レンズの向こう側

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 実はクリスマスに逢った時にさえ、何もなかった。

 残業終わりの短い時間、あたし達はディナーをして、あたしは眼鏡とは別にプレゼントを包んで、ノブキは指輪と腕時計を贈ってくれた。

 雪の降る帰り道、最終電車が入ってくるまで、駅の改札のそばの物陰で、お互いに熱っぽい瞳で見つめながらキスをしたけれど。

 そのまま駅でバイバイをしたあたし達。

 あたしもノブキも初めてではない、恥ずかしいとか恐いとか今更思わない…少なくとも、あたしは。

 でも、ノブキは違うのかもしれない…

 大学にいた頃、ノブキはとある好きな女の子に振り回されて、すごく荒れていた時期があって…

 成就することの叶わない、行き場のない想いを抱えながら、ノブキは色んな女の子を抱いた。

 そんなノブキの事情を何も知らなかったあたしにも、ノブキの手が伸びた。

 神さんにフラれたばかりのあたし…ノブキとどうこうなってもいいや…とは思わず。

 思いきり抵抗して、ノブキの目を覚ましたのは紛れもなくあたしだったんだ。

 ノブキはあたしに沢山謝って…この時もまだお互いに恋の感情はない。

 それから4年近く経って付き合い出すわけなんだけれど、その時にノブキはこう言った。

「もう、あんな事は誓ってしないから…俺のこと、恐くないなら…俺と付き合って下さい」

 まさかこの誓いを、ずっと貫くつもりなのかな。

 この旅行でも、何もしないつもりなのかな。

 あたしの事を大事に想ってくれてるって分かってるけど。

 そう思えば思うほど、あたしはノブキに抱いてほしくてたまらなくなる…なんて、言えるわけがない。

「んっ、ナニ?」

 下道に降りて信号に捕まる度にチラチラと盗み見るあたしに気付いて、ノブキが微笑む。

「なんでもなーいっ」

 プイッと前へ向き直って、アクセルを踏んだ。

 目的地のゲレンデの一部が見え始めてきた。





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