を曲がりきったところで、柳宿は堪えていた涙が溢れるのを感じてその場に崩れ落ちた。
なぜ、自分は男なんだろう…と、これほどまでに自分を恨んだ事はなかった。
『ほと…ほり…さま…』
最愛の人の名を呼んだ時、夜風が吹き抜け柳宿の髪を揺らした。
長年かけて伸ばしたその髪の毛だけが、彼の"女の形"を唯一象徴していた―――
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