悠の詩〈第2章〉
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「う…っわ、ビックリした、どっから沸いて出たんだよオメー」
「人をムシみたいに言うねキミは。ま、集中してるトコ遮るのもアレかと思って忍び寄ったのも…悪いっちゃ悪いか」
右側へ思いきりのけぞった俺なんてお構いなしに、キャップをつまみながら額を流れる汗を手の甲で拭う柏木。
それじゃ足りなくて、色気の無いショルダーバッグからフェイスタオルを出して、「あ"ー、あっつ」と言いながらしばらく前髪の生え際辺りを押さえていた。
のけぞった体勢のまま柏木を見る、コイツなんでそんな男みたいなの。
カッコも持ち物も仕草も、汗でくしゃくしゃになった前髪さえ、俺には無いかっこよさみたいなものが滲み出ていて、ちくしょー、そうつぶやきそうになった。
「外、そんなに暑かったか? すげー汗。しっかり拭いとかないと風邪ひくぞ」
店内は空調がガンガン効いていて、薄手の上着が欲しいくらい。かあちゃんによく言われる台詞そのままを柏木に投げ掛けると、柏木はすぐにぶはっと吹き出した。
「キミはおかんか。まあ、忠告は聞いとく。私汗っかきなんだよ、ちょっと走っただけでもさ…いやんなる」
走ってきたの? 何で? と声を出す前に、柏木はささっと首回りや腕も拭いて、財布以外の荷物を俺の席の隣にドンと置いた。
「買ってくるから、荷物見ててよ。
あ、スコアのここ、この段階で足さないと違ってきちゃうよ…こうして、こう。
ふっ、こんなストライク続き、プロでもなきゃお目にかかれないとは思うけど」
ちゃちゃっと俺の付けたスコアを添削して注文カウンターへ向かっていった柏木の背中を、呆然と見送った。
ナニアイツ、ボーリング詳しいの?? ページの最後の、とうちゃんの回答を見ると、柏木の添削は大正解だった。
必死に覚えようとして、俺ってバカみたい?
柏木が飄々としてスマートにこなすから、俺はこんな嫉妬じみた感情を持ってしまう。
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