レンズの向こう側

14/48ページ

前へ 次へ


 その男はゴーグルを額の上に上げて、あたしに手を差し伸べてきた。

 すっごいニヤニヤしてる…あたしを初心者だと思っているな。

 男の手に触れたくなくて、あたしは拾われたスティックを握って立ち上がった。

「ありがとう…ございます。あの、もう平気なんで…スティック返して貰えませんか」

 スティックの先を下に下ろしたいのに、男はまだスティックを離さない。

 それどころか、ずいっと距離を詰めてきて、

「ひとりで滑ってるんですか? もしよかったら教えましょうか? 僕、インストラクターの資格持ってるんでぇ…」

 うわあ、今時こんなベタベタなナンパをする人なんているんだ。

 なのにいざこうして直面すると、意外に動けなくなるもんなんだな、きもちわるすぎて(苦笑)

「いやあの、悪いけどツレがいるので…」

「あっお友達も一緒? ならまとめて教えてあげるから…」

 ん? 女子グループで来てるって思ってる? 何でツレ=彼って思わないんだろう。

 スティックをやっと離してくれたと思ったら、今度はあたしの背後に回って、ウェアの上からペタペタと触りだした。

「(ぎゃっ)!」

「滑る時の姿勢はね、膝をこう…」

 いらんいらん、そんな初歩の指南いらん。

 そう思うより先に悪寒が走って、スティックで男を向こうへ押しやりたいのに、体が動かなくてそれが出来ない。

「それでぇ、スティックはこう、添えるだけで…」

 男が調子に乗って、抱きつく形であたしが持っているスティックのグリップを握った。

 男の重みをほんの少し感じて吐き気がした瞬間、

「わわわ~~~っ、せーちゃんストップストーーーップ!!」

 ノブキの声が、わりと近くから飛んできた。

 そちらに視線を移すと、ノブキがへっぴり腰で真っ直ぐにこっちに滑降してくる、ボーゲン(八の字)でそんなスピード出てるってどういうこと?(笑)(笑)

 笑ってしまう前に、あたしはその場をさっと離れた。

 あたしに寄っ掛かっていた男は、えっ? って顔をしてバランスを崩した。

 そこを思いきり…ノブキが突っ込んだ。





14/48ページ
スキ