悠の詩〈第3章〉

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 前面から歓声と拍手の嵐、その振動からなのかライトもチカチカするし、俺は数秒放心してしまった。

「春海ちゃん」

 ギターを下ろしながら樹深が短く呼ぶ。そうだ最後に前へ出て一礼、柏木には言ってあったっけ? 言ってないよな?

 軽く青ざめて、オイ、と呼び掛ける前に、柏木はクルッと俺を振り返って、外套マントの中から長く腕を伸ばした。

 それは紳士の様に、「お手をどうぞお嬢さん」と言わんばかりの佇まい。

 俺は女みたいにその手に自分の手を預けて、ぐるりとドラムの外側を回って前に出た。

 それから柏木は、樹深の手も催促して──樹深も女みたいに、更に「あらわたくしもよろしくて?」なんて言いそうに片手に片頬を宛てる小芝居を挟んで、ノリが良すぎだ(笑)──ふたつの男の手を高々に上げた。

 チビの俺達は脇がつりそうな位に引っ張られて、ちょっぴり爪先立ちもしてしまう。滑稽に見えるのか観客ギャラリーから笑いが漏れている。

「さぁフィナーレだ。
 お疲れさん、ふたりとも。



 ……ありがとう」

 えっ、と柏木の言葉に驚いた俺と樹深。目を丸くする暇もなく、柏木は俺達の手を後ろにスイングさせて、自分の頭を深く下げた。

 あっ一礼、一拍遅れて俺も樹深も頭を下げる。

 観客ギャラリーからも、舞台の上の生徒会組からも、この日一番の拍手喝采を貰った。

 そのすぐ後に柏木が俺達を舞台の袖へ引っ張っていったので、そこでもまたどっと笑いが起こり、余韻はどっか飛んでいってしまったのだった。



「──いやあ、思った以上によかったよ。盛り上げてくれてありがとう」

 袖に引っ込んだ俺達に生徒会長が寄ってきて、それぞれに握手を求めた。

 特に柏木には、両手で包んで感謝を込めていた。柏木の演劇の何かを感じ取ったのかもしれない。柏木は若干うざそうにしてた(笑)

「出番は終わったから、好きにしていいよ。終わるまでここにいてもいいし、向こうから見てもいい。
 あ、でもクラスの中に戻ったらみんなの気が散って劇が止まるから、壁際からで頼むね」

 生徒会長はそう言って、劇の続きを見守りにさっさと袖のきわに移動した。

「キミらどうする? 私はあっちに降りるけど」

 外套マントを剥いで畳みながら柏木は言った。

「俺らも行く、ここにいたってしゃーないよな」

 俺の言葉に樹深も頷いた。畳んだ外套マントをギターやドラムのそばに置いて、俺達はステージ横の扉からそっと出た。

 皆が座っているエリアの少し後ろで、壁に背を着けながら残りの演劇の様子をぼんやり眺める。

 俺達、ついさっきまで、あそこにいたんだよなぁ。

 同じ事を思ってるのか樹深の頬が緩みっぱなしで、反対に柏木は解放されたとばかりに欠伸あくびを連発してら。

 あ、とうちゃんは、と弾けたように思い出して、後方のスポットライトの所を見たけど、高浪以外誰もいなかった。

 とうちゃんの姿も、コタ先生の姿も、なかった。





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