悠の詩〈第1章〉

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 小馬鹿にしてる、と思ったけど、ユニセックスな名前同士でちょっと気が緩んだっぽい。

 あんなに人前でのハルミ呼びが嫌だったのに、柏木には嫌悪感を抱かなかった。

「俺? 春に海を見てたからだって、言ってた」

「へ、え? ちょっと…意味が分からないけど。どういった経緯?」

 土浦先生が教室に入ってきて、「よーしこれから教科書配るからなー」と最前列のやつらに教科書の束を次々と渡して行くのに、柏木はまだ話を終わりにしなかった。

 一応気は遣ってるらしく、ボソボソと小声。

 言わなきゃダメなのか? これまで誰にも、樹深にさえ話した事ないのに。

「…したんだって」

「は、なに」

「ポコポコしたんだって。
 俺がまだお腹にいる時、とうちゃんとかあちゃんが、そう今ぐらいの時期に海を見てて…
 そこで初めて、胎動を感じたんだって。
 だから春の海、ハルミ。笑っちまうよ、俺、夏生まれなのにさぁ」

「へーえーえー」

 俺が少し自虐的に言うと、柏木は気怠そうに頬杖をついた。

「ばかみてー、って思ってる?」

「いや。どうして?」

「そんな態度しとるわ」

「(笑)いやいや。そう見えたのなら、ごめん。
 ご両親おもしろいなーって思ったのと…しっかりと由来があって羨ましいのと」

 すました様な表情のままで含み笑うから、イマイチ柏木が掴めない。

 ただ、話していて、何とも不思議な雰囲気のヤツ。会話が弾んでいるわけでもないのに、なんか。今まで出会った事のないタイプだと感じた。





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