悠の詩〈第1章〉

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 何で柏木だけ? ありえねー! と納得のいかない思いを抱いたものの、その事はすぐに忘れた。

 部活が本格的に始まると自分の事で手一杯になって、他の皆がどこに所属してるかなんていちいち気にしてられなくなったから。

 放課後、朝練、時々休みの日にもトレーニングや練習試合(俺達新入生は応援のみ)があったりして、まさに野球三昧。

 野球をするために学校行ってるようなモンという自負もあったりして。

「春海、あんた野球ばっかりでちゃんと勉強してるんでしょうね?」

 とかあちゃんに釘を刺されたけど、まあ、授業はちゃんと聞いてるから大丈夫。

 勉強はほどほど、部活は大全力で、中学での俺のスタイルはそんな感じ。楽し過ぎぃ。





 そうこうする内に、5月の連休に入った。

 丸一日、練習も何もない日があって、そんなのは随分久しぶりの気がした。

 買いたい雑誌があって、馴染みの書店へ歩いていく。山を上って下りて、最寄りの駅裏にある小さな書店。

 店頭に目当てのものを見つけて、手に取って会計しようと店内に入った。

「いらっしゃいませー。
 …あっ? 春海くんだ!」

「あっ!」

 会計カウンターにいる人を見て、俺は驚いた。

「梓ねえちゃん! えっ、何でここにいるの?」

 樹深の姉さんの梓さんが、白とグレーのチェック柄のエプロンを身に着けて、ニコニコとしていた。

 サラサラの長い髪で、誰が見ても美人さん。相変わらず眩しい。

「ふふふ。先月からここでバイトしてるんだよ。あ、それお買い上げ? ありがとうございます」

 俺から雑誌を受け取ると、梓さんは手際よく紙袋に収めて俺に渡してくれた。

「春海くん元気そうだね、樹深からも話は聞いてるけど。同じクラスだってね」

「うん。梓ねえちゃんに会うの、マジで久しぶり。元気にしてたの?
 たまに家行ってもいつもいないし、樹深もあまり梓ねえちゃんの事話さないしさぁ」

 念願の梓さんに浮き足立ったので、梓さんが一瞬顔を曇らせたのにも気付かなかった。

「んー、実はね…」

 梓さんが目を泳がせながら言いかけた時、俺の後ろから、なんだかチャラそうな声が飛んできた。

「あず? ダレ、ソイツ」





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