ボーダーライン〈後編〉

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「あ、ノブぅー、ここから△△山まで一本道だから、お前運転しろ。
 山口(副部長)達はもう着きそうって言ってるから、ちょっと急ぎ目でな!」

 お弁当を持って車に戻ると、松堂さんが助手席から顔を出してそう言った。

 紡木さんの席はそのままで、今度は僕と紡木さんが前後になった。

 緊張した面持ちでスルスルと車を走らせると、「なかなか上手いじゃないか!」と皆が囃し立てた。

 母親の買い物に付き合わされた経験がこうして役に立って良かった。

 少し余裕が出来て、ルームミラー越しに紡木さんを見た。

 紡木さんは窓の向こうの流れる景色をぼんやり見つめていて、時折みんなの話に相槌を打つ程度に距離を置いていた。

 そんな紡木さんが気になって、信号待ちで止まる度にミラーを見ていたら、紡木さんと目が合った。

 紡木さんはニコッと笑って返してくれたが、その笑顔は寂しそうだった。

 あぁ…なんとなく、気付いてしまった。

 運転席からこんなに紡木さんの事が見えるのに、さっきまで運転していた松堂さんは、こんな風に紡木さんを見なかったんじゃないのか? と。

 助手席にいる今も、松堂さんは前を向いたまま皆に話題を振って、紡木さん個人に話しかける事はなかった…





 △△山の麓に着き、副部長達と無事合流した。

 買ったお弁当を皆に配って各々リュックに入れて貰った。山頂に着いたら食べる手筈。

「俺が先頭、山口が最後尾、俺らの間から絶対に出ないように!
 ほらほら、土産物なんか見てたら日ぃ暮れるし、登山なんだからケーブルカーも使わないぞ!?
 さぁ出発ー!」

 麓の賑わいにすっかり目を奪われているメンバーを一喝して、松堂さんはさっさと登山道へ入ってしまった。

 その後を慌てて着いていく、登山に慣れたメンバーがほとんど。

 サークルでの本格的な登山は今回が初めての僕は、副部長の山口さんとゆっくり登る事になった。

「山口さん、ノブくん、私もこっちで一緒にいい?」

 予想外の紡木さんの申し出。と思ったのはどうやら僕だけで、

「いいよー。ツムちゃんにはアイツのペースは無理だわな。俺達はゆっくり行こうな」

 と山口さんは穏やかに笑って言った。そして、

「オイ松堂! あんまペース上げるなよ? 俺達の間が広過ぎたら意味ないだろ!」

 と声を張り上げると、松堂さんはもう遠くの所から「わかったわかった」と手を上げた。

 この時も、松堂さんは紡木さんと目を合わせてなかったようだ。

 紡木さんの、松堂さんを見つめる寂しそうな視線が、僕には辛かった。





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