悠の詩〈第3章〉

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 照井さんのカレーは火を吹くかってくらいの辛さ、なのに口の中に残る旨味と甘さがやみつきになって、スプーンが止まらない。あっという間にたいらげてしまった。

「はっは、また汗かかせて悪いね~。ウーロン茶いる?」

 言いながら、カウンターの下からひょいと2Lのペットボトルとグラスみっつを掲げて(見えないけどそこにミニ冷蔵庫があるらしかった)、照井さんは目尻に皺を寄せた。

 頭に巻いたバンダナから覗くクシュクシュの黒い癖毛、独特なテンポの喋り、俺のとうちゃんや友達のお父さん、先生達とも違う…新しいタイプの、面白い大人だなと思った。

「あ、どうもです、ゴクゴク…ぷはー。
 辛いけど、超ウマイっす!」

 俺が言うと、隣で樹深もこくこくと頷く。

「嬉しいね~、こんな若いお客さんはウチには滅多に来ないから新鮮だわ。
 おかわりいるかい?」

 はい! と声を揃えると、「若いっていいね~」と鼻歌混じりに言いながら照井さんは下へ降りに出ていった。

「何だよ樹深、家で食ってきたクセにおかわりすんのかよ(笑)」

「美味いんだからしょうがないでしょ~(笑)」

 照井さんの口真似っぽく樹深が言うから、俺もコタ先生も吹き出してゲラゲラと笑った。

「ねぇ、さっきのどういう意味かな、俺達みたいなの滅多に来ないって?」

 ひとしきり笑った後で樹深がぽつりと言う、そう、それ俺も気になった。

「あぁ、下の店な、夜から明け方までの営業なんだよ。だから自然とお客も、お水のオネエチャンとか…」

 コタ先生がそこまで言いかけたところで、

「こらこらこら、いい大人がベラベラと喋るんじゃないよ」

 鍋を両手で持って再び入ってきた照井さんが、ちょっとキツい調子で遮った。俺も樹深もびっくり。

 「あぁ、悪い」ばつが悪そうにコタ先生が肩を竦めると、

「まぁ、ね、夜一生懸命に働いている人達には、憩いの場所になってると思うよ。
 ウチの看板メニュー、気に入ってくれてありがとうね~」

 すぐにいつもの照井さんになって、おかわりのカレーをよそってくれた。





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